641 封印の石

 王族の居住棟を後にした私とベラお姉ちゃん。

 私たちは王宮の廊下をふたりで並んで歩いていた。


「なんでこんな事になった……?」


 お姉ちゃんは天輝士辞職の危機を免れた。

 なのに、なぜか不思議そうな顔で首をひねっている。


「私はもう輝士なんて辞めてルーチェと一緒に平穏に暮らしたかっただけなのに。というか、王国による暗殺の可能性だって? どうしよう、そんなの考えてもいなかったぞ」

「もう、そんな嘘をつかなくても大丈夫だよ。私もとっくに覚悟してるからさ」

「嘘とかじゃなくて……」


 私に心配をさせないため、あくまで優しい嘘を続けるベラお姉ちゃん。

 わかってるよ、正義感の強いお姉ちゃんが無責任に役目を投げ出すわけないからね。


「妹分の純粋な視線が痛い」

「疲れてるんだよ。ちょっと休もうか」


 王弟殿下も「ベレッツァは戦い通しで少し参っているようだ。貴公が支えてやってくれ」って言ってたしね。

 お姉ちゃんに私の支えなんか必要ないだろうけど、ちょっとでも楽になってくれたら嬉しいな。


 王弟殿下さまに用意してもらったゲストルームに行く。

 ベラお姉ちゃんはベッドに倒れ込んで両手で顔を覆う。


「ごめん、少しひとりで考えさせてくれ……」

「わかった」


 私はお姉ちゃんを残して部屋から退出した。

 さて、好きなところを歩き回っていいよって言われたし……


 ちょっと王宮内を探索しちゃお。




   ※


「こんにちは。おつとめご苦労様です」

「は? ……あ、あなたは、まさか本物の聖少女さま!?」

「違います」


 お仕事中の年配の輝士さんに挨拶する。

 これで四人目だけど、また聖少女さまに間違えられた。


 自覚はないけど、私の本当のお母さんって、あの聖少女プリマヴェーラなんだよねえ。

 髪が伸びただけなのに、そんなにそっくりに見えるのかな?


 王弟殿下は私が人類のために戦う限り、魔王の娘だってことは秘密にすると言ってくださった。

 公表はもちろん、側近や大臣さまにも絶対に言わないでくれるって約束だ。


 なので表向きはこれまで通りフェイントライツの桃色天使。

 聖少女さまの再来って呼ばれる輝術師ってだけだ。


「なるほど、フェイントライツの……生きて異界からお戻りになられたこと深くお喜びいたします」

「ありがとうございます」


 反攻作戦は失敗してしまったから、心苦しいところもあるんだけど。

 自分の国の輝士さんにそう言ってもらえるのはちょっと嬉しい。


 中庭の見えるテラスにやってきた。

 そこで私はしばらくボーッとする、

 と、不意に背後で強い輝力を感じた。


 とっさに振り向くと、そこには金髪の青年が立っていた。


「さすがは聖少女の再来。気配は消していたのに、よく気づいたね」

「……誰?」

「ただの王宮輝術師だよ」


 見た目は若々しいのに、妙に目つきが鋭い。

 わざわざ気配を消して近づいてきた事といい、かなり怪しい。


「そう構えないでくれ。王弟殿下からこれをお主に渡すよう頼まれたのだ」


 彼が放り投げたのは、バスケットボールほどもある赤い宝石だった。

 私はそれを両手で抱えるようにキャッチする。

 危ないなあ。


「なんですか、これ?」


 かなりの強い輝力を秘めている宝石みたいだだ。

 さっきの輝力は目の前の王宮輝術師さんじゃなく、この宝石が発していたものだったらしい。


「封印の石といって、魔動乱期に北西の洞窟で発見されたものらしい。なんでもその中には邪悪な魔物が封じられていたそうだ」

「そっ……」


 私は思わず宝石を放り投げた。

 どすんと音を立ててテラスに転がる。

 い、いきなり魔物が現れたりするのかな?


「心配せずとも、すでに封じられていた魔物は退治されているよ」

「こ、こんなものをなんで、私に渡すんですか?」

「輝力不足に悩んでいるんだろう」


 あっ。


「王弟殿下はそれを自由に使って良いと申していた。もはや使い道のない宝具だ、多少なりとも輝力の足しにすればよかろう」


 この宝石にたまっている輝力を、もらっちゃって良いってこと?

 古代神器や輝鋼石の代わりに……


 それはかなり助かるよ。

 さすが王弟殿下!


「ありがとうございます。ありがたくいただいておきます」


 私は宝石を持ってきてくれた王宮輝術師さんにぺこりと頭を下げた。


「くけけっ。私は殿下に使いを頼まれただけ、礼を言われる筋合いはないよ」


 ん?

