710 王女様の操縦技術

 街の外で空飛ぶ絨毯を拡げる。

 六人で座るとぎゅうぎゅうだ。


「なんだこれ。馬車で行くんじゃねーのか?」

「そっか、ダイは空飛ぶ絨毯のこと知らないんだっけ」


 私たちが初めてこれに乗ったのはダイと別れた後だった。

 新代エインシャント神国からファーゼブル王国に帰る時のことだ。


「これに輝力を込めると空を飛べるんだよ」

「ふーん。便利なものがあるんだな」

「みんな乗ったか? 準備が良ければ出発するぞ」

「あの、ベレッツァ様。良ければ私に絨毯の操縦を任せていただけないでしょうか」


 絨毯の端で膝をつくベラお姉ちゃんの横で、腰を曲げたシルクさんが申し出た。


「え? いえ、シルフィード殿下にそのような雑務を押しつけるわけにはいきません。どうか私にお任せください」

「ですが、エヴィルとの戦闘になった時、私はあまり役に立てません。ベレッツァ様には輝力を節約して頂いた方が良いと思うのですが、いかがでしょう?」

「しかし……」

「いいじゃないの任せてあげれば。シルクちゃんは何もできない役立たずと思われるのが嫌なのよ」

「無礼だぞ、ヴォルモーント」


 相手が王女様だからあくまで丁寧に振る舞うベラお姉ちゃん。

 それに対してヴォルさんはどこまでもフランクだ。


「誰が動かしてもいいよ。さっさと出発しようぜ」

「あの、大五郎? もっと真ん中の方に寄った方が良いと思いますよ……?」


 ナコさんは端っこの方に腰掛けるダイをさりげなく中央に移動させている。

 私は逆の反対側、ベラお姉ちゃんの斜め後ろに座った。


「わかりました。では、シルフィード殿下に操縦をお任せ致します」

「はい。ありがとうございます」


 シルクさんがベラお姉ちゃんに代わって絨毯前方で膝をつく。

 彼女が絨毯についた手から輝力が流れていく。


 ふわり、と絨毯が浮かび上がった。

 お尻の下の感触が硬い地面から、水に浮かんでいるみたいになる。


 おっ、すごい。

 六人も乗ってるのにかなり安定してる。


「おーい! 勇者様たちーっ!」


 ある程度まで浮かび上がったところで、下から人の声が聞こえてきた。

 私は絨毯を掴みながら少しだけ顔を出して下界を眺める。


 街壁の上に大勢の人が詰めかけていた。


「頑張ってくださーい!」

「シルフィード殿下、どうかご無事で!」

「使徒のお三方も、新代エインシャント神国を頼みます!」

「このミドワルトから邪悪なエヴィル共を追い払ってください!」


 おおっ、ルティアの人たちが応援してくれてるよ。

 こういうお見送りってすごく嬉しいよね。

 誰も私の名前は呼んでないけど!


