640 王弟殿下との約束

 お姉ちゃんは王さまに会いに行くって言った。

 てっきり謁見の間にでも行くと思ってたけど……


偉大なる天輝士グランデカバリエレのベレッツァだ。天輝士権限を行使し、ビオンド三世王弟殿下にお目通り願いたい」

「は、はっ! 少々お待ちくだされ!」


 なんと、向かった先は王さまの私室。

 王宮の中でも一番奥にある、王族のプライベート専用棟だ。

 見張りの門番さんに言ってしばらく待つと、「どうぞお入りください」と中に案内された。


「わ、私も入っていいの?」

「天輝士には『国王陛下の友人』という名目がある。法に触れない限りは基本的にあらゆる権限が与えられているんだよ」


 お姉ちゃん、そんな偉い輝士さまなんだ……

 でも、これからそれを捨てようとしてるんだよね。


 らせん階段を登ると、小部屋があった。

 王さまの自室にしてはずいぶん小さなドアだ。


 こんこん。

 お姉ちゃんがノックする。


「天輝士ベレッツァでございます」

「おお、入れ入れ」


 中からしわがれた声が返ってきた。

 お姉ちゃんは音を立てず静かにドアを開ける。

 揺れる椅子に、ラフな格好のおじさんが座っている。


 この人がファーゼブル王国の王さま……

 正確には、英雄王アルジェンティオさまの弟。

 ひとつ前の国王さまの、ビオンド三世王弟殿下だ。


「どうした? お前が天輝士権限を行使して儂の私室を訪れるなど、初めての事ではないか」

「突然のご無礼をお許しください、


 お姉ちゃんはその場で片膝をついて礼をする。

 私は見よう見まねで後ろで同じ動作をした。


「陛下と呼ぶでない。儂はもう兄上に玉座を譲って……ん?」


 ちらり。

 顔を上げた私。

 王弟殿下と目が合った。


「聖少女プリマヴェーラ殿!?」

「えっ、あっ、いや……えっと、それは事実と異なりますでございますことよ」


 目を丸くして驚く王弟殿下。

 私も急に話しかけられて若干パニックになった。 

 偉い人の言葉を否定するのって、どう言えば失礼じゃないんだろう。


 あたふたしてたら、お姉ちゃんが訂正してくれた。


「彼女の名はルーチェ。プリマヴェーラ様のご息女にございます」

「なんと、兄上と聖少女殿の娘か。無事に異界から帰ってきたのだな!」

「えっ」

「いいえ陛下。彼女は英雄王の娘ではございません」


 そう答えるお姉ちゃんの声には、少し怒りがこもっているように聞こえた。


「どういうことだ、ベレッツァよ」

「これより詳しく説明致します。彼女で異界で何を見て、何を知ったのか。そして、陛下の兄上であらせられる英雄王が隠していた事実を」




   ※


 お姉ちゃんは私が語ったことを、そのまま王弟殿下に伝えた。

 険しい顔で話を聞いていた王弟殿下は、説明が終わると低い声で言った。


「魔王の娘か……なるほどな」


 揺れる椅子にもたれかかり、天井の簡素な明かりを見上げながら呟く。


「毒をもって毒を制す。それが兄上のプランの正体だったのだな」

「事実を隠匿していたことは、英雄王による重大な背信行為と思っております」


 現在の王さまである英雄王さま。

 それをベラお姉ちゃんはハッキリと批判した。


「お主に与えられた生涯任務も根底から覆された形になる。ならばその怒りは尤もであろう。してベレッツァよ、貴公は如何なるつもりで余の元に参った?」


 視線を戻し、お姉ちゃんを見据える王弟殿下。

 その姿にはまさしく王さまとしての威厳があった。


 お姉ちゃんは腰に下げた魔剣を鞘ごと取り外し、自分の前に置いて、


「天輝士の役職を辞し、今後は彼女のためにのみ剣を振る所存でございます」


 迷うことなくそう告げた。


「時勢を理解した上で言っているのか? 貴公ほどの輝士を失うことが、王国にとってどれほどの損失か、わからぬわけではあるまい」

「天輝士の後任はアビッソが宜しいでしょう。私などよりよほど思慮深く、実力も申し分ありません。それに私が居らずとも、ミドワルトの平和は英雄王と、その子息が立派に守ってくれるでしょう」

