712 巨大怪獣のパワー

「へえ、面白そうじゃん」


 スーちゃんの警告にかえって興味を刺激されたようで、ヴォルさんは好戦的な顔で腕を鳴らした。


「これから魔王に挑もうってのに、あんなデカいだけのやつにビビってどうすんのよ。立ちはだかる障害なんて全部ぶっ飛ばして前に進んでやるわ」

「待てヴォルモーント、今回は単なる敵地偵察のはずだ。避けられる戦闘は極力回避して進むすべきだろう。それよりもあの化け物の存在を一刻も早く皆に伝えるため、一旦ルティアに戻るべきだ」

「オレは赤毛に賛成だぜ。いちいち知らせに戻るなんて面倒だし、ぶっ倒しちまった方が早いだろ。勝てないかどうかなんて戦ってみなきゃわかんねーじゃねーか」

「お、話がわかるじゃない勇者」


 ダイとヴォルさんは覇帝獣ヒューガーをやっつける派。

 ベラお姉ちゃんは一旦戻って皆に存在を知らせる派。

 ナコさんとシルクさんは何も言わずに皆の決定を待ってる。


「ルーちゃんはどう思う?」

「うーん」


 どっちの言ってることも正しいとは思うんだけどね。

 ただ、このメンバーで勝てないっていうのは、どうかな?


「とりあえず、戦ってみましょうか。ダメそうなら逃げる感じで」

「よし決定だな。そんじゃデカブツを倒しに行くぞ」

「どうなっても知らないからな。一応、あれのデータを送っておくぞ」


 スーちゃんがうっすらと光り、私の頭の中に情報が送られてくる。

 お、久しぶりの辞書機能だね。

 なになに?




 覇帝獣ガイオウン

  でかい。つよい。口から圧縮した強烈な水流を吐く。




「なんだこの適当な情報は!」

「仕方ないだろ、覇帝獣に関してはとにかく情報不足なんだから」


 スーちゃんならなんでも知ってるって思ってたのに!


「逆に言えば、誰もあれの正確な情報を集められていないってことだよ。水中に隠れてる分の体積すら不明なんだ。調べようと近づいたやつはすべて水流で沈められるからな」

「え? あの辞書って誰かが情報を集めてつくってるの?」

「ある程度の情報はインストールした時点で入ってるけど、あとはユーザーが得た知識をフィードバックしてアップデートしてる。以前のモニターはプリマヴェーラがやってたけど、あいつもビシャスワルトすべてを見てるわけじゃないからな」


 またよくわからないこと言ってるよ。

 いいや、それよりあの怪物をやっつけないと。


 さて。


「どうやって戦う?」

「魔法の絨毯で近くまで飛んでいってぶん殴るしかないんじゃない?」


 ヴォルさんの提案はとても単純だった。

 あいつは現在、沖合数キロの海の上に立っている。

 私の風の砲台なら攻撃が届くだろうけど、他の人たちじゃ近づかないと無理っぽい。


「あの、すみません。私はその上で戦うのは無理そうなので、ここで待っていても良いでしょうか?」


 遠慮がちに手を上げて気弱なことを言うナコさん。

 まあ、戦えない人を無理に連れて行く必要はないよね。


「あーあ。大事な弟が怪物と戦うってのに、姉は安全なところで見物かー」

「うっ」

「だからヴォルさんはナコさんをいじめないの! 大丈夫ですからね、ナコさん」

「すみません……」

「安心しろよ姉ちゃん。あんなデカブツ、楽勝で始末してくるからさ!」

「大五郎……なんて立派になって……!」


 熱く見つめ合う仲良し姉弟。

 よきかなよきかな。


「そう言うことでしたら、戦力にならない私もここで待っています」


 今度はシルクさんが言った。


「実を言うとその絨毯は四人乗りなので。五人以上で乗ると機動力が極端に落ちるんですよ」


 へー、そんな風には思えなかったけどね。

 シルクさんの操縦が上手いからかな。


「では、絨毯の操縦は私がやろう」

「あらベラ。アンタは戦うのに反対じゃなかったの?」

「パーティーの決定には従うさ。どこかの勝手な元一番星とは違ってな」

「じゃ、この四人で決定な。海の上でさえなきゃオレ一人で十分なんだけどな」


 四人って言った。

 ダイ、ヴォルさん、ベラお姉ちゃん……

 やっぱり私も当然のように数に入れられてるね! 


