708 反攻作戦の先兵

「うわーん! うわーん!」

「あ、あの、私……」

「あーいいのよ。泣かせといてあげなさい」

「ルーチェ……」


 大泣きする私。

 慌てるシルクさん。

 冷たく突き放すヴォルさん。

 ベラお姉ちゃんは心配そうな顔で見てる。


「もう嫌い! みんな嫌い!」


 私は逃げるようにベッドに潜り込んだ。




   ▽


「その、すみません、本当に……」

「いいってば。アンタが悪いわけじゃないんだからさ」


 ヴォルは落ち込むシルクの頭をぽんぽんと叩いた。


「しかし意外だったな。お前はもっとルーチェの肩を持つと想ってたぞ」


 泣き疲れて寝てしまったルーチェの髪を撫でながらベラが言った。


「こういうのはお互いの気持ちの問題だしねえ。ああいう夢見がちな子の場合、まだ希望があるよなんて下手なフォローしちゃって、変な感じに固執しちゃうといけないからさ。ジュストがこの場にいたらすぱっとフラせてやるんだけど」

「だが、これではお前が嫌われ役になってしまうではないか」

「若い子を導いてあがるのも年上の役目。それに、ルーちゃんならきっと立ち直ってくれるわよ」

「すまんな。嫌な役を任せてしまった」

「いいってば」


 ヴォルはこほんと咳払いをし、改めてシルクに問いかけた。


「で、アンタこんな夜中に何しに来たの? まさかルーちゃんを煽りに来たわけじゃないんでしょ?」

「ち、違います。というか、ルーチェさんに会わないよう、こっそり侵入したつもりたったのですけど……」


 運の悪いことに、真っ先に見つかってしまったわけだ。


「ルーちゃんじゃないなら誰に用があったの?」

「こちらに勇者様がお泊まりに成られていると伺いましたので」

「あん?」


 ヴォルは途端に不機嫌そうに表情を歪めた。

 彼女はダイのことをあまり良く思っていない。


 ほとんど話もしていないし、嫌いというわけではないのだが、自分があれだけ苦戦した獣将をあいつがあっさり倒してしまった事はヴォルの中で大きな不満となって燻っていた。


「偉そうに言っておきながら、お前は自分のことになると途端に感情をコントロールできなくなるな」

「アイツの部屋ならもう一つ上の階よ」


 ベラの茶化しを無視し、ヴォルはぶっきらぼうに言う。


「そ、そうでしたか」

「亡国の王女様が伝説の勇者様に何の用だったの? ひょっとして、いなくなったジュストの代わりに囲い込もうとか思った?」

「違います。私が好きなのはジュストさんだけです」


 打って変わって凜とした態度で反論するシルク。

 強気のお姫様にヴォルはふんと鼻を鳴らした。


「もし良ければ取り次いで差し上げますが、我々に聞かれてはマズい話なのでしょうか?」


 ふてくされたヴォルに代わってベラがシルクに提案する。

 彼女はヴォルと違って相手が元王女であることに敬意を払っていた。


「いえ。ぜひ皆さんにも聞いて頂きたいと思っていました。とても重要な話なので」

「それは?」


 シルクはひとつ咳払いしてから真面目な表情で語った。


「かつての魔王を倒したと伝わる、勇者のみが扱うことができる伝説について」




   ※


 うう……


 起きたくないよう。


 どうせ起きたって、ジュストくんは私の側にいないんでしょ?

 だったら夢で会えるよう期待してた方がいいもん。

 きめた、一生ベッドの中で生活するよ。


「ほら、いい加減に起きて!」

「ぎゃーっ!?」


 決意した直後にヴォルさんに毛布を引っぺがされた!

 この人、昨日から私に対しての態度が酷いよ!