「うーむ……」


 王弟殿下がうなる。

 その目がちらりと私の方を見た。


 あ、そっか。

 今さらだけどわかったよ。

 ベラお姉ちゃんが、なんでこんなことをしてるのか。


「あの、ちょっと良いですか?」


 私は小さく手を上げた。


「何だね」

「えっと、ちょっと失礼します……お姉ちゃん」


 王弟殿下に軽く礼をして、私は片膝をついたままのお姉ちゃんの前に移動する。

 魔剣を挟んで膝立ちのまま向かい合う格好になって、


「ルーチェ? どうし――」


 ぱしん!


 お姉ちゃんの頬を両手で挟む。


「な、何をする!?」

「お姉ちゃん、違うでしょ。そういうのダメだと思うよ」

「何が……」

「私のためにお姉ちゃんが我慢する必要はないの」


 私は立ち上がり、王弟殿下に向き直った。


「えっとですね、お聞きの通り、どうやら私は魔王の娘らしいのです」

「うむ」

「だけど私は人類の敵じゃありません。この力を使って、ビシャスワルト人と戦います」


 偉い人が相手だからって萎縮するわけにはいかない。

 お姉ちゃんのために、そして自分のために。


「それは聖少女さまの再来だからとか、英雄王さまに言われたからとかじゃなくて、このミドワルトが私の住む世界だから。友達や大切な人たちが悪い侵略者に傷つけられるのは嫌だから。本当の親が誰だろって関係ないです。私はずっとフィリア市で暮らしてきたんだから。故郷を、この国を大切に思ってるから、私は人類のために戦います。自分で言うのもなんだけど、本気を出したらビシャスワルト人のにだって負けない力はあります。だから……」


 緊張してるし、上手く言葉に表すのは苦手。

 ちょっと挑発的な言葉に自分でもどきどきしてる。

 それでも、絶対にこれだけは言っておかなきゃいけない。



 しばしの間、黙って王弟陛下と見つめ合う。

 その額に冷や汗が浮かぶのが見えた。


「えっ?」


 お姉ちゃんが不思議そうな声を出すけど、たぶん演技。

 輝士であるお姉ちゃんは面と向かってこんなことを言えないからだ。


 魔王の娘。

 現在ミドワルトを侵略している、異界の王さまの子。

 それがどれだけ危険な存在なのかってことは、自分でもよく理解しているつもりだ。


 いくら私が人類のために戦うって本気で思っていても、それを信じない人たちからは疑われ、命を狙われる可能性は十分にあると思う。

 現に、わざとじゃないとは言え、私はすでにひとつの輝工都市アジールを機能停止に陥らせてしまっているんだから。


 お姉ちゃんはそれをわかっている。

 だから、私のために天輝士を辞めようとしたんだ。

 もし王国が私の命を狙おうとするなら、自分が相手になってやるぞって。


 けど、私のためにお姉ちゃんまで王国の敵になるのは見過ごせない。

 だから私はハッキリと自分の言葉で王弟殿下に告げた。

 王国と敵対するつもりはないですよって。


「ベレッツァよ」

「は、はっ!」


 王弟陛下は私から視線を外し、お姉ちゃんを見て優しげにフッと微笑んだ。


「お主が生涯を捧げると誓った娘は、立派な人物になったな。まるで本物の聖少女を見ているようだ」


 その表情からは完全に険しさがなくなっている。

 害意なんて欠片も持ってないって証明するかのように。


「天輝士を辞する必要はない。お主はその権限でもって、この少女の、いや、未来の英雄ために剣を取るが良い。その時までは魔剣ディアボロも預けたままにしておく」

「は……はっ?」

「聖少女の娘、フェイントライツの桃色天使ルーチェよ」

「はい」


 その恥ずかしい呼び方ひさしぶりに聞いたよ。

 まじめな話の最中だから突っ込まないけど。


「救世の英雄たらんと誓った貴公の言葉を全面的に信じよう。その活躍を心より願い、ファーゼブル王家に連なる者として王国が決して貴公に敵対しないこと、この場にて主神に誓おう」

「ありがとうございます!」


 というわけで、一件落着!

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