707 みんな敵だ

「さて、状況をまとめると……」


 輝光灯の明かりをつけた客室の中。

 ベッドに腰掛けたヴォルさんが神妙な顔つきで言った。


「なぜかホテルの廊下にいたそこの泥棒猫が、ルーちゃんに見つかって殺し合いになって、危うく亡き者にされそうになったから必死に土下座して命乞いをしてた……ってことでいいの?」

「ぜんぜんちがう!」


 私はシルクさんを亡き者にしようとなんてしてない!

 土下座だって彼女が人の話を聞かずに勝手にやっただけだし!


「あ、あの、わわわ、私……」


 シルクさんは床に正座してぶるぶると震えている。

 椅子を勧めてあげたのに、頑としてその姿勢を崩さない。


「あのね、シルクさん」

「ひいっ!?」


 私が手をさしのべようとすると、彼女は後ろ手をついて後じさった。


「……そんな態度されると、少し傷つくんだけど」

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 シルクさんに含むところが全くないと言えば嘘になる。

 けど、別に彼女を嫌ったり、傷つけたりするつもりはないんだよ。

 そんなことしちゃったら、本当にどうしようもない悪人になっちゃうから。


「シルフィード殿下。ルーチェは貴女に危害を加えるような人間ではありません。どうか落ち着いて話をしてもらえないでしょうか」


 さすが正式な輝士だけあって、ベラお姉ちゃんは丁寧なフォローをしてくれる。

 一方のヴォルさんはニヤニヤしながらこの状況を楽しんでいた。


「も、申し訳ありませんでした……」

「いや別にいいんだけど」


 お姉ちゃんが差し出したお茶を一口飲んで、シルクさんは気分を落ち着ける。


「で、アンタ何しに来たの?」


 それにしてもヴォルさん、相手は王女様だっていうのに尊大な態度だね。


「あの、私は……」

「そうだ、いいこと考えた。ちょうどいいからアンタら、ここで決着をつけちゃいなさいよ。どっちがあの男に相応しいのか殴り合いでもアピール対決でも――」

「ちょっとヴォルさんもう黙ってて」


 みょーん。


「はい! ごめんなさい!」

「す、すごい……あの一番星さまを一睨みで黙らせるなんて……恐ろしい……」


 ああほら! またいらない誤解をされてるし!


「いや、私もヴォルモーントの言う通りだと思うぞ」

「ベラお姉ちゃんまで!」

「別に興味本位で言っているわけではない。互いに蟠りがあるなら、機会がある時に解いておいた方がいいという話だ。和解するにも間を置けば障害が高くなるだけだからな」


 うーん……それもそうか。


 シルクさんは魔王軍に滅ぼされた新代エインシャント神国のお姫さま。

 プロスパー島を奪還するに当たって、反撃のシンボルになる人でもある。

 気まずいままの状態が続くのは良くないってことくらい私もわかってるよ。


「では、単刀直入に聞きましょう、シルフィード王女」

「は、はい」


 ベラお姉ちゃんがズバリと質問する。


「貴女はジュスティッツァの事を本気で愛しているのですか?」

「それは、その、えっと………………はい」

「だそうだ。残念だがルーチェ、もう諦めろ」

「結論がはやいよ!」


 それじゃ和解も蟠りを解くもなにもないじゃん! 


「ジュストもシルフィード殿下を愛していると言ったのだろう?」

「それは……言ってたけど……」

「ならば相思相愛ということだ。お前が口を挟む余地は全くないぞ」

「いやそんなことわかってるけどさ!」


 なぐさめ会とはなんだったのか!

 お姉ちゃんは私の味方をしてよ!


「私が初めてジュストさんの事を異性として意識したのは、彼と三度目に出会った時です。それはエヴィルに支配された町に身を隠していた時のことでした……」


 なんかシルクさんも語り始めちゃったし。

 え、これ聞かなきゃいけないの?




   ※


 シルクさんはジュストくんとの関係について語った。

 それは私が眠っていた十一ヶ月の間に起こった出来事。


 彼女はエヴィルに支配されたプロスパー島から抜け出し、お供の人と一緒に大陸に渡ってきた。

 けれど運の悪いことに、最初に着いた町もエヴィルによって占領されていたらしい。


 身動きの取れなくなった彼女を助けるため、連合輝士団から派遣された人物。

 それこそが、他ならぬ我らがジュストくんだった!


