682 ▽絶望的戦力差、それ以上の破壊の嵐

 ジュストは流通都市カミオンの北西部の草原にいた。


 彼と共に戦う輝士は連合輝士団のほぼ半数にあたる一五〇人。

 そのうち輝攻戦士はジュストとゾンネを含めた一二名。

 輝術師も両国の精鋭が三〇名ほど揃っている。


 他にはルティアの国衛軍と、開放したばかりのカミオンの勇士が五十名ほど。

 相手が並の規模のエヴィル集団ならば容易く殲滅できるほどの戦力である。


 並の敵ならば……


「斥候兵、戻りました!」


 飛翔能力と流読み技能を持つ輝術師が大慌てで帰還する。

 彼は臨時司令官であるゾンネの目の前に降り立った。


「報告します! て、敵軍の総数は、事前調査を上回り……およそ二五〇〇体!」

「な……」


 その場にいた輝士たちがみな絶句する。

 司令官への欠礼を咎める者すらいなかった。


 魔王軍を構成するのはただのエヴィルではない。

 高い知恵と戦闘力を持つ異界の戦士、ビシャスワルト人だ。


 そのほとんどは、かつてケイオスと呼ばれた上級エヴィルに近い力を持っている。

 一体だけでも恐ろしい敵が、こちらの十倍以上の数で攻めてくるのだ。


 それは絶望以外の何物でもない。

 悪夢のような状況だった。


 動揺する姿を見せなかったのは、わずか二人のみ。


「そうか」


 うち片方、臨時司令官である星帝十三輝士シュテルンリッター二番星ゾンネは、その報告に対して鷹揚に頷いた。


 もちろん余裕があるわけではない。

 司令官として冷静さを欠いた姿を兵に見せるべきではないという自制心ゆえだ。


「と言うことだが、今回の戦局をどう見る?」


 ゾンネが問いかけたのは、動揺を表に出さなかったもうひとり。

 腕を組んでひたすら険しい顔で遠くの空を睨んでいるジュストだった。


「僕はただ、立ちふさがるエヴィルをすべて斬り伏せるだけです」


 馬鹿正直に戦局予想なんてしても意味はない。

 戦う前から結果なんてわかりきっている事なのだから。

 だからジュストは単なる気構えを語って質問をはぐらかした。


 ゾンネはそんな彼の余裕を利用する。


「聞いたかお前ら。我らがエース殿の言う通り、とにかく俺たちは戦うしかないんだ。俺たちが敗北すれば俺たちの背後にいる何万人もの民が殺される。あるいは生きて化物共の家畜にされるかのどちらかだ。ここが余所の国だからって気を抜くな。セアンス共和国が堕ちれば次はシュタール帝国、そしてファーゼブル王国へと魔王軍は攻めてくる。我らは負けるわけにはいかない! これはただの戦争じゃない、人類の未来と尊厳を守るための聖戦なのだ!」

