639 お姉ちゃんの愛情
「そういうことなら話は簡単だな」
ベラお姉ちゃんは腕を組んだまま首を縦に振る。
そして、とんでもない解決策を提案した。
「架空の工作員を仕立て上げ、我々の手で退治したことにしてしまえばいい。そうすればルーチェは晴れて無罪放免だ」
「いやいやいやいや」
ちょっと待ってよ、お姉ちゃん。
私が言うのもなんだけど、それはひどくない?
ほら、アビッソさんも「何言ってんだこいつ」って顔してるよ。
「ベラよ。身内を庇いたい気持ちはわかるが、それはあまりにも……」
「私とお前が黙っていれば済むことだ。魔王軍の工作員ではなかったのだから、今後は同様の事件も起こらないだろう。何か問題があるか?」
えー。
でも、えー?
「そこまで言うなら俺は協力してやっても良いが……ただし、万が一この嘘が露見した場合は、お前の立場も危うくなるぞ」
だよねえ。
だってお姉ちゃんはファーゼブル王国の輝士だし。
それも、王国で一番すごい名誉ある
私のためにそんな不正をさせるわけにはいかないよ。
「そのことなんだがな、アビッソ」
お姉ちゃんはなぜかスッキリしたような表情をしている。
そして、まるで明日のピクニックの予定でも語るように軽い感じで言った。
「私はこの場で天輝士の称号を返上しようと思う。もう連合輝士団には戻らないから、後のことはよろしく」
「何言ってんのお姉ちゃん!?」
全く意味がわからないんだけど!?
危ない橋を渡るどころか、なんで輝士を辞めるとかそんな話に!?
「……一応、そうしようと考えた理由を聞かせてもらえるか?」
「うむ。私が本当に守るべき人が帰ってきた。ならば私は王国の輝士としてではなく、姉として彼女の側にいたいと思う」
「すべての地位と名誉を捨ててでも守るべき相手が、その少女だと?」
「そうだ」
アビッソさんの問いかけに、お姉ちゃんは一点の迷いもなく答える。
いやあ、大事にしてくれるのは嬉しいんだけど……
「お姉ちゃん、冷静になって。私なら大丈夫だから。自分の立場も大切にしよう」
「私は冷静だ。この命、生まれたときからルーチェのために捧げている」
ルーちゃんですが、お姉ちゃんの愛が重いです。
「なんでそんなに……」
「というかな、私はお前が魔王の娘だなんてこと、今の今まで知らなかった」
お姉ちゃんは暗い顔で俯いて、呪詛のような言葉を吐いた。
「ずっと、ずーっとだ。二十年間ずっとあの糞野郎に騙され続けていたってことだ。なにが英雄王の娘だ。なにが俺とプリマヴェーラの愛の結晶だ。てめえなんざ最初から相手にされてなかったんじゃねえか。他人の娘を利用してただけのクズじゃねえか。私がどんな思いでルーチェに嘘をついてまで旅に送り出したと思ってんだ。畜生、次に会ったら絶対にぶった斬って」
「お姉ちゃん!? すっごい口が悪くなってるけど大丈夫!?」
なにこれ!?
優しいお姉ちゃんに一体なにがあったの!?
「ああ、もちろんお前に罪は一切ないぞ。本当の親が何者だろうが、私の大切な妹には違いないからな」
「あ、ありがと……」
「というわけで、私はあのカスの下で剣を振るのはもうゴメンだ。お爺様や陛下には本当に申し訳ないが、今日を限りに天輝士やーめた!」
「ねえアビッソさん、お姉ちゃんがおかしいんです。同僚ならなんとか言ってあげてくださいよ」
「無駄だ。ベラが言い出したら聞かないのは、妹のお前もよく知ってるだろう」
「知らないよ! こんなお姉ちゃんはじめて見るよ!」
私の知ってるお姉ちゃんは正義感が強くて美しくてかっこよくて面倒見が良くて人当たりも良くて品行方正な皆の憧れのスーパーお嬢様だよ!
