720 魔王の目的と計画

「……ははっ」


 話を聞き終えると、ヴォルさんは乾いた笑いを漏らした。

 明らかに信用してないという感じでシルクさんを睨み付ける。


「この世界を作ったのが別の世界に住む人間ですって? そんな与太話を誰が信じるもんですか。まだ超常的な神とやらが実際に存在して創造したって言われた方が納得できるわ」

「それが技術格差と言うものだ、ヒトの女よ。二つの世界を造った紅武凰国の科学者たちは、世界の理を正しく理解し、異なる次元に新たな大地を拓いたに過ぎん。貴様らの住む都市とて一〇〇年前と比べれば隔絶の感があろう」

「それとこれとは話が別でしょう」


 まあ、簡単には信じられないよねえ。

 私だって映像で見たから納得できるだけだし。

 言葉で聞いても、たぶん理解すらできなかったと思う。


 それより、ちょっと気になることが。


「シルクさん。ひとつ聞いて良いですか?」

「は、はい、なんでしょう……?」


 まだ怖がられてるみたいな雰囲気はちょっと気になるけど、とりあえず置いといて。


「今の話に出てきた魔王の妻って、プリマヴェーラのこと?」

「えっと、そこまでは伝わっていませんが……」

「間違いないだろう。ハル様はかつて紅武凰国の民であったと聞いている」


 ドンリィェンさんがシルクさんに変わってハッキリと肯定した。

 私の本当のお母さん、少なくとも一〇〇〇歳以上なの?


「余計に信じられないわ。正直言って、馬鹿にされてるとしか思えない」


 ヴォルさんが嫌なことを頭から振り払おうとするように首を振る。

 そんな彼女をドンリィェンさんは鬱陶しそうに無視した。


「話の寄り道はそのくらいで良いだろう。お前たちの感想も、紅武凰国の科学者共の思惑も、正直言ってどうでもいいこと。それよりも今は現実の問題についての話がしたい」


 ミドワルト創世に関する秘密。

 神と言えるほどの技術力を持った別世界。

 新世界のアダムとイブと、魔王とプリマヴェーラの関係。


 いろいろと気になる所はあるけど、とりあえず問題はそこじゃないんだよ。


「魔王はわざわざ次元の封印を解いてまで、紅武凰国に戦争を仕掛けようと目論んでいる……世界を創造するほどの技術力を持った敵に対してな」


 その次元の封印を解く方法が、どうやら輝鋼石の破壊らしい。


 いまの輝工都市アジールは輝鋼石がなきゃ成り立たない。

 機械マキナが無かった時代と比べて現代の人口は大幅に増えている。

 急に輝鋼石が失われてしまえば、多くの人が生きていけなくなってしまう。


 もちろん大変なのは機械の恩恵に与ってる人たちだけじゃない。

 輝鋼石が無ければ人は輝術や輝攻戦士化、輝鋼精錬なんかの技術も使えなくなる。

 そうなると人類はエヴィルや凶暴化した獣イーバレブモンスターなどの脅威に対抗する手段も失ってしまうだろう。


「封印が解かれた後、この世界は魔王軍と紅武凰国との戦場となる。やつらの武力は想像を絶するほどに強大だ。ミドワルトに住む者はもちろん、何も知らずに侵攻に加わっているビシャスワルトの民も、多くが命を落とすことになるだろう」

「ビシャスワルトのひとたちは魔王の本当の目的を知らないんですか?」

「知っているのは極一部の魔王の側近だけです、ヒカリヒメ。我は独自の調査で事実を突き止めましたが、他の将たちですら話を聞かされていませんでした。彼らも所詮、地方から集めた部族の猛者に過ぎませんから」


 将は魔王の次に偉いって感じだと思ってたけど、実はそれほど信頼されてないんだ。

 魔王軍なんて言うけど、組織としては意外と脆い存在なのかも知れないね。


「質問があります。紅武凰国は放っておけば向こうから侵攻してくる可能性があるのでしょうか?」


 シルクさんの質問にドンリィェンさんは難しい顔で答えた。


「厳密に言えばわからない。だが、やつらはミドワルトを即座に支配できるほどの力を持っていながら、この千年間一度もそのような兆候を見せなかった。恐らくだが、向こう側からは封印を解く術が存在しないか、あるいはすでにこちらへの興味を失っているのだろう」


