713 海上決戦

「さすがにあれだけの攻撃を連発は無理でしょ! 今のうちに一気に近づくのよ!」

「わかってる!」


 両手をついたベラお姉ちゃんが、空飛ぶ絨毯を全速力で前進させる。

 四人乗りが適正って言ってたシルクさんの言葉は本当らしい。

 ガイオウンの巨体へとあっという間に近づいていく。


 水流を撃つために開いた脇腹の口はすでに閉じている。

 二発目が来る前に、一気に接近した私たちは――


 にゅるん。


「おわっ、何か出てきた!?」

「触手か……!」


 ガイオウンの頭の下、少し細くなってる首(?)の部分から、気持ち悪い突起がいくつも伸びてきた。

 それらひとつひとつが別々の生き物のようにくねくねと蠢きながら迫ってくる。


「オラァッ!」


 迫り来る触手をヴォルさんの炎の輝粒子ではね飛ばした。

 さらに覇帝獣の本体に向かって拳を突き出し攻撃を食らわせる。


 並のエヴィルなら十体以上まとめて吹き飛ばす、大規模攻撃輝術を思わせるヴォルさんの一撃。

 しかし、この巨体にダメージを与えることはできなかった。


「全然効いてないわ!」


 正確に言うなら当たった部分は若干へこんでいるようにも見える。

 けど、それも数秒で元通りになってしまう。


 ちなみに私が最初に当てた砲撃は、もうどこに当たったのかすらわからない。


「おい、ルー子の姉さん! デカブツの横スレスレを飛んでくれ!」


 ダイはすでに二本の剣を抜いて両手で構えている。

 彼は輝攻戦士だけど飛び道具などのリーチの長い攻撃手段はない。

 相手にダメージを与えるためには、剣が届く距離まで接近する必要がある。


「了解だ……!」


 鬼気迫る表情で絨毯を操るベラお姉ちゃん。

 迫る触手をくぐり抜け、なんとかガイオウンに接近する。


 まるで絶壁の側を飛んでいるみたい。

 そのまま絨毯は怪物の真横を通り過ぎながら、


「せいやっ!」


 すれ違いざま、ダイの剣がガイオウンの体を裂いた。

 絨毯の勢いも乗せた一撃は怪物の横腹に大きな真一文字の傷をつける。


「っしゃあ、手ごたえあり!」


 怪物を後方に置き去りにし、後ろを振り返る。

 ダイがつけた傷は、みごとにぱっくりと横に割れて……


 そこに強烈なエネルギーが溜まっていく。


「水流が来るわ! 回避して!」

「くそっ、無茶言うな!」


 さっきと違って怪物との距離は近い。

 これじゃ避ける余裕はない!


防陣翠蝶弾ジャーダファルハ!」


 私はとっさに翠色の蝶を放った。

 蝶が弾け、半透明の薄緑の球体になって私たちを包む。


「うわっ!?」


 防御結界で包んだことで絨毯は強制的に停止。

 その直後、水流が私たちを直撃した。


 思わず耳を覆いたくなるような轟音。

 周囲は完全に超高圧の水流に飲み込まれてしまった。

 だけど、この防御結界の中には水滴ひとつ入ってくることはない。


「助かったぞ、ルーチェ!」

「うん!」


 結界が消える。

 ベラお姉ちゃんは絨毯を反転させた。

 さて、攻撃は防いだとはいえ、これからどうする?