「まあ正直、今のベラを首都ルティアに戻すのは危険だと思う。ジュストに続いてベラまで英雄王様に不信を抱いては、本当に反乱が起こりかねないからな」
「えっ、ジュストくんも首都にいるの!?」
一番聞きたかった名前を聞いて、私は思わず両手を叩いて喜んだ。
よかったあ、やっぱりジュストくんは生きてたんだ!
よおしそれじゃ早速首都に向かって――
「待て、ルーチェ」
お姉ちゃんに強く肩を掴まれたよ。
「いま首都に向かうのは良くない」
「な、なぜですか……?」
なぜか真剣な目で私をジッと見つめる。
「それはだな、ええと、ほら、あれだ。まだ工作員を退治したという情報も伝わっていないし、下手をしたらお前が連合輝士団に捕まってしまう可能性があるかもしれない。ここはしばらく身を隠しておいて、時が来るのを待つべきだと思んだが、どうだろう。いやそうすべきだろう」
なんでこんな必死なんだろう……
いや、言ってることは正しいかもしれないけど。
でもせっかくジュストくんが無事なら、早く会いたいし。
「そうだ、一度ふたりでファーゼブル王国に戻ろう。あそこならマール海洋王国で起こった事件なんて誰も気にしていないだろうし、後のことはそれから考えればいいよ」
「ファーゼブル王国ってすごい遠いよね?」
ここはセアンス共和国の端っこ。
当たり前だけど、ファーゼブル王国までは相当な距離がある。
正確な地理はわからないけど、馬車で移動したとしても、数ヶ月はかかると思う。
「大丈夫、問題ない」
お姉ちゃんはなぜか自信満々に言って、腰の剣を抜いた。
「これは王家に伝わる特殊な剣でな。あらゆる輝術を吸収して、刀身にストックすることができるんだ」
「あ、じゃあさっきのも……」
私の防御が簡単に破られたり、毒霧や光の翼が消されたりしたのも、この剣の能力だったんだ。
「ファーゼブル王国を出発した時に、王国一の輝術師に頼んで
それはすごいね。
でも、私はまだファーゼブル王国に帰る気は……
「ということでアビッソ。後は頼んだぞ。私は工作員との戦いで重傷を負って療養中だとでも言っておいてくれ」
「ああ、何とかしてみるよ」
諦めたように肩をすくめるアビッソさん。
ベラお姉ちゃんは私の腰に手を回すと、剣を空に向かって掲げた。
「ちょっ、待っ――!」
「
周囲の空間が歪む。
水の中に飛び込んだような感覚。
上下の感覚がなくなって、視界がグチャグチャに歪む。
ああ、これ前にも感じたことがある。
遠く離れた場所へ瞬間移動する時の感覚だ。
ベラお姉ちゃんって、こんな強引な人だったっけ……?
強制的に夢の中に入り込んだような意識の中で、私はそんなことを思った。
※
「はっ」
目が覚めるように意識が覚醒する。
もうそこは、さっきまでいた岩場じゃなかった。
足下がふらついて倒れそうになった私を柔らかく逞しい腕が支える。
「大丈夫か? 気持ち悪くなってないか?」
ベラお姉ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
そういう気遣いをしてくれるのは嬉しいんだけどさ。
「……ファーゼブル王国に帰りたいなんて言ってないのに」
噴水と花壇のある綺麗な中庭。
顔を上げると見覚えあるお城が聳えていた。
ここはファーゼブル王国の、王都エテルノの王宮だ。
本当に戻ってきちゃったよ。
「すまない。ルーチェと会えたのが嬉しくて、ついな」
なにが「つい」なのかわからないよ。
お姉ちゃんのことだから、悪意があるわけじゃないのはわかるけど……
「私はこれから天輝士を辞するため国王陛下のところへ向かうが、ルーチェも一緒に来るか?」
「え、本当に輝士を辞めるつもりなの?」
「もちろん。これから私はお前のためだけに戦うぞ。一生離れないからな」
そんなプロポーズみたいなことをまじめな顔で言うベラお姉ちゃん。
なんかもう、嬉しいっていうより不安になってきたよ。
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