638 強敵の正体は

「えっ?」


 世界がスローモーションになる。

 私は目の前に刃が迫っているのを見た。


 炎の翅を拡げて素早く横に飛び退く。

 私がさっきまで居た場所に光の軌跡が通り過ぎた。

 とっさに避けていなければ、真っ二つにされていたかもしれない。

 私の周囲を守っていた翠色の球体が、いつの間にか完全に消失していた。


 防陣翠蝶弾ジャーダファルハが破られた!?


 感覚の糸を伸ばす。

 紫煙のせいで視界は効かないまま。

 煙の中、すぐ近くにふたりの人の気配を感じる。


 片方はさっきまで戦っていた青髪の輝攻戦士。

 もう片方は突然現れた、莫大な輝力を持つ新しい敵。


 この輝力は……古代神器を持っている!


 ヤバい予感がビンビンする。

 こいつはまともに戦っちゃいけない。


 どっちにしても、人間相手に全力で戦うわけにはいかない。

 輝力の残量も考えれば争うだけ無駄だ。


 ここは撤退すべきだと判断し、私は閃熱の翼をひろげた。

 とにかくここから逃げるために全力を出すつもりで。


 ところが。


「逃がさん!」


 女の人の声がした。

 どこかで効いたことあるような声だ。

 その直後、私はなぜかすごい勢いで落下を始めていた。


 閃熱の翼が消失している。


「きゃああああああっ!?」


 なんで、なんでなんで!?

 なんでいきなり翼が消えてるの!?


「っ!?」


 重力に引かれて真っ逆さまに落ちていく私。

 煙で地面は見えないけど、かなり高かったのは覚えている。


 このままじゃ潰れたとまとになっちゃうよお!


 私は目を瞑って歯を食いしばった。

 その直後、体がふわりと浮く。


 体が何かに支えられていた。

優しく柔らかい、誰かの腕が私を抱える。


「ルーチェ……なのか?」

「えっ?」


 直後、晴れ間の差すように紫煙が消えていく。

 と言うより、一点に向かって吸い込まれてく感じだ。

 私を抱きかかえている人が持っている、古代神器の剣に向かって。


 やがて紫煙は完全に消える。

 私は自分を抱いている人の姿を見た。


 ウェーブのかかった綺麗なブロンド。

 切れ長だけど冷たい感じのない優しい碧の瞳。

 身に纏うのは、女性輝士の証である真っ白なマント。


 えっ……うそ。


「ベラお姉ちゃん?」




   ※


二歳年上の近所のお姉さん。

 ファーゼブル王国の偉大なる天輝士。

 その人はベレッツァこと、ベラお姉ちゃんでした。


「なんでお姉ちゃんがこんな所にいるの?」


 地面に下ろしてもらうと、少し足下がふらついた。

 そんな私を抱きしめ、ベラお姉ちゃんは瞳を潤ませる。


「無事だったんだ。よかった、本当に……」

「ええっ? どうしたの、そんな」

「心配したんだぞ、すごく。もう会えないと思ってた」


 ……ああ、そっか。

 私、死んじゃったって思われてたんだ。

 ビシャスワルトから帰ってきて、ずっと行方不明だったから。


「ごめんね、心配かけて」


 私も思わず涙がこみ上げてくる。

 お姉ちゃんの体を抱き返すと、さらに強く抱きしめられた。


「あー。ええとだな……ちょっといいか、ベラ?」


 青髪の輝士の声が横から割って入った。

 お姉ちゃんは私を抱いたまま返事をしない。


「ちょっと事情を説明してもらえるとありがたいんだが」

「あ、はい。話を聞いてもらえるなら、ぜひ」


 代わりに私がそう答えた。


「あの、お姉ちゃん? ちょっと話をしたいから離してもらえると……」

「やだ」

「えっ」

「もう離さないぞ。絶対に」

「いや、そうじゃなくてね……」


 さ、再開に感動してくれるのはわかるけど……

 なんかお姉ちゃんらしくないっていうか、どうしたの?