「言っておくが、あたしは反対したからな」

「今さら何言っても遅いよ。ダイとヴォルさんがやる気だもん」

「山より巨大な大怪獣か……腕が鳴るわね!」

「エヴィルの王と戦う前の肩慣らしにはちょうどいいぜ」


 ま、仕方ないか。

 この二人は単に自分が戦ってみたいだけな気がするけど。




   ※


 というわけで。


「行くぞ!」


 ベラお姉ちゃんが操縦を代わり、ナコさんとシルクさんを地上に残して絨毯が上昇していく。

 うわ、かなり高くまで上がってきたのに、まだあいつの頭の高さを超えてないよ。


「ルーちゃんさ、とりあえずここから一発お見舞いしてあげてよ。アレがよそ見してる今のうちにさ」

「あ、はい」


 えーと。

 三つまでなら同時に術を使えるから……うん、いける。


 私は蒼、黄、黒のそれぞれの蝶を浮かべた。


 疾風蒼蝶弾アズロファルハで風の通り砲身を構築。

 その中に爆炎黒蝶弾ネロファルハをセット。

 最後に加速黄蝶弾ジャロファルハを後ろに配置して――


風爆高角砲スパルカノーネ、発射!」


 名付けてみました。

 いま即興で思いついた暫定ネームなので、後でまた変えるかもしれないけど。


 超高速で飛んでいった黒蝶は流れ読みで狙いを定めるまでもなく、覇帝獣ガイオウンの巨体に吸い込まれていって、そして。


 ――どーん!


 十数秒後に着弾。

 少し遅れて爆発音が届く。

 ところが。


「あれ、効いてない?」


 ガイオウンの巨体はびくとも揺らがない。

 それどろか痛みを感じている様子すらなかった。


「一筋縄じゃいかないってことかしらね。ならアタシが直接ぶんなぐってやるわ。ベラちゃん、絨毯をアイツに近づけて……」

「来るぞっ!」


 ヴォルさんの言葉はスーちゃんの大声にかき消された。

 何事かと思った直後、ガイオウンの胴体脇下辺りがぐにゃっと歪んで


 奇妙な部分に現れた口の中にものすごいエネルギーが溜まって……そこから凄まじい勢いの水流が放出された。


「っ! 回避する!」


 ベラお姉ちゃんが叫んで、とっさに絨毯の進路を左に曲げた。


 迫る水流はまるで空で出現した暴れ川のよう。

 私たちの絨毯はそれを間一髪で避けたけど、攻撃の風圧できりもみ状態になる。


「わわわわわっ!?」

「あぶっ、アブねえっ!」

「くっ、しっかり掴まってろ!」


 四人とも必死で絨毯にしがみつく。

 特に両手で剣を抜こうとしてたダイがヤバい。


 ギリギリ振り落とされる前に、ベラお姉ちゃんはなんとか体勢を立て直してくれた。


「マ、マジで焦ったわ。あんなのに当たったら確実に落とされてたじゃ――」


 どーん!


 今度は反対側から響いた大音量がヴォルさんの言葉を中断させる。


 爆発音じゃない。

 さっきの水流が大陸側の山に当たった音だ。

 そちらを見ると、三角山の一部が不自然な三日月型に切り取られていた。


「……は?」


 いやいやいや。

 いくらなんでも、あれはないでしょ。

 山を削り取るって、どんなメチャクチャな威力なのよ!?


「当たったら粉みじんだったな。たぶんお前でも再生する暇すらなかったぞ」

「ちょっと待って! あそこまでヤバい相手だなんて聞いてない!」

あたしは再三言ったつもりだけどな」

「やっぱり逃げ――」

「もう遅い、気づかれた。下手に逃げたら陸上まで追ってくるぞ」


 スーちゃんの言う通り、ガイオウンはぐるりと体をこちらに向けた。

 巨体だけど鈍重さはなく、むしろ大きい分だけ、一歩の歩幅がメチャクチャ広い。


「グゥルルルル……」


 ガイオウンは地の底から響くような声で啼いている。

 まるで山が鳴動しているみたいな本能的恐怖を感じる声だ。


「こうなったらもう、やられる前にやるしかねーな」

「同感。ベラちゃん、アイツに向かって飛んで!」

「くっ……どうなっても知らんぞ!」


 魔王軍の将よりも強く、ドラゴンよりも遙かにでっかい大怪獣。

 いくらこの最強メンバーとはいえ……

 あんなの、勝てるのかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る