721 争いを終わらせるために

「プリマヴェーラ様が……」

「……生きている?」


 ベラお姉ちゃんとシルクさんも驚いている。

 本当かどうかはわからないけど、とりあえず私は決意した。


「わかりました。ドンリィェンさん、あなたと一緒にビシャスワルトに行きます」

「なに言ってるのよルーちゃん!?」

「ま、待てルーチェ、それはあまりに早計というものだ」


 ヴォルさんとベラお姉ちゃんが口をそろえて私を止めようとする。


「竜将殿の言葉が正しいかどうか私には判別がつかない。だが仮に真実だったとしても、お前をみすみす敵地に送り込むような真似はさせないぞ。きっと他にもっと良い手段があるはずだ」

「ベラちゃんの言う通りよ。別に今さら聖少女になんて頼らないでも、アタシたちが力を合わせて魔王をぶっ倒せばいいだけだって! ルーちゃんが一人で危険に飛び込む必要はないのよ!」

「お姉ちゃん。ヴォルさん」


 二人とも、私のこと本気で心配してくれてるんだね。

 その気持ちはすっごく嬉しいよ。

 でも。


「ごめんね。やっぱり行くよ」


 聖少女プリマヴェーラに会ってみたい。

 それに、私は人間として、人類のために戦うって決めたんだ。

 いつ私たちの街に大怪獣が現れるかもわからないなら、一か八かでもやってみたい。


「待ちなさい! そんな勝手なこと許さないからね!」

「しつこいぞヒトの女。これ以上我々の邪魔をするのなら力尽くで……」

「ひかえなさいドンリィェンさん。私の友だちを傷つけるのは絶対に許しませんからね」

「……! ご無礼致しました!」


 おっ、いまの私ちょっとかっこよくなかった?

 竜将さんに命令する魔王だよ。

 がおー。


 冗談はともかく。


「私は別に危険に飛び込むなんて思ってないよ。これが一番良いと思うから行くんだよ」

「しかし!」

「ドンリィェンさんの考えてることが上手くいけば、この侵略戦争を終わらせられるんですよね?」

「少なくとも泥沼の全面戦争を回避できることだけは約束を致しましょう」

「それで十分。私もベラお姉ちゃんたちにも危険な目に遭って欲しくないんだよ」

「馬鹿な、我々だって危険など恐れるものか!」

「って言うかさ……」


 今の私たちじゃ魔王には勝てない。

 それはきっと事実だろう。


 このまま正面から挑んだら、きっと多くの犠牲者が出る。

 ううん、もっと本当のことを言っちゃえば……


「ヴォルさんやベラお姉ちゃんじゃ魔王には手も足も出ないでしょ?」

「……っ!?」


 うわあ、私ってばなんて偉そうなことを……

 ちょっと自己嫌悪しつつも、冷静に考えればそうなんだから仕方ない。


 エヴィルの将たち。

 その中でも一番強い竜将さん。

 そんな彼でも絶対に勝てないという魔王。


 二人がとても強いのは知っているけど、これから戦う相手は全く次元が違う。


「だから、ごめんね。私はこのひとと一緒にビシャスワルトに行きます。こっちは私たちに任せて、みんなはミドワルトを守ってね」

「くっ……!」

「ルーちゃん……」


 うわあ、二人ともすごくショックを受けてるよ。

 ごめんね、ごめんね、怒ったよね。

 でも、私がやらなくちゃ。


「それじゃドンリィェンさん。案内をお願いします」

「畏まりました。同胞の背にお乗りください」


 帰ってきたらたっぷり怒られるから。

 だから、今は一番平和に繋がる可能性の高いことを――


「待てよ」


 上空からドラゴンが降りてくると同時に、男の子の声が私を呼び止めた。

 振り返って見ると、木陰から黒髪の少年が姿を現した。




   ※


「るうてさん……」


 ダイと、隣にはナコさんもいる。

 ちっとも二人がいることに気づかなかったよ。

 斬輝使いってもしかして流読みの気配察知も回避できるのかな?


「悪いな。ちょっと前から話は聞いてた」

「そう、それで?」


 やっぱり、ダイも私を止めるのかな。

 この子も実は仲間思いの良い子だもんね。


「引き留めてくれるのは嬉しいけど、私はもうビシャスワルトに行くって決めて……」

「うるせーよ、誰が引き留めるか。行きたきゃ勝手に行け」


 ……はい?


「母さんに会いに行くんだろ。邪魔するつもりはねーよ」


 あ、ああ。

 そういうことね。


 ダイもお姉さんを探してずっと旅をしてた。

 肉親に会えるかもしれない私を咎める気はないみたい。


 ……私が危ない目にあってもどうでもいいとか思ってるわけじゃないよね?


