650 ◆空飛ぶ輝動二輪

 その日は町の宿屋に泊まって、翌日に出発。

 あたしたちは輝動二輪に跨がって……


「重っ! あんたのその剣のせいで、やたら重いわ!」

「あはは……」


 ほとんどひとり分の体重が増加したみたいなもんだ。

 大型輝動二輪だし、さすがに前に進まないことはないけど、操縦に余計な神経使いそうだわ。

 気を抜いたら立ちゴケしそう。


 文句を言っても軽くはならないので、なんとかバランスを取りつつ街道を進んでいると。


「……ミサイア」

「ええ」


 街道左手の森にうごめく何かが見えた。

 このまま全速力で振り切るって手もあるけど。


「数は三匹ですね。逃げるよりも降りて闘った方が早いかと」

「あたしはリングがあるからいいけど、あんたは大丈夫なの?」

「ご心配なく。いい機会だし、新しく手に入れた武器の具合を確かめてみようと思います」


 あんたは単にその剣で戦ってみたいだけじゃないの。

 どっちが早いかっていうなら倒すより逃げる方が早いわよね?


 ともあれ、あたしはブレーキを掛け輝動二輪を停車させた。

 それと同時に森の中から二体の紫色の怪物――魔犬キュオンが姿を現す。


 あたしはステップを使って輝動二輪から飛び降りた。

 そのまま背中のウイングユニットを拡げて空に舞い上がる。


「ガンバージ!」


 翼から二丁のマルチスタイルガンを取り出し、間髪入れずに射撃。

 光の弾丸は先頭の個体の眉間へと吸い込まれていった。


「ギャォォォォン!」


 断末魔の叫びを上げ、紫の魔犬は赤い宝石に変わる。


「ウイングユニットの扱いもすっかり慣れたものですね」

「まあ、こんなもんよ」


 正直に言えば連射で二体同時に倒すのも可能だったけど、ミサイアが武器を試したいそうなので、わざと一体だけ残してやった。


「それじゃ、私もやりますよ!」


 どこに体重をかけているのか、ミサイアは後部座席に座った状態から跳躍する。

 ほぼ人ひとり分の重さがある剣を背負っているとは思えない身軽さだ。


「かかってきなさい!」


 剣を鞘から引き抜くと、なんと片手でそれを構えた。

 仲間を倒されても怯まない魔犬がミサイアに迫る。


 二者の距離があと数メートルの所にまで近づいた、その瞬間。


「どっせい!」


 ミサイアが大きく一歩踏み込んだ。

 右から左へと振り回し、横一文字になぎ払う。

 その剣風は数メートル上空にいるあたしにも届くほどだった。


 武具屋の店員が言っていた通り。

 あの剣はそれほど切れ味がある武器じゃない。

 輝鋼精錬はしてあるけれど、それは刀身強度を高めるため。


 とはいえ数十キロはある鋼鉄の塊だ。

 そんなものを横っ腹に食らった魔犬もただでは済まない。

 豪快にも右半身を吹き飛ばされ、弱いうめき声を上げながら地面に倒れ伏す。


「トドメ!」


 ミサイアは今度は両手で大剣を掲げると、半死半生のキュオンめがけて思いっきり振り下ろした。


「ギャッ!」


 文字通りキュオンは、あっけなくその姿をエヴィルストーン宝石へと変化させる。


「やりましたよナータさん! 初めてモンスターを狩りました!」

「モンスター?」


 よくわからないけど、心配する必要はなかったわね。

 あんな鉄塊みたいな剣でもこいつが使えば超絶武器に早変わりだ。


 しかし、こいつの馬鹿力はいったいなんなのかしら?




   ※


 しばらく輝動二輪を走らせていると、関所にたどり着いた。

 ファーゼブル王国の領土はここで終わり。

 向こう側はもう別の国だ。


 生まれて初めての外国。

 あたしは内心ちょっぴりドキドキしていた。

 去年の剣闘の二国大会が中止にならなきゃ、シュタール帝国に行く予定だったんだけど――


「はい、そこの輝動二輪。停止して身分を証明できるものを提示してください」

「えっ?」


 関所にいた兵士がそんなこと言う。

 身分証明って、学生証でもいいのかしら?