「がるるるる……」

「あら可愛らしい威嚇。朝食持ってきたからさっさと食べちゃいなさい」


 ……はあ、もういいよ。


 もちろん、私だってわかってるんだよ。

 ヴォルさんが私を元気づけようとしてくれてるってことはさ。


 いくら騒いだところで、ジュストくんとシルクさんが両思いなことには変わらない。

 いつまでも実りのない恋に執着したって良いことなんて何もない。

 だから、さっさと気持ちを切り替えるべきだ。


 ただ、そんな簡単に割り切れるものじゃないんだよ。

 私にとって初めて本気で好きになった人だったんだし。


 あんまりたくさん食べたい気分じゃないので、ヨーグルトとプリンを一つずつもらう。


「紅茶の砂糖は二〇杯でいいんだっけ?」

「二〇〇杯でお願い」

「溢れるわ」

「ところでベラお姉ちゃんは?」

「ホテルのチェックアウトに行ってるわよ」


 あら、もう出なきゃいけない時間なのね。


「午後からはどうする予定なの?」

「新代エインシャント神国に向かうわよ」


 また唐突だ。

 いつの間に決まったんだろ。


「それって昨日言ってたとおり、少数での反攻作戦って感じ?」

「さすがにアタシたちだけですべてを解決するわけじゃないわよ。どっちかって言うと、偵察と情報収集を兼ねた先遣隊ね。可能ならもう一体くらい将を倒したいとは考えてるけど」


 敵の将はたしかあと二人。

 そのうち黒将はダイが楽々と追っ払ってる。

 みんなで戦えば、決して勝てないような相手じゃない。


「参加するメンバーは勇者様、アタシ、ナコ、ルーちゃん」

「え、ベラお姉ちゃんは来ないんだ」

「ぐずってたけど、ファーゼブル側の輝士を纏める人間が必要だからね。英雄王は行方不明のままだし」


 ほんと、どこ行っちゃったんだろうね、あいつ。

 ジュストくんだけでも帰ってくれば良いのに。

 ああ、でも今はあんまり会いたくないかな。


「ルーちゃんも一応、無理そうならいいけど……」

「うーん」


 私は指を立て、目の前にひとつの閃熱白蝶弾ビアンファルハを浮かべてみた。


 今のところ、同時に作れるのは一つだけ。

 でも、これだけできれば少なくとも戦力にはなれる。

 やっぱり時間が経つにつれて、少しずつ力は回復してるみたいだ。


「大丈夫、行くよ」


 早く元通りに輝術を使えるようになって、足手まといにならないようにしなきゃ。


「あと、シルクも来るわよ」

「えっ」


 道案内役ってことなのかな?

 うわあ、仲良くできるかなあ……


 それと、ダイとナコさんの対面っていう問題もあった。

 あの二人も前みたいに仲良くできたらいいんだけどな。


 なんだか問題は山積みだあ。


「ルーチェ! ヴォルモーント!」


 と、ベラお姉ちゃんが勢いよくドアを開けて入ってきた。


「どうしたの?」

「私も一緒に行けることになったぞ!」


 おおっ、それは良かった。

 お姉ちゃんがいてくれるのはやっぱり心強いからね。


「アンタが来ちゃって連合輝士団の方はどうすんのよ」

「今朝、ファーゼブル王国から頼りになる方が来てくれてな。先代天輝士のヴェルデ氏という人物なのだが、輝士団を纏めるのにこれ以上相応しい人はいない。ということでルティアに残る役目は彼に変わってもらった」


 ヴォルさんの質問にお姉ちゃんは嬉しそうに答える。

 どうやらその人は本当にすごく信頼できる人みたい。


「そうだ。お姉ちゃんも昨日はごめんね?」

「問題ないぞ。また愚痴りたくなったら聞くし、泣きたい時があればいつでも胸を貸すからな」


 優しいなあ、ベラお姉ちゃんは。


「それと、もうひとつ朗報がある。マール海洋王国軍を名乗る組織から接触があったそうだ。なんでも旧マール輝士団を母体とした、王女様が自ら率いている組織だとか」

「マール王国の王女様ってもしかして、クレアール姫!?」

「知ってるのか?」

「前に少しだけ一緒にいたよ」


 そっか、クレアール姫も頑張ってるんだ。

 これは本当にへたれてる場合じゃないぞ。


「遠くないうちに四カ国での合同作戦もあるかもしれない。シュタール帝国には小国の連合軍も集まっているという話だから、今後ますます戦力は充実するぞ」


 いよいよ人類による本格的な反撃が始まる。

 その時のために、私たちが少しでも有利な状況を作っておかなきゃ。

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