「オレが呼び止めたのはそっちのオマエだよ、コラ」


 ダイは腰の剣を抜いてドンリィェンさんに突き付けた。


「なんのつもりだ、小僧」

「さっき、オレらじゃ魔王相手には戦力にすらならねーとか言ってたな?」

「まぎれもない事実だ。貴様はあのバリトスを倒したらしいが、魔王をあのような小物と同列には考えるなよ。もし己の力量を見誤り敵を侮れば、その報いは必ず死で購うことになるだろう」

「そうかよ。じゃあ当然――」


 背中の剣も取り出して二刀を構え、


「そう言うオマエはオレより強いんだよな?」


 完全にやる気モードに入ってしまったダイでした。


「ヒカリヒメ。如何に御身の御友人と言えども、この竜将ドンリィェン、刃を向けられ黙って退く訳には参りませぬ。この小僧めに懲罰を与えることをお許し下さい」


 ……はあ。

 なんでこうなっちゃうのかな。

 まあ仕方ないか、どっちも男の子だしね。


「いいですよ、別に。その代わり死ぬまではやらないでくださいね」

「了解致しました。小僧、ヒカリヒメの慈愛に感謝するんだな」

「おう。殺さないように気をつけてやってやるよ」

「舐めるな!」


 ドンリィェンさんの体から爆発的な輝力が溢れ出す。

 降下中のドラゴンは逃げるように空へと戻っていく。


「ひっ!?」


 その気迫を間近で受けたシルクさんは腰を抜かしてしまっていた。

 ベラお姉ちゃんやヴォルさんも身をかがめて気圧されている


「こ、これほどまでとは……」

「……ちっ!」


 ドンリィェンさんが放つ威圧感。

 それはヴォルさんの全力を遙かに凌駕していた。

 あのナコさんですら思わず後ずさってしまったくらいだ。


 そんな中、ダイだけが微動だにせず、楽しそうな笑みすら浮かべている。


「ははっ、面白れー!」

「平伏して謝罪するなら今のうちだぞ、小僧」

「誰が謝るか。トコトンやろうぜ、思いっきり全力でな!」


 戦い開始の合図はなかった。

 ダイが飛び込み、ドンリィェンさんが受ける。


 なんかよくわからないうちに勇者VS竜将の激突が始まってしまったよ。




   ※


「えっと、大丈夫ですか?」

「こ、これしきの傷、何ほどのものでもございません……」

「キュィーッ!」


 心配そうに足元のドラゴンが一鳴きする。

 私とドンリィェンさんはドラゴンの背上にいた。


 現在、私たちはプロスパー島の上空を飛んでいる。

 ドラゴンの機動力で海峡に居座る覇帝獣ヒューガーをやり過ごした後は早かった。

 時おり辺りをを飛行型のエヴィルが飛び回っているけれど、誰も私たちを咎めようとしない。


 そりゃそうだよね、魔王軍最強の竜将さんと一緒なんだから。


 ちなみにその竜将さんだけど、現在かなりの深手を負っている。

 気休め程度にしかならないけど移動中に風霊治癒ウェン・ヒーリングで癒やしてあげた。


「面目次第もございません。まさかあのクソガキ……いえ、ヒカリヒメの御友人の少年が、あそこまでやるとは」

「私もビックリでしたよ」


 ダイVSドンリィェンさんの勝負は、なんていうかもう、すさまじいとしか言いようがなかった。


 圧倒的な輝力量で容赦なく攻めるドンリィェンさん。

 しかしダイに対してエネルギー任せの遠距離攻撃は一切通用しない。


 間合いに入れば即座に刃が襲う。

 けど、そこはドンリィェンさんもさすがの貫禄。

 拳法家のような見事な体術で、拳だけでダイと互角に渡り合っていた。


 結果として壮絶な殴り合い斬り合いは延々と夜まで続いた。

 日が落ちきった辺りで私が強制的にストップをかけなければ、たぶんいつまでも戦ってたはず。


 超絶バトルは双方共に大怪我を負って痛み分けになった。


「ダイくらい強ければ一緒に連れてきても力になってくれたんじゃないですか?」

「戦力と言う意味では認めざるを得ませんが、個人的にあれと肩を並べるのは御免被りたい所存」


 このひと、意外と中身は子どもっぽい?

 見た目は立派な大人の男性って感じなのに……

 ちなみに、同じく満身創痍になったダイの治療はシルクさんに任せてある。


 やがて遠くに偉容が見えてきた。


「間もなくゲートです。もう治療は結構に御座いますので、突入の歳の衝撃にお備えください」

「あ、はい」


 かつて激戦を繰り広げた魔王城。

 その下に広がるのは白の聖城及び神都の成れの果て。

 その変わり果てた姿に、私は知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。


「許せない……」


 メチャクチャにされた街に住んでいた人々のことを思うと、強い怒りがこみ上げてくる。


「返す言葉もございません。すべて我々ビシャスワルトの民がしたことです」

「あなたのせいじゃないっていうのはわかってます。さあ、早く行きましょう」


 こんなくだらない争いを一刻も早く終わらせるために。

 私はエヴィルの反乱者と手を組んで、再びビシャスワルトへと向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る