 たしか財布の中に……っと、あったあった。


「はい。これでいい?」

「どれどれ……南フィリア学園の生徒? 君、なんのために出国するの?」

「知り合いに会うためよ。どこにいるのかはまだわかんないんだけど」

「残念だが却下だ。危ないからはやく街に戻りなさい」


 はぁ!?


「ちょっと、なんでダメなのよ!」

「むしろなんで通れると思ったんだ? 今は世界的な非常事態の真っ最中なんだぞ」

「こっちだって非常事態なのよ!」

「意味がわからん。これ以上騒ぐなら不審人物と見なして引っ捕らえるぞ」

「ぐぬぬ……」


 正面は金属製の柵が降りていて、強引に突破するのは難しそう。

 向こう側の詰め所には複数の輝士が待機しているのも見える。


 とりあえず、Uターンして一度関所から離れることにした。




   ※


「関所があるとは盲点でしたね」

「あー。むかつくわ、あいつ! ぶっとばしてやればよかった!」

「お尋ね者になるようなことはやめてください。絶対に後で後悔しますよ」

「わかってるわよ!」


 関所がギリギリ見えなくなる位置まで戻って、ミサイアと一緒に作戦会議。

 あたしは持ってきた荷物から地図を取り出して地面に拡げた。


「柵は山際まで伸びてるのね……」

「へ-、ミドワルトの地形ってなんとなくヨーロッパに似てるかと思ってたんですが、こうやって見ると全然違うんですね。全体的な広さはユーラシア大陸より少し小さいくらいでしょうか」

「異界用語はいいから。どうすればあそこを越えられると思う?」

「山道を通って抜けることはできそうですが、バイクに乗ったままじゃ難しいですよね」

「いっそのこと飛んで行っちゃおうかしら。ミサイアを置いて」

「置いていかないでください! せめて私を背負って!」

「無茶言うな」


 あーだこーだと言い合っているうちに、あたしはある手段を思いついた。


「ねえ。この機械マキナの翼さ、輝動二輪にくっつけて一緒に飛ばせないの?」

「そんなことできるわけ……できるかもしれません」

「できんのか」

「ちょっと調べてみます」


 ミサイアは輝動二輪の前にしゃがみ込むと、なにやらいろんな部分をいじり始めた。

 固定されたボルトを指で摘まんで回せるあたりはやっぱり普通じゃない。


「……いけそうですね」

「マジで?」

「ええ。動力も同じSHINEですし、上手く接続すればアクセル操作で飛べますよ」


 ということで、改造作業が始まった。

 まず解除コードとやらを打って、あたしの背中から翼を外す。

 それを今度は輝動二輪にくっつけて、いくつかの配線を伸ばして、物理的に接続。


 あっというまに翼の生えた輝動二輪の完成だ。


「なんが、すごい見た目ね……」

「ペガサスみたいで格好よくないですか?」

「なによそれ。っていうかこれ、どうやって操縦すんの?」

「基本的には今までと同じです。走行中に前後の体重移動で宙に浮けますよ。万が一の際にはマルチスタイルガンも使用できるようになってます」


 とりあえず一人で練習。

 走りながらハンドルを手前に引き寄せると、前輪が浮いた。

 そのままアクセルをひねれば、見えない道があるように空へ向かって進んで行く。


 異界の衛兵が乗ってたエアバイクとやらとほとんど同じね。

 あたしは軽く辺りを飛び回ってから地上に降りた。


「いけそうね」

「それじゃ私も後ろに乗りますね」


 ミサイアを後ろに乗せて、再び発進。

 ほぼ二人分の重さが加わっても飛行に問題はなし。


 あたしたちは空を飛んで関所を越えた。




   ※


 怪我の功名というか、飛べるようになったBP750ベルサリオンペサーレは、地上を走っている時よりもずっと速かった。


 道沿いに進む必要はなく、一直線に行けるってのは素晴らしい。

 山を越え、丘を越え、あっという間に景色が流れていく。

 遮るものが何もない空の旅は非常に快適だった。


 眼下には緑の海みたいな大森林が広がっている。

 後部座席のミサイアは地図を眺めながら言った。


「この辺りはもうシュタール帝国っていう国なんですね」

「あ、ほら。話をすれば見えてきたわよ」


 あたしはアクセルを握っていない左手で前方を指さした。

 緑の海の遙か遠くに見える岩島のような街。


 それはミドワルトで一、二を争う輝工都市アジール

 

「あれがシュタール帝国の首都、帝都アイゼンね」

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