 その後もしばらく、お姉ちゃんは私から離れてくれませんでした。




   ※


 一〇分くらいして、ようやくお姉ちゃんが離してくれた。


 私たちは輝動二輪に乗って近くの岩場まで移動する。

 ちょうど良い大きさの座れそうな岩を見つけた。


「ああ、待ってくれ。そのまま座っては服が汚れてしまう」


 お姉ちゃんはなぜか自分のマントを外して、私が座ろうとした岩の上に敷いた。

 どう考えてもお尻で踏んでいいようなものじゃないので全力で遠慮する。


「汚れても洗風ウォシュルで綺麗にできるから大丈夫だよ」

「そ、そうか……」


 とりあえず三人で岩場に腰掛ける。

 まずは私からこれまでの事情を説明した。


 ビシャスワルトへの侵攻。

 エビルロードは倒したけど、魔王と四人の将にやられたこと。

 私がどうやら、魔王とプリマヴェーラさまの娘らしいって明らかになったこと。

 どうやってかは覚えてないけど、気づいたらグレイロード先生に抱えられて、ミドワルトに戻ってきていたこと。


 それから十一ヶ月も眠っていたこと。

 アグィラさんたちに看病してもらっていたこと。

 マール海洋王国のエヴィルに支配された町を開放したこと。


 スーちゃんのこと。

 クレアール姫のこと。

 レジスタンスたちのこと。


 輝工都市アジールで輝鋼石を傷つけたら、輝力をぜんぶ吸収して割れちゃったこと。

 夜将リリティシアと戦って、もう少しで倒せそうだったこと。

 あと、財布は別に盗んでないこと。


 あっちに行ったりこっちに行ったりで、下手な説明だったと思うけど、二人は黙って私の話を聞いてくれていた。


 やがて一通り語り終えると、まず最初に反応したのは青髪の輝士さんの方だった。


「にわかには信じられないが……」


 ですよね。

 自分でもメチャクチャ言ってるだって自覚あるし。

 私だってこんなことを人から聞かされたら、信じられないって言うと思う。


「でも、本当なんですよ」

「うーむ……ベラはどう思う?」


 青髪の輝士さんはベラお姉ちゃんに視線を向ける。

 お姉ちゃんは優しく微笑んでこう言った。


「そうか……がんばったんだな、ルーチェ。えらいぞ」


 褒められたよ、わーい。

 って、ずいぶんあっさり信じてくれたね。


「この少女の言うことを信じるのか?」

「当たり前だろう。ルーチェが私に嘘をつくわけがないじゃないか」

「お姉ちゃん……」


 うわあ、感動しちゃう。

 やっぱりお姉ちゃんは私の味方だあ。


「しかし、その話が事実だとすると、かなり複雑なことになるな」


 青髪の輝士さん……アビッソさんは難しい顔で私を見る。


「君はマール海洋王国を開放した英雄であるが、同時にブルーサを機能停止に追い込んだ大犯罪者でもあるということだ」


 うっ……

 そ、そうなんだよね。

 輝鋼石を壊しちゃったのは事実なわけで。

 私も輝工都市アジール育ちだし、それがどれだけ大変なことかはわかってる。


「実を言うと、俺たちはその輝鋼石を破壊した工作員を調査するため、ブルーサに向かっている途中だったのだ」


 今度はアビッソさんが向こう側の事情を説明する。


 セアンス共和国はマール海洋王国と同様に、エヴィルの猛攻撃を受けている最前線だ。

 ただ、いくつかの輝工都市アジールは落とされたものの、首都はまだ持ち堪えてる。

 マール海洋王国ほど壊滅的な被害を受けているわけじゃないみたい。


 その最大の理由は連合輝士団の助力によるところが大きいそうだ。

 連合輝士団とは、ファーゼブル王国とシュタール帝国が合同で設立した輝士団のこと。

 ベラお姉ちゃんやアビッソさんは、その連合輝士団の一員として、セアンス共和国に派遣されていた。


「この間の首都防衛戦で獣将を退けてから、明らかに敵の攻勢が弱まっていてな。余裕があるうちにマール海洋王国側の様子を探ろうということになったのだ」


 ブルーサの輝鋼石が破壊されたという情報は二日前にはすでに伝わっていた。

 エヴィルの猛攻をギリギリで食い止めていた輝工都市アジールに起きた、不可解な事件。


 放っておけばセアンス共和国でも同様の破壊工作をされる可能性がある。

 以前にフィリア市に入り込んで市民を操ったケイオスのように。


 だから、ベラお姉ちゃんとアビッソさん、身軽な実力者二人が調査に出た。

 ちなみに、夜将の支配していた本拠地が壊滅したって情報はまだ伝わってなかったらしい。

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