「マジかよ、効いてねえのか……」


 ダイが苦々しげに呟いた。

 さっきつけた傷はもう跡すら残っていない。


「そもそも、あの巨体に対して剣一本ではどうあがいても無茶だ。いくらお前が最強の剣士だとしても、蚊に刺し殺される人間などいないのと一緒だよ」

「ちっ」


 ベラお姉ちゃんの厳しい言葉にダイは舌打ちをした。


 人間サイズよりやや大きいくらいの獣将相手なら圧倒できるダイ。

 そんな彼の剣技でも、一〇〇メートルを超える大怪獣はどうにもならない。


 しかもあいつは相当に強力な再生能力を持ってるみたい。

 小さな傷はつけられても、あっという間に塞がってしまう。


「なら消えるまで削り取ってやるわ。ベラちゃん、アイツの真上まで移動して!」

「わかった」


 こちらを叩き落とそうとしてくる触手をかわしながら、ベラお姉ちゃんは絨毯をガイオウンの頭上へと向かわせる。


「さあ、行きなさい!」


 そしてほぼ真上まで来たところでヴォルさんが輝力を放った。

 輝力で作った彼女の分身が四体、次々とガイオウンの体に取り付いていく。


「オラオラオラオラァ!」


 本体と同等の戦闘力を持つ彼女の分身たちが、台風のような炎の輝粒子を巻き起こしながら、ガイオウンの体の表面を暴れ回る。


 分身たちはまるで山を削るようにガイオウンにダメージを与えていった……

 けど。


 ぱくっ。


「えっ」


 ガイオウンの体に四つの大きな口が同時に開いた。

 それはヴォルさんの分身を飲み込み、体内へと取り込んでしまう。


 しばらく内側からごうごうと音が聞こえていたけど、やがてそれもなくなった。

 ヴォルさんの分身がつけた傷は、ほんの数秒ですべて塞がってしまう。


「分身の反応が消えたわ……マジか」

「食われたのが分身で良かったな。わかったのは表面に取り付くのは危険だということだ」


 体に乗って戦うのは無理。

 傷を与えてもすぐ回復されちゃう。

 ねえあの怪物、ちょっと強すぎじゃない?


「とんでもねーバケモンだな。どうしようもねーじゃねーか」

「どうにもならない。あたし覇帝獣ヒューガーのことは噂しか知らなかったが、ありゃあ想像以上の化け物だ」


 何か手はないものでしょうか。


「そうだ。ベラちゃんがアイツの水流を吸収して撃ち返すのはどう?」

「あの水流が輝力によってつくられた水なら受け止められる可能性もあるが、水面下で飲み込んだ海水を圧縮して放出しているだけなら吸収するのは不可能だ。試しにやってみるにはリスクが大きすぎる」


 となると、もうあいつにダメージを与えられそうな攻撃手段は……

 私の極覇天垓爆炎飛弾 《ミスルトロフィア》しかないね。


 でも、今の私の状態で使えるかな。

 やってみるしかないか。


「色々言ってゴメン。ベラお姉ちゃん、今度はちょっとあいつから離れて」

「む、わかった」


 ぐるっと迂回しながら絨毯は大陸の方へと移動する。

 ある程度距離が離れたところで、私は意を決して立ち上がった。


「あれを使うのか」

「うん」


 見よう見まねで覚えたグレイロード先生の最強技。

 ドラゴンですら塵一つ残さず倒すあの術なら、無傷ってことはないはず。


「もし、それでもダメなら一度撤退しろ。お前らもいいな?」


 スーちゃんが言い、ヴォルさんとダイも何も言わずに頷いた。


「さあ、やるよ」


 右手を伸ばし、掌の先に輝力を集中。

 よおし、良い感じで溜まってる。

 これなら撃てそうだ!


「ミス――」


 ばしゅっ。


 脇腹に強烈な衝撃がきた。

 と思ったら、視界がぐるりと逆さまになる。

 生暖かいものが飛び散って顔に降りかかってきた。


 視界に映るのはグロテスクな内臓。

 驚きに目を見開く絨毯の上の三人。

 その側に残っている私の腰から下。


 私の体を両断した触手が上空へと跳ね上がる。


「ルー子おおおおおおっ!」

「ルーチェえええええええっ!」

「ルーちゃあああああああああああん!」


 私がやられたことで大パニックになり、一斉に手を伸ばして絨毯から飛び出そうとする三人。


「ああ待って落ち着いて私は大丈夫だから!」


 誰かが操縦してなきゃ絨毯落ちちゃうよ!

 ……ダメだ、誰も聞く耳持ってくれない!


 仕方なく私は防陣翠蝶弾ジャーダファルハで強制的に三人を捕まえた。

 その後で閃熱霊治癒フラルヒーリングを使い、ちぎれた下半身を再生させる。


「あぶっ!」

「ルー子、無事なのか!?」

「大丈夫だってば」


 お腹から真っ二つになったくらいじゃ私は死にませんよ。

 あーあー、ほらみんな血まみれになっちゃって。


 操縦者を失った空飛ぶ絨毯は私の以前の下半身と一緒に海に落ちていく。

 その途中で触手に絡め取られ、真っ二つに裂かれてしまった。


「まったく、何やってんだよお前ら……」


 スーちゃんが呆れたように肩をすくめる。


「誰だって仲間があんな風に無残にやられたら焦るでしょ!?」

「よかったっ、ルーチェ、無事で、本当に……」

「ヴォルさん……ベラお姉ちゃん……」


 本気で心配してくれた仲間たちに少しジーンとする。

 あっ、いま私、再生した下半身に何も履いてない。


 ちらりとダイに視線を向けるけど、私のことなんて見ていなかった。

 ガイオウンの方を眺めながら彼はぽつりと呟いた。


「撤退、だな」


 それしかなさそうだね。

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