「おお……!」

「ゾンネ様の言う通りだ、エヴィルなんかに負けてたまるか!」

「たとえこの命が尽きようとも、一匹でも多く侵略者どもをぶっ殺してやるぜ!」


 ゾンネの不器用な演説によって、多少なりとも兵の士気は上がったようだ。


 だからと言って、絶対的不利な状況に変わりはない。

 剣の柄を握りしめて震える者、黙って地面を見つめる者など、覚悟を決めるに至らない者も多い。


「俺ではこれが限界か……」


 兵達に背を向け、ゾンネはジュストにだけ聞こえる声で呟いた。


「いえ、ご立派な演説でしたよ」

「お世辞はよせ。自分に英雄王のようなカリスマ性がないことくらいは自覚している。せめて、ヴォルモーントがいればな……」


 人類最強の輝攻戦士、星帝十三輝士シュテルンリッター一番星ヴォルモーント。


 その戦闘力は誇張無く一騎当千。

 彼女がいれば、この危機だって乗り切れたかもしれない。

 だが、あの人は魔王に敗北して以来、心を病んでしまったと聞いている。


「この場にいない人を頼っても仕方ありません。彼女の代わりにはなれませんが、僕もできるだけのことをやってみせますよ」


 ジュストはヴォルモーントのように多数の敵を相手にするのは得意ではない。

 それでも、二重輝攻戦士デュアルストライクナイトになれば並の敵には負けやしない。


 力尽きる前に五〇〇体くらいは屠ってやる。


「頼もしいことだ。それでは――」

「ほっ、報告!」


 慌ただしく足音を立て、一人の輝士がゾンネの元にやってくる。

 空から調査を命じられた輝術師とは別の斥候兵であった。


「どうした!?」

「てっ、敵の軍勢が……」

「ついに動いたか!」


 皆まで聞かずゾンネはそう判断した。

 その場にいた輝士達の間にも緊張が走る。

 ジュストは聖剣メテオラの柄の感触を確かめた。


 ところが、斥候兵が続けた報告の内容は、彼らにとって予想もしなかったものであった。


「撤退を始めました!」




   ※


 その戦士の名はアルシカスと言った。

 鋼の肉体を持つ象人族の勇士、誇りある魔王軍の一員である。

 彼はその蛮勇でもって、ついに獣将率いる第一討伐軍の副官にまで上り詰めた。


「いいか者共! 我々に与えられた使命は、ヒト族の殲滅である!」

「うおおおおおおおおっ!」


 台上に乗ったアルシカスが宣言する。

 二〇〇〇を越えるビシャスワルト人の戦士たちが、大地を揺るがすほどの大声で応えた。


「獣将様はついに総攻撃をお命じ下さった! 我らはその先発隊! この戦に加わったことを末代までの誉れとせよ! 偉大なる魔王様に楯突く愚か者を誅滅し、屍を後に続く者たちの花道とするのだ!」


 獣将の敗退以来、与えられる任務は少数での偵察任務ばかり。

 大いに不満が溜まっていた所にようやく授かった今回の総攻撃命令。

 その先発隊の隊長に任命されたことは彼にとってこの上のない光栄である。 


「此度の戦、個人の武力はもちろん、数でも勝っている! 脆弱な敵兵など皆殺しにし、異界の地を我らの手で開放するのだ!」


 両腕と象人族の特徴である長い鼻を天に向かって突き上げる。

 この作戦が成功すれば、アルシカスの評価もますます高まるだろう。

 やがては次の獣将の座も夢ではない……と、気の早い妄想を浮かべた直後。


 かなり近い位置で爆発が巻き起こった。


「なんだ!?」


 馬鹿な兵士が喧嘩でも始めたのか?

 大事な作戦前に、わきまえない馬鹿共が。

 我の出世を邪魔する者はこの手で処刑してやる!


「おい貴様ら――ぶぼっ!?」


 直後、台上に立つアルシカスを謎の衝撃が襲った。

 轟音と共に巻き起こる凄まじい爆風と炎。

 並大抵ではない威力の爆発である。


 だが鋼の肉体を持つ象人族の勇士たるアルシカスは、この程度では死なない。

 視界を妨げる煙を振り払い、ふざけたことをしてくれた何者かに向かって怒号を浴びせた。


「どこの誰だぁ! こんな馬鹿なことを……」


 アルカシスは最初、自分のことを妬んだ兵士が反乱を起こしたのだと思った。

 ところが、彼のいる所とはまた別の場所で、次の爆発音が響いた。


 一カ所や二カ所ではない。

 あらゆる場所で連続して爆発が起こっている。


「な、なんだ一体!?」

「もしかしてヒト共の攻撃か!?」


 突然の異変に軍勢はパニックに陥った。

 アルシカスはそんな彼らを一喝しようと息を吸い込んだ。


「貴様ら、慌てるんじゃ――」


 直後、またしても強烈な爆発が彼を襲う。

 たまらずバランスを崩して台上から落下する。


「た、隊長がやられたーっ!」

「馬鹿野郎、誰がやられて――」


 仰向けに倒れたアルシカスは見た。

 凄まじい速度で飛来する無数の黒い蝶を。


 それが着弾する。

 爆発する。


「ぎゃあっ!」

「シカル! おい死ぬな!」

「どうなってんだよ、こっちの部隊は全滅だ!」


 その正体もわからないまま、あちこちで起こる爆発。

 アルシカスはまだ大丈夫だが、攻撃に耐えられる者は多くない。

 魔王軍の勇敢な戦士たちは今や完全なるパニック状態に陥ってしまった。


「落ち着け! これは何者かの攻撃……ごあっ!?」


 活を入れるために喋る余裕さえ与えられない。

 空から飛来する黒い蝶はアルシカスを集中的に狙っている。

 さすがの象人族の勇士と言えども、いつまでも耐えきれるわけではない。


「クソォ! なんなんだよ一体ィ!」


 爆撃が絶え間なく彼らを襲う。

 黒い蝶が死を振りまいていく。


 もはや体勢を立て直すことすらできなかった。

 やがて恐慌に取り付かれた戦士の誰かが叫んだ。


「もうダメだーっ! 逃げろーっ!」


 そこから後はもう止まらなかった。

 算を乱した戦士達は堰を切ったように敗走を始めた。

 

「逃げるな! おい! 逃げ――」


 叫ぶアルシカスの声を爆音がかき消す。

 やがて黒い蝶の集中砲火は鋼の肉体さえも突き破った。


「止めろっ! もう止めてくれーっ!」


 こうなっては逃亡を止めるどころではない。

 命の危機を感じたアルシカスは全力で叫んだ。


 しかし、遙か遠方にいる敵にその声は届かない。

 二五回目の爆撃を受けたアルシクスは、その体を青い宝石へと変えた。

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