 それじゃ完全に寝た子を起こすようなものだ。

 魔王個人の目的のため、すべての世界がメチャクチャになりかけている。


「魔王とはビシャスワルトのすべての生物の王なのだろう。為政者たる者がそのような自己都合で勝手に振る舞うとは、諫めようとする者は誰もいないのか?」


 今度はベラお姉ちゃんが尋ねた。

 ドンリィェンさんは指を二本立て説明する。


「我々の世界には二つの究極のルールが存在する。一つ、最も力を持つ者が魔王を名乗る。二つ、魔王の命令は絶対で、逆らえば部族ごと滅されても文句は言えない。魔王の真の計画を知る者がいたとしても、批判などできるわけがないのだ」

「だから私が魔王をやっつけて、新しい魔王になって『ミドワルトへの侵略をやめろ!』って言えばいいってこと……なのかな?」

「その通りです、ヒカリヒメ」


 ビシャスワルトの全体の行動を決められるのは魔王だけ。

 ある意味、シンプルでとてもわかりやすい。


「おあいにく様ね。そんな迂遠な方法を使わなくったって、魔王軍なんて一匹残らずミドワルトから叩き出してやるわよ。現に魔王軍もアンタ以外の将はすでに全滅してるじゃない。このままの勢いで魔王もぶっ飛ばしてやるわ」


 腕を鳴らして強く言い返すヴォルさん。

 彼女の言う通り、人類はすでに反撃の体制に入ってる。

 私が魔王になって……なんてやらなくても大丈夫な気もするけど。


「元より将など使い捨てだ。言ってみれば魔王軍そのものが時間稼ぎ……いや、単なる戯れに過ぎん」

「……は?」

「魔王は現在、とある儀式を行うためビシャスワルトにある魔王の館へと戻っている。覇帝獣ヒューガーをこちらの世界の各都市に直接送り込むための召喚儀式だ」


 その場の全員が絶句した。

 あの怪物を、都市に直接……?


「そんなことになったら……」

「すべての都市は壊滅するだろうな」


 私の呟きをスーちゃんが引き継ぎ、さらに質問を重ねる。


「ドンリィェン、召喚儀式が完成するのはいつくらいになる予定だ?」

「時期は誰にもわからん。だが、それほど遠くではないだろう。一月後かも知れないし、今この時にも完成するかもしれん。とにかく時間がないのは我々よりもヒトの方だと理解しろ」

「そ、そんなの……」


 ヴォルさんは言い返そうとするけど、二の句が続けられない。

 ベラお姉ちゃんとシルクさんは神妙な面持ちで黙り込んでしまってる。


「そういう理由でございます、ヒカリヒメ。御身の大切な方々を守るためにも、是非とも我と共にビシャスワルトまでご同行願いたい」

「このままみんなで協力して魔王をやっつけるっていうのはダメなんですか?」

「不躾ながら、そちらの者たちでは足手まといにしかならないでしょう。そこの女は軽々しく考えておりますが、魔王の力は将とは比べものにならないほどに強大。数を頼みに挑んだとしても手傷ひとつ負わせることもできず返り討ちに合うだけでございます」

「ふざっ……」

「ヴォルさん、ごめんなさい。気持ちはわかるけどちょっと落ち着いて」


 私はいきり立つヴォルさんを制してドンリィェンさんに最後の質問をした。


「私がビシャスワルトに行くことに意味があるんですね?」

「はい。ヒカリヒメの力を十全に引き出して差し上げると共に、ハル様のお力を得ることさえできれば、魔王に対抗することも可能と思っております」

「え? それって――」

「ハルが生きてるのか!?」


 わっ、びっくりした!

 スーちゃんが急に大声を出した。


「おい、どうなんだ! 生きてるのか? あいつは無事なのか?」

「騒ぐな精霊。安心しろ、ハル様は確かに生きておられる。今は深い眠りについているがな」

「そうか、あいつが、生きて……」


 騒いだ後は一転、瞳を涙で潤ませる。

 こんな嬉しそうな顔のスーちゃん、初めてみたよ。


「おい、ルーチェ!」

「はい」

「私にはお前に命令する権利はない。だがな、こいつと一緒にビシャスワルトに行くべきだと進言しておく。お前もハルに会いたいだろう。いいな? 行け」

「はい」


 この子、本当にプリマヴェーラの事が好きなんだなあ。

そっかあ、生きてるんだ、私のお母さん。

 伝説の聖少女さま。


 だったら……

 一度くらい、会ってみたいな。

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