719 真の敵
前回のあらすじ。
魔王になってくれって頼まれました。
「どういうことなの……」
私は混乱したまま空を進んでいた。
自分で飛んでいるわけじゃない。
なんと、ドラゴンの背中に乗っているのです。
「ヒカリヒメ。竜の乗り心地は如何でしょうか」
…………
あっ、私のことか。
「はい、大丈夫です! とても良い感じです!」
「それは良かった。もし不自由があれば、なんなりとお申しつけ下さい」
片膝をついて丁寧な所作で傅く大きなツノを持った黒髪の男性。
まるで執事さんみたいだけど、彼は誰あろう魔王軍最強の将。
その名も竜将ドンリィェンさん。
……ちょっと呼びにくいね。
「あの、どんりーえんさん」
「私ごときに敬称も敬語も不要にございます。ドンリィェンとお呼び捨て下さい」
「それはもうちょっと仲良くなってからで……えっと、いろいろと聞きたい事はあるんですけど、とりあえず、あなたはミドワルトの人たちと敵対しないって事でいいんですか?」
「それは無論。元より我ら竜族には異界侵略の思惑などまったく無ければ、ヒカリヒメが守りたいと願う者たちを全力で守護すること、この場にて我が一族の神に誓いましょう」
おおっ、敵対どころか、守るとまで言ったよ。
ドラゴンが味方とか心強いってもんじゃない。
「エヴィルの言うことなんて信じられるか……」
反対側の隣でそっぽを向いているヴォルさんがぼそりと呟いた。
その言葉を耳聡く聞き取ったドンリィェンさんは強い声で咎める。
「口を慎めヒトの女よ。ヒカリヒメの御友人でさえなければ、貴様のような者を我が同胞の背に乗せること自体あり得ぬのだぞ」
「頼んでねーし」
「ま、まあまあ。二人ともケンカしないで」
「フン」
「ヒカリヒメの仰せのままに」
こんな所で暴れたら大変なことになるってば。
っていうか、ヒカリヒメって呼び方、ちょっと慣れないなあ。
どうやらプリマヴェーラがつけてくれた私の本名らしいんだけど……
※
しばらくそのまま飛んでいると、見知った気配を感じた。
「ドンリィェンさん、ちょっとこの辺で止まってもらえますか? 近くに知り合いがいるみたいなので」
「了解致しました。ベグス、滞空状態に入ってくれ」
「ギャァッス!」
私たちが乗っていたドラゴンは返事をするように短く鳴いて、翼を動かすのを止めた。
もちろん、それで落下することはない。
ドラゴンの翼は前に進むためにあって、体は輝力で浮かせているらしい。
「ちょっと迎えに行ってくるね」
「えっ。待っ――」
私はヴォルさんを残してドラゴンから飛び降りた。
炎の翅を拡げて気配のあった方角に向かう。
その二人は目立たないよう木陰に隠れていた。
「お姉ちゃん! シルクさん!」
「ルーチェ!?」
私が声を掛けると、驚いた様子でベラお姉ちゃんが姿を現した。
「こっちへ来て隠れるんだ! ドラゴンの大群が空にいるぞ!」
「大丈夫だよ。あのひとたちは敵じゃないから」
「……なんだと?」
いきなりこんなこと言っても意味わからないだろうね。
「ルーチェさん、もしかしてあのドラゴンたちの所から降りてきましたか?」
「うん。乗せてもらってた」
「どういうことだ?」
「説明すると長くなる……っていうか上手く言えなさそうなんだけど」
ちょうど良いから、ここで話を聞こうか。
ダイたちと合流するのは後でいっか。
※
開けた場所を見つけて、ドラゴンたちが降りてくる。
先頭のドラゴンの背中から降りてくるヴォルさんとドンリィェン。
「ルーちゃん酷いわよ! あんな場所にアタシひとり残して!」
「えっ……ごめんなさい」
涙目で抗議してくるヴォルさん。
かわいい。
「なんだこれは。一体どういうことなんだ」
「えっとね……」
「エヴィルの将!」
なんて言えばいいか迷っていると、シルクさんが怒気のこもった声で叫んだ。
彼女は強い憎しみを込めた目でドンリィェンさんを睨み付けている。
「よくも、私の国を……!」
しまった、と思ったけどもう遅い。
彼女は自分の国をエヴィルに滅ぼされていた。
竜将と顔を合わせればこうなる事は想像しておくべきだった。