 シルクさんは片手を絨毯につけたまま身を乗り出して律儀に手を振っている。

 ベラお姉ちゃんも彼女に倣って遠慮がちに顔を見せた。

 ヴォルさんとダイは無反応。


「あ、あの、大五郎? 高い所は嫌ではないですか? 怖くないですか? もし怖いのでしたら、お姉ちゃんが手を繋いでいてあげますよ?」

「大丈夫だよ。子どもじゃねーんだから」


 ナコさんは高い所が怖くてそれどころじゃないっぽい。

 顔を乗り出すとか絶対にできそうにないね。


「では、出発します」


 シルクさんが改めて両手を絨毯につける。

 すると、絨毯は急激に加速を始めた。


「ひああっ!」

「な、なんだよ姉ちゃん! しがみつくなよ!」


 悲鳴を上げながらダイの腕をぎゅっと抱くナコさん。

 お姉さんの意外な姿に戸惑うダイがかわいい。

 これを機に蟠りが解けると良いね。


 ただ、思いっきり加速したわりには……


「すごいものですね。操縦者次第でこんなにも安定するものだったのですか」


 私と同じ事を思ったみたいで、ベラお姉ちゃんも驚きの感想を述べた。


 これだけの速度で飛んでいるのにまったく横揺れがない。

 さっき急加速した時にも振り落とされそうにはならなかった。


 いつの間にか絨毯の周囲が空間スパディウムで覆われているけど、安定してる理由はそれだけじゃない。

 単純にシルクさんの操縦が上手いんだ。


「フライングカーペットの扱いには慣れていますから」


 肩越しに振り返ってにこりと笑うシルクさん。

 そういえばこの人、よくお城を抜け出していたおてんば姫さまだった。


 視線を地上に向けてみればみれば、もの凄い速さで景色が流れていく。

 このペースならあっという間にセアンス共和国を出られるだろう。


「ははっ、こりゃいいや!」


 空の旅が楽しいのか、ダイはとっても上機嫌。

 どうやらお姉さんと違って高所恐怖症ではないみたい。


「危ないですよ、大五郎! 身を乗り出してはいけません!」

「おー、雪山が見えるぞ。ノルド国かな? ほら、姉ちゃんも見てみろよ」

「いやああああーっ!? ひっぱらないでーっ!」


 楽しそうだねこの姉弟。

 さっきのギスギス感はなんだったのか。

 でもまあ、あっさり仲良くなれたようで何よりです。


 うーん。

 それじゃ、私も……


「シルクさん」

「はひっ!?」


 私が話しかけると、絨毯が急に大きく上下に揺れた。


「落ちる! 落ちてしまいますうううう! だ、大五郎、あなただけは、私が必ず守りますからねえええええ!」

「すっげー! ひゃっはー!」

「うおっ!?」


 ますます楽しむ姉弟。

 端っこで外側に足を出していたヴォルさんは振り落とされそうになって焦ってた。


「あっぶないわねこのバカ姫! ちゃんと操縦しなさいよ!」

「す、すみません!」


 そんな不安定な座り方してたヴォルさんも悪いし、いくらなんでもバカ姫はあんまりだと思うよ。


 まあ、それはおいといて。


「……ねえ、なんでそんなに私に怯えてるんですか?」

「あ、いえ、怯えてるわけではないのですが……」


 絶対うそだよね。


「ジュストくんのことはひとまず別にしてさ、私はシルクさんとは仲良くしたいと思ってるんだよ。これから一緒にエヴィルと戦う仲間なんだし」

「えっと……その、良いのですか?」

「うん。シルクさんが私からジュストくんを 横 取 り し た ことはとりあえず気にしないフリをしたつもりを演じる気でいるから、だから仲良くしよう!」

「ひいっ!?」


 だから何で怯えるのよ。


「はい、握手。よろしくね」

「よ、よよよ、よろしくお願いします」


 にぎにぎ。

 よし、友情が深まったね。


「さて、このペースなら新代エインシャント神国まですぐかな?」

「三時間もあれば海岸線に着く勢いだな。間違いなく今日中には神都に入れるだろう」


 私の呟きにベラお姉ちゃんが応える。

 そんなもんかあ、本当にあっという間だね。


 ……っと。


「ねえ、シルクさん」

「は、はいっ!?」

「このまままっすぐ行ったところにエヴィルが飛んでるよ」


 私は特に意識をしなくても一〇キロくらいの範囲内にいるエヴィルの存在を感知できる。


 前方一〇キロ弱の地点に三体のエヴィルが飛んでる。

 このままのペースで飛び続ければ、すぐにかち合ってしまう。


「迂回しましょうか?」

「うーん。このまま進んで大丈夫だと思いますよ」


 いちおう念のため伝えておいたけど、エヴィルのスピードよりも、この空飛ぶ絨毯の方がずっと速いから、仮に敵の視界に入ったとしても簡単に振り切れると思う。


 なのでとくに方向転換をする必要はない。

 数分後、遠目に翼を持つ人型のエヴィルが見えてきた。


「このままやり過ごすのか? この辺りには町もあるし、もしかしたら魔王軍の斥候兵かもしれないぞ」

「あ、そっか」

「どうする? 撃ち落とすってんならアタシがやるけど」


 ヴォルさんが腕を鳴らして立ち上がる。

 それをベラお姉ちゃんが止めた。


「待てヴォルモーント。こんな狭いところでお前が暴れたら、みんな振り落とされてしまう」

「なによ。じゃあナコに任せるわ」

「ひっ!? わわわ、私ですか?」


 ダイの腕をぎゅっと握ったまま涙目になるナコさん。


「いじめないの。私がやるから、ナコさんは座っててください」

「も、申し訳ありません……」


 さて、エヴィルとの相対距離はすでに六〇〇メートルをきってる。

 出会い頭で可哀想だけど、あいつらは侵略者だからね。


「速度を落としますか?」

「このままで大丈夫ですよ」


 私はシルクさんに伝え、三つの白蝶を手の先に浮かべた。

 うん、朝よりもっと調子が良くなってる。


 今の私じゃ同時に使える輝術はこれが限界。

 けど流読みの精度まで鈍ってるわけじゃない。


「あん? なんだあれ――」

閃熱白蝶弾ビアンファルハ!」


 エヴィルの声が聞こえる程の距離に近づいた直後、私は白蝶を閃熱の光に変えて撃ち出した。


 超高熱の光は正確にエヴィルたちの頭を貫く。

 三つの黄色いエヴィルストーンになって地上に落ちていった。

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