649 ◆武器購入
やってきたのは、武具屋。
「町中で武器が売られてるなんて……」
なんか知らないけど、ミサイアは武具屋の看板を見上げて感動していた。
ちなみに
「そういえば、ミドワルトのお金の単位も『円』なんですね。さすがに硬貨は違いますが。公用語が日本語なのはわかりやすくて良いですけど、ファンタジーの雰囲気が崩れる気もするから残念です」
「知らないわよ、そんなこと」
異界人の感想なんていちいち聞いてもしかたない。
あたしは適当に聞き流して武具屋の中に入った。
※
中は結構広いフロアになっていた。
店員はカウンターで別の客となにやら話し込んでいる。
奥の壁には長物や輝鋼精錬された業物が飾ってある。
中央の棚には数打ちの安物がごちゃっと並んでいた。
「わあっ……」
興奮した様子で、とりあえず棚の方に近づいていくミサイア。
「これ、手にとってみてもいいんでしょうか?」
「知らない。怒られたら戻せば良いんじゃないの」
彼女は恐る恐る棚の剣をひとつ手に取った。
鞘に入ったまま正眼に構えてみて、それから首をかしげる。
「ちょっとイメージと違いますね」
「どんなイメージよ」
「なんか、おもちゃっぽいって言うか……」
「安物だしね」
鉄を型に流し込んで作っただけの大量生産品だもの。
たぶんエヴィルどころか、野生動物の骨だって斬れやしないわ。
「いい武器を持ってみたいなら店員に頼んで壁のやつを見せてもらえば?」
「では、先に防具を見ましょう。リングの代わりとまでは言いませんけど、かっこいい鎧とかあると良いですね」
「あれの代わりになるようなモノなんてないでしょ」
奥の防具コーナーへ移動する。
けど、残念ながらサイアのお気に召すようなものはなかったみたいだ。
「鎖帷子ばっかり……」
金属の輪っかをいくつも組み合わせて作ったチェーンメイル。
地方の町の武具屋に売ってる鎧なんて、そりゃこんなもんよ。
「もっと重厚な
「フルプレートのこと? ああいうのってサイズを合わせなきゃいけないから、基本的にはオーダーメイドでしか売ってくれないはずよ」
「はあ……兜もヘルメットみたいなかっこ悪いのしかないし」
他にこのコーナーに売ってるのは鉄製のガントレットや、小型のバックラー。
あとは精々、ラウンドシールドくらいだ。
それもやけに値が張っている。
「いいわ、今日はとりあえず武器だけ買いましょう」
露骨にがっかりした様子だけど、一体どんなものを期待してたんだろう?
エヴィルと戦うのに、輝鋼精錬されてない武器は役に立たない。
あたしたちは奥にいる店主の所へと向かった。
「へい、らっしゃい」
ちょうどお客との話が終わったらしい。
あたしたちを目にすると、気のない挨拶をしてきた。
「こりゃとんでもない美女二人組だ。いったい何をお探しで?」
「モンスター……じゃなかった、エヴィルを倒せるような武器が欲しいんですけど」
「エヴィルを? あんたが?」
ミサイアの見た目は、ちょっと変わった服を着てるけど、まあ普通の女の子。
あたしもだけど、エヴィルと戦うような輝士には見えないはず。
店主が不思議そうな顔をするのは当然だった。
「うーん……護身用なら、これとかどうだい?」
そう言って彼がカウンターに置いたのは、小さな一振りのナイフだった。
「輝鋼精錬が施してあるから、キュオンの皮膚だって斬り裂けるはずだよ」
「うーん。もうちょっとちゃんとした剣がいいですね」
「お気に召さないかい。なら、こっちはどうだ?」
次に見せてくれたのは、やや短めの剣。
短剣ってほど短くはないけど、剣闘に使う模造剣の七割くらいの長さだ。
ちなみに値段はお高く、これ一本でアンビッツにもらった金額の半分以上が吹き飛ぶ。
「もっと大きい武器はありませんか? もしくは銃とか……」
「なんだよジュウって。これ以上でかい武器なんてお嬢ちゃんには使いこなせないよ」
「あれ? この世界では銃って一般的な武器じゃないんですか?」