 シルクさんの危機にさっそうと現れたジュストくんは圧倒的な力で彼女を救い、その後もルティアに襲撃してきた獣将バリトスを追い払ったり、近隣のエヴィルを次々と倒しまくって連合輝士団のエースと呼ばれたりと、八面六臂の大活躍!


 そんな風にいろいろありながら、守る人と守られる人の関係は次第に変化していった。

 そして気づけばジュストくんとシルクさんは恋人関係みたいになっていた……って話。


 くわーっ、うらやましい!

 私だってタイミングさえ良ければ!


 それにしても、今の話を聞いてて思ったのが……


「やっぱりジュストくんはカッコいいなあ」

「えっ?」


 なぜか不思議そうな顔で私を見るシルクさん。


「えなにその反応。私なにか変なこと言った?」

「え、いえ、ジュストさんは確かに素敵ですが」


 そうだよジュストくんは素敵なんだよ。

 強くて立派で誰にも負けないスーパーヒーローなんだから。


「はいストップ。もういいわ、よくわかった」


 ヴォルさんが私とシルクさんの間に入った。

 いったい何がわかったんだろうね。

 ジュストくんの素晴らしさ?


「シルクちゃんさ。アンタ、ジュストのどこを好きになったの?」


 その質問は私にしてくれればいいのに!

 一晩中だってかけて語れるよ!


 シルクさんは照れたように頬を染め、遠慮がちに、途切れ途切れの言葉で答えた。


「……最初は、ただの憧れでした。危ない所を救ってくれた立派な輝士様だって。そんな風に、とても強くて、素敵な人だなって思って」

「うんうん」

「でもそのうち、彼が使命感の裏に隠した弱さにも気づいて……そうしたらもう放っておけなくなって、ずっと側にいてこの人を支え続けたいって」

「はぁ? ジュストくんが弱い?」


 なに言ってんだこのひと。

 ぜーんぜん、まったく何にもわかってないね!

 あの強くてカッコいいジュストくんが弱いわけないじゃない!


「じゃあ次は私の番だね! えっとね、私とジュストくんが会ったのはフィリア市の隔絶町で……」

「ごめん、それはもう散々聞いたからいいわ」


 語らせてよ!

 シルクさんの勘違いを解いてあげないと!


「シルク」

「は、はい」


 ヴォルさんがシルクさんの肩に手を置く。

 どうでもいいけどほんと王女様相手なのに偉そうだね。


「ジュストのこと大事にしてやってよ。アイツにはアンタみたいな女が必要だからさ」

「えっ……」

「ちょっとヴォルさんどういうこと!?」


 なんでそうなるのよ!

 私のこと応援してくれるんじゃなかったの!?


「ルーちゃん」

「な、なんですかっ」

「失恋だって、いつかはいい思い出になるわ。この経験を糧にしてこれからも頑張りなさい」

「ヴォルさんの裏切り者! だいっきらい!」

「アタシは好きだから大丈夫よ」


 そんな素敵な言葉じゃ騙されないぞっ!


「私の何がダメなの!? なんでシルクさんの方がジュストくん相応しいの!?」

「例えばだけど……ルーちゃんさ、ベラのこと、どんな人間だと思う?」

「わ、私か!?」


 いきなり名前を呼ばれて動揺するベラお姉ちゃん。

 意味わからない質問だけど、私は思うままに答えた


「そんなの美人で頭も良くて、天才で、立派で、皆から尊敬されてて、何をやっても完璧にこなせる偉大なスーパーお姉ちゃんに決まってるじゃない」


 ヴォルさんは肩をすくめた。


「ほらね。ルーちゃんは相手に理想を求めてばかりで、その人の本質が見えてないのよ。ハッキリ言って押しつけられる方はたまったもんじゃないわ」


 はぁ!?


「待てヴォルモーント。言わんとしていることはわかるが、私を例えに使われるのは非常に不本意だぞ。一応これでもルーチェの理想に応えようと全力で努力をしてるんだからな」

「アンタは好きでやってるからいいのよ。同年代のガキに同じ事を求めるもんじゃないわ」

「恋に恋する少女の想いくらい受け止めてやるのが男の甲斐性というものだろう」


 なっ、なによ、なによ、二人してっ!

 それじゃ、まるで、私が……


 私の気持ちが、ジュストくんにとってのストレスだったみたいじゃない。

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