「魔王軍に滅ぼされた国家の王族か?」
「だったら何だというのです!」
「あ、あの、その人はっ」
シルクさんの激高は当然だ。
私は慌ててフォローしようとするけど、言葉が思いつかない。
すると。
「安心せよ。御身の家族はみな無事だ」
「…………えっ?」
「民もすべてとは言わぬが大部分は魔王軍の管理下で生存している。地方も同様、軍さえ引けば国を復興することも可能だろう」
マール海洋王国もそうだったけど、支配された街の人はすぐには殺されない。
その多くが魔王軍に囚われて奴隷として働かされている。
中には酷い扱いを受けている人もいるけど……
奴隷としての生活はきっと想像を絶するほど辛くて苦しい。
良かったとは言えないけど、皆殺しにされるよりはマシなはずだ。
「どういうことですか。町を破壊し、人々を苦しるだけ苦しめて殺さず生かして……あなたたちビシャスワルト人は、いったい何がしたいのですか!?」
「魔王軍の目的が何かという意味なら、ヒトが輝鋼石と呼んでいる宝玉の破壊だと言っておこう」
エヴィルが輝鋼石を狙うのは魔動乱の頃から変わらない。
ただ、その理由は今もよくわかっていない。
「こちらにはすべての情報を開示する用意がある。突然の寝返りを疑うのも無理からぬことだろうが、判断はひとまず我の話を聞いてからにしてもらいたい」
ちらり、とドンリィェンさんが私の方を見た。
話をしても良いかの合図だと受け取った私は首を縦に振る。
そして、竜将ドンリィェンさんは語った。
魔王軍の思惑と、彼自身の目的を。
※
「魔王軍のミドワルト侵攻の目的は土地の支配やヒトの滅亡ではない。真の敵に対抗するための橋頭堡の確保だ」
「真の……敵?」
ヴォルさんは訝しげな表情でドンリィェンさんの口にした言葉を繰り返した。
「なによ、それ。一体何と戦うっての?」
「貴様らの言葉に合わせて言うのなら、
「そんな言葉を信じろとでも?」
彼女がドンリィェンさんの言葉に疑いを向けるのは当然だ。
そんな世界があるなんてミドワルトの誰も聞いたことないはず。
けど、私には心当たりがあった。
「それって、コウブオウコク……ってやつ?」
「なんと、ご存じでしたか」
以前にスーちゃんに見せられた過去の映像。
ミドワルトの成り立ちと、すべての始まりの世界。
いわゆる神話の時代と呼ばれる大昔に起こった出来事。
そこで私はその名前を聞いた。
「どういうことよ、ルーちゃん」
ヴォルさんが怖い顔で私を睨む。
「えっと、私も映像で見ただけだから、上手く説明できないんだけど……」
「神々が住まうと言われる地ヘブンリワルト。その中心国家、紅武凰国」
あ、シルクさんは知ってるんだ。
「まさか魔王は、創造主への反逆を企てているのですか!?」
「そうだ」
「なんという……!」
驚きに目を見開くシルクさん。
そんな彼女をヴォルさんが怒鳴りつけた。
「ちょっと! アンタたちだけで納得してないで、アタシにもわかるように話しなさいよ! いきなり神とか創造主とか言われてもさっぱり意味不明なんだけど!?」
「ヴォルモーントの疑問はもっともです。シルフィード王女、まずはお互いの情報格差を埋めるのが先決ではないでしょうか。このような状況となった以上、先ほどの話を皆にも伝えるべきだと思います」
「ベラちゃんまで……アンタたち、一体何を知ってるのよ」
「私も先ほど王女から聞いたばかりで、すべてを受け入れているわけではないのだが……」
ベラお姉ちゃんは落ち着いて見えるけど、それでも表情は硬い。
私は教会への信仰とかないから大丈夫だったけど、普通の人にとっては結構ショックな話だよね。
「わかりました。竜将ドンリィェンさん、少し話の寄り道をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「構わんが手短にな」
そしてシルクさんは、ヴォルさんに向かって語り始めた。
教会の伝える神話の嘘と、この世界の成り立ちについての話を。
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