「アンビッツの所の兵士が持ってた武器?」
「そうです」
「少なくともあたしは初めて見たわね」
飛び道具っていえば弓矢かボウガンくらい。
それだって大昔ならともかく、現代ではほとんど使われてない。
エヴィル相手じゃダメージを与えられないし、人間同士の戦争はもう起こらないからだ。
「とすると、やはり彼らは……」
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん。それで、どうするんだ?」
なにやら考えはじめてしまったミサイアを店主が呼び戻す。
彼女は首をひねり、それから壁に掛けられたとある武器を指さした。
「あれ、いくらですか?」
それは全長一メートル半を超える大剣だった。
下手したらミサイアの身長よりも大きい。
「……あんた、冷やかしに来たのか?」
「いいえ。可能なら売って欲しいと真面目に思っています」
店主はため息を吐いた。
「常識で考えな。あんなの、あんたの細腕じゃ一ミリだって持ち上がらないよ」
「もし私があれを振り回せたらどうします?」
「そんときゃタダで譲ってやるよ」
もう店主は客の相手をする顔じゃなくなっている。
それに対して、言質を取ったミサイアはにやりと不敵に笑った。
「じゃあ、ちょっと触らせてみてください」
「どうなっても知らねえぞ……おい、誰か!」
店主は店の清掃をしていた従業員たちを呼んだ。
彼らは脚立を使って三人がかりで大剣を壁から降ろす。
ふらつきながら何とかそれをカウンターの上に移動させた。
「見ての通り、大人の男が三人がかりでようやく運べる代物だ。こりゃあまともな武器じゃない。扱えるのは輝攻戦士くらいで、ハッキリ言ってただの飾りなんだって――」
「うん、いいですね」
ひょい、と。
ミサイアは大剣の柄を握ると、片手であっさりと持ち上げてしまった。
「な、な……」
「ちょっと
「はい。切れ味はないに等しいっすけど、強度はバッチリっす。ぶん回してもそう簡単には折れないっすよ。刃は通らなくても、エヴィルを
目を丸くしている店主に代わって、動じない様子ののっぽの店員さんが答えた。
ミサイアは満足そうに頷くと、アンビッツからもらったお金の詰まった袋をカウンターに置いた。
「さすがにタダは申し訳ないので、お金はちゃんと払いますよ。少しはまけてくださいね?」
にこりと微笑みながらミサイアは言う。
その姿は半分脅しているようにしか見えなかった。
※
「ふふふーん♪」
勝ったばかりの大剣を背負い、ご満悦な様子のミサイア。
いったい何がそんなに楽しいんだろう?
「これで私も立派なファンタジー世界の住人ですね!」
「だからその『ファンタジー』っていうのはなんなのよ」
異界人がどう感じようが、あたしにとってはこのミドワルトが現実だ。
都市で育ったあたしは『外』に対して少なからずカルチャーショックを受けることもあるけど、こいつみたく全力で状況を楽しむような気にはならない。
「あ……」
ふと、ミサイアが足を止めた。
あたしは彼女の視線を追う。
そこには教会があった。
彼女が見ているのは入り口の脇。
大きく飾られた、神話を描いた絵画だ。
「どしたの?」
真っ赤な髪と六枚羽を持つ美しい女性の絵。
それはあたしも歴史の教科書で見たことがある有名な絵だ。
神話の書に描かれている、開闢の章で神の先兵を務めた赤の天使だ。
もちろん、こんな地方の町にあるのは名画のレプリカだろう。
綺麗な絵だとは思うけど、惹かれて足を止めるほどのものでもない。
ミサイアは懐かしいものを眺めるような顔でその絵画を見上げながら、呟くようにこう言った。
「この子ね、私の後輩なんですよ」
「…………あっそ」
異界人の言うことはよくわからない。
真面目に聞いても仕方ないので、話半分に聞いておこう。
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