 なんだろう、その笑い方。

 どこかで聞いたことあるような気がする。


「お主が外で魔物と戦ってくれるなら、王宮を守る我々の仕事も楽になる。精々我が国のために頑張って異界の魔物を屠っておくれよ。くけけけけっ」


 金髪の王宮輝術師さんは、嫌な声の反響だけを残して、どこかへ去って行ってしまった。




   ※


「それはきっとアンドロ殿だな」


 天輝士の部屋に戻って、ベラお姉ちゃんにさっきの人のことを聞いてみた。


「どんな人なんですか?」

「我が国随一の宮廷輝術師殿だ。あまり人当たりの良い性格ではないが、確かな実力を持った人物ではある。私の魔剣に空間転移テレポートの術を込めてくれたのもあの方だよ」


 もの凄く怪しい人だったけど、部外者が紛れ込んでるとかじゃないみたい。

 長距離瞬間移動なんてそう簡単に使える術じゃないし……

 すごい輝術師さまなのは間違いないんだね。


 とりあえず、もらった宝石に閃熱フラルで傷をつけ、輝力を吸収する。


「ん……」


 体の中が力で満たされていくのがわかる。

 満タンにはほど遠いけど、かなり輝力が補充できた。

 その代わり、宝石は色を失って、ぼろぼろに崩れてしまう。


「すごいな。あれだけの輝力量をすべて飲み込んだのか」

「でも、これくらいじゃまだまだ足りないよ」


 夜将リリティシアと戦ったときは、中輝鋼石から吸い取った輝力をほとんど使い尽くした。

 また、あのレベルの戦闘を行うことを考えれば、このくらいじゃ全然足りない。


 その夜将にも結局トドメをさせなかったし。

 将と呼ばれる敵は他に三人もいる。

 さらにその上には魔王が。


 そして、なぜか夜将を連れて行ったカーディも。


「ルーチェ」

「はい」


 考えに耽っていた私にベラお姉ちゃんが声をかけた。

 お姉ちゃんは王さまにするみたいに私の前で片膝をつく。


「先ほどは本当にすまなかった」

「ど、どうしたの?」

「みっともない姿を見せた。つくづく己の弱さを恥じ入るばかりだ」


 みっともない所なんて見た覚えはないけど……

 お姉ちゃんはいつでも優しくてかっこいいし。


「だが、これからは心を入れ替える。私はルーチェの輝士として、この命が尽きるまで貴女のために戦うと誓いましょう」

「あ、はい」


 命云々はともかく、ベラお姉ちゃんが側にいてくれるのはとても心強いです。

 でも『貴女』って呼び方は他人行儀でちょっと嫌かな。


「それで、今後の予定はどうするつもりなのだ? 無論、私はどこまでも着いて行くつもりだ」

「そうだなあ」


 それじゃ、とりあえず……


「セアンス共和国の首都に行ってみようと思うよ」

「それはダメだ」


 なんで!?


「で、でも、そこが対エヴィルの最前線なんだよね?」

「違いないが、あそこにルーチェが行く必要はない。ブルーサの件もある。しばらくはセアンスやマールに近寄るのは避けた方が良いだろう」

「うっ……」


 それを言われたら確かにその通りだけど。

 王弟殿下が不問にしてくれたのは、あくまでこの国の中での話。

 特に、マール海洋王国にとっては法律違反の重犯罪者扱いなのに変わりはない。


「じゃ、じゃあ、ベラお姉ちゃんはどうすれば良いと思うの?」

「そうだな……しばらくはこの近辺で戦力を整えた方が良いと思うぞ。遊撃活動を行うとしても、ある程度の味方は揃っていた方が良い」


 うーん、味方って言ってもなあ……


 ――いいじゃねえか。仲間は多いに越したことないぜ。


「わっ!?」

「どうした?」


 いきなり耳元で声が聞こえて、私は思わず背後を振り向いた。

 けれど、後ろには誰もいない。

 ……あ。


 これ、たぶん耳元で聞こえたわけじゃないね。

 

「もしかして、スーちゃん?」


 ――そうだよ。


 やっぱり。

 目を覚ましたんだね!


 ――って言っても、あんまり長くは喋ってられないぜ。こうしているだけでもお前の輝力を消耗し続けてるんだからな。あと、声に出さなくても心で思えば聞こえてるから。


 わかった。

 で、なんで急に出てきたの?


 ――ちょっとしたアドバイスだよ。あのな、そこの姉ちゃんと喋ってて気がついたんだが……


「ふむふむ、なるほどなるほど」

「どうしたんだ、さっきから」


 気づいたらベラお姉ちゃんが変な目で私を見ていた。


「大丈夫。ちょっと妖精さんからアドバイスをもらってただけ」

「そ、そうか。大変だな……」


 スーちゃんのアドバイスはこんな感じだった。


 私がやるべきことは闇雲に敵の大軍と戦うことじゃない。

 普通の人じゃ相手にならない、強力なエヴィルの将をやっつけること。

 限られた輝力を有効活用するためにも、ピンポイントで強いやつとだけ戦うべきだ。


 より良い状況を作り出すためにも頼りになる仲間は欲しい。

 夜将相手に正面から挑んだような無茶はそうそうできないからね。


「味方って言ったけど、お姉ちゃんは当てはあるの?」

「あ、ああ。ちょうど都合の良い人物がいる。使えるかどうかは会ってみなければわからないけどな」

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