711 覇帝獣

「やったね!」


 敵三体の撃破に成功。

 みんなに向かってピースするよ。


「オマエ、すげーな……」

「ダイに褒められた!?」


 意外なところから意外な反応が返ってきてビックリした。

 ダイの事だから「調子にのんじゃねー」とか言われるかと思ったのに。


「いや、ルーチェは本当にすごいぞ。この速度で動きながら敵を正確に狙い撃つことなど、私にだってできることじゃない」

「そうよルーちゃんはすごいのよ。まあアタシならまとめてぶっ飛ばしたけど」

「こんな怖い所で戦えるなんてるうてさんはすごいです」


 うわっ、お姉さんトリオからもべた褒めだよ。

 あまり褒められすぎてちょっと居心地わるいかも。


「いやいやそんな、私なんてぜんぜんだよ。まだ本調子じゃないし」

「本調子じゃなくてこれなら戦力として申し分ない。何より、あの恐ろしく正確な流読みには驚くしかないな。プロスパー島に入ってからは余計な戦闘を極力避けたいし、頼りにしているぞ。ルーチェ」


 お姉ちゃんに頼りにされた。

 気恥ずかしいけど、かなり嬉しい。


「さすがは聖少女様の血を引くお方ですね……」


 シルクさんが前を向きながらぼそりと呟いた。

 そういえばこの人ってプリマヴェーラに憧れてたんだっけ。

 中途半端にピンク色に染めた髪もたしか聖少女の真似だって言ってたね。


 あ、もしかして過剰に私のことを恐れてたのって、それが原因?

 いやいや、それだけであんな風には恐れないか。

 だとするとやっぱり……


「シルクさん」

「は、はい」

「知ってるの? 私の本当の父親が誰かって」

「……はい。英雄王様より伺っております」


 なるほど。

 あのダメおやじめ余計なことを。

 魔王の娘の思い人をとっちゃったとか、そりゃ恐れるか。


「これだけは言っておきますけど、誰の血を引いてようが、私の心は人間ですからね。自分の勝手で人を傷つけたりしないし、魔王なんてただの敵だと思ってるし」

「わ、わかりました……失礼な態度を取ってしまって申し訳ありません」


 あ、いや、別に謝って欲しかったわけじゃないんだけど。

 うーん気持ちをちゃんと伝えるのって難しいな。


 まあ、今は仕方ないか。

 ちょっとずつ打ち解けてくれたらいいな。


 あ、そうだ。

 たしかこの子も知らないよね。


「ねえねえダイ」

「なんだ?」

「私、どうやらエヴィルの王様の血を引いてるらしいんだけど」

「そうなのか」

「別に私はそいつを親とか思ってないから、やっつけちゃっていいからね」

「おう」


 すんなり受けれてくれた。

 ダイはこういうやつだよ。




   ※


 そのまましばらく空の旅。

 やがて遠くにうっすらと海が見え始めて――


「……っ!?」

「どうした!」


 私の反応に気づいたベラお姉ちゃんが大声で尋ねる。

 それに答えるより先に私は慌ててシルクさんに声を掛けた。


「すぐ絨毯を止めて!」

「わかりました」


 彼女はいちいち理由を確認したりせず、絨毯を停止させてくれた。


「どうしたのよ、いきなり」


 ヴォルさんが聞いてくる。

 実をいうと、私にもよくわからない。

 とりあえず感じたことをそのまま伝えた。


「この先にとんでもないやつがいる……っぽい」

「とんでもないやつ? エヴィルの将?」

「多分……いや、違うかな。スーちゃん出てきてくれる?」

「あいよ」


 私の口からぽわっと光が溢れて小型の人の形になる。

 久しぶりに呼び出す私の中の妖精さん、スーちゃん。


「ねえ、残ってる強敵って魔王と竜将とかいうやつだけだよね?」

「あと一応黒将もだな。黒衣の妖将はどうだかわからんけど」

「他にはいないの? 例えば、すごく大きいやつとか……」


 ここから一〇キロほど先に何か恐ろしい存在がいるってことはわかる。

 私が会ったことのある獣将や夜将よりも強い力を持つ、何か。

 けど、それは……なんていうか、ものすごく大きい。


「大きいだと? まさか……」

「知ってるの?」

「確証はない。もう少し近づいて大丈夫か?」

「とりあえずこっちに気づいて近づいて来てるって感じはしないね」

「じゃあゆっくり前進してみろ。ただし低空で、絶対に見つからないようにな」


 やっぱりスーちゃんにはそれが何か目星が付いてるみたい。


「シルクさん。もっと高度を下げて、少しずつ進んでもらって良いですか?」

「わかりました」


 地面すれすれまで降りて、そこから海の方角へ向かう。


「なあ、どうしたんだよ。敵だってんならぶっ飛ばして行こうぜ」


 ある意味頼もしいけどある意味空気の読めない無鉄砲少年がそんなことを言う。


 確かに、多少の相手なら倒して行った方が速い。

 なにせ斬輝使いの姉弟に最強の輝攻戦士、それから天輝士までいるんだから。

 ダイひとりでも獣将に勝てるくらい強いし、このメンバーで恐れる敵なんてそうそういるわけがない。


 それが本当に『多少の相手』ならだけど。


 五キロほど進んでまず見えたのは、海。

 どこか暗く濁って見えるプロスパー島へと続く海峡だ。


 それと大きな山。

 やたらとこんもりした、山。


 ……に、見える何か。


「は? なに、あれ……」


 ヴォルさんが驚きの声を上げる。

 絨毯の上の全員がそれに目を奪われていた。


 山じゃない。

 ずんぐりした胴体に、やたら太い手。

 頭に見えるの部分には虫の触覚のような角が生えている。

 体の下の方は海に浸かっていて、呼吸するたびにぶよぶよのお腹が上下する。


 その大きさは……海から出てる部分だけの推定で、一〇〇メートルくらい?


「スーちゃん」

「間違いない。あれは『覇帝獣ヒューガー』だ」

「シルクさん、絨毯を下ろしてください」

「わ、わかりました……」


 空飛ぶ絨毯を停止。

 一度地面に降りて、私たちはスーちゃんの話を聞いた。


「スーちゃん、ヒューガーってなに?」

覇帝獣ヒューガーはビシャスワルトに極少数のみ生息している、巨大生物の総称だ」

「強いの?」

「あれを個人で退治できるのはビシャスワルトでも魔王くらいだな。魔王軍の将でも厳しいだろう……まさか、あんな文字通りの怪物までこっちに呼んでいたとはな」


 やっぱり、嫌な予感は間違いじゃなかった。

 あの怪物は獣将や夜将よりもずっと……強い。


「ちょっと待て。魔王軍には五体の将だけでなく、そんなものまでいるのか?」

「あれを魔王軍に含めるのは語弊があるな。なにせあれは単なるエヴィルだ。知性もなければ組織に属すような理性も持っていない。端的に言って歩く災害みたいなもんだよ」


 ベラお姉ちゃんの質問にスーちゃんは淡々と答える。

 もし人間が決めた分類に当てはめるなら、あれは下位エヴィルってこと?


 ただし、魔王軍の将よりも強い、とびっきりのエヴィル


「だったらなおさら放っておけねーだろ。あれがエヴィルだってんならオレが退治してやるよ」


 ダイは腰に差した剣の柄に指先で触れながら遠くにいる怪物を見上げた。

 あんなのが陸地に上がったら、歩くだけで街は大変なことになる。


 何とかしなきゃいけない……けど。

 あんなの、どうやって倒すの?


「待て小僧、早まるな」

「誰が小僧だチビ助」


 血気に逸るダイをスーちゃんが止める。


「あれは覇帝獣ヒューガーの中でも比較的大人しい『ガイオウン』って個体だ。こちらから仕掛けない限り陸には上がってこないが、うかつに手を出したらやぶ蛇になる可能性だってある」

「悪いやつじゃないの?」

「自分の縄張りを守ることにしか興味が無いだけだ。魔王軍は人間をプロスパー島に近づけないためにあれを海上に配置したんだろうさ。気性の荒い個体は絶対に飼い慣らせるような生き物じゃないからな」


 人類の反撃を防ぐための障害ってことか。


「じゃあなおさらやっつけなきゃダメじゃない? もし魔王をやっつけたとしても、あれがあのまま残ってたらずっと海を渡れないままだし」

「それはそうなんだが……正直、あまり気乗りはしないな。ぶっちゃけこのメンバーで挑んでも全滅する可能性はあるぞ」

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