637 輝鋼石破壊犯
全力で飛べば一日くらいで首都につけると思う。
ただ、それをやると輝力がすっからかんになっちゃう。
それでもこのままずっとひとりで旅をするよりマシな気がする。
知ってる人に会えれば、今後の方針も立てられるしね。
あと、他の問題として、お金があんまり残ってない。
エヴィルストーンが値崩れしてるせいで、売ってもそれほどの金額にならなかったせいだ。
ゆっくりしてたらお腹が空いて動けなくなっちゃうので、少なくとも体力的に元気なうちに行動した方がいいとも思ったんだけど……
「ん?」
ふと、軽い違和感を覚えた。
つい最近どこかで感じたことのある感覚だ。
すごく大きな輝力。
でも、人やエヴィルじゃない。
これは輝鋼石……いや、古代神器かな?
新式流読みを使ってみる。
知覚の糸を伸ばして周囲を探る。
輝力の出所は、すぐ側の建物の二階だった。
建物の入り口には宿屋であることを記す看板があった。
ちょうどそこから女の人が出てきたので話しかけてみる。
「あの……」
「物乞いにやるモノはなんもないよ。さっさとどっか行ってくれ」
ものごいではない!
「ちょっと聞きたいんですけど、いまあの部屋って誰か泊まってるんですか?」
「よその国の偉い輝士さまがお泊まりになってるんだよ」
偉い輝士さまかあ。
その人が古代神器を持ってるのかな。
ちょっと貸してもらえないかな。
ほんの少し、輝力を分けてもらうだけでいいから。
あるいは、気づかれないように忍び込んで、こっそりと……
「それはどろぼうだ!」
「あん?」
「ごめんなさいなんでもないです失礼しました」
私はそそくさとその場を離れた。
うわあ、一体なにを考えてたんだろう私。
いくら輝力不足だからって人の道を外れちゃダメだよう。
これがカーディの言ってた『かわき』ってやつかな。
違うと思うけど、これじゃ吸血鬼騒動を起こすのと一緒だ。
人からも道具からも、勝手に輝力を奪っちゃだめです。
自制しなきゃ、自制を……
「ん?」
ふと宿屋の横を見ると、地方の町に似つかわしくない大型の輝動二輪が停まっていた。
ここに泊まっているっていう、偉い輝士さまの乗り物かな?
あれ? でも、この機種って……
「いたぞ! あいつだ!」
大声で叫ぶ誰かの声が聞こえた。
道の向こう見ると、慌ただしく駆けてくる人たちがいる。
抜き身の剣を片手に持って走っているのは、どうやら町の衛兵さんみたい。
彼らの視線の先にいるのは……私?
「大人しくしろ!」
「抵抗するんじゃないぞ!」
気づいたら私は複数人の衛兵たちに半円状に取り囲まれていました。
「ええええええ、私ですか!?」
私なにも悪いことしてないですよ!?
ドロボウしようとしてたけど、心の中で思っただけだし!
……はっ、まさか心を読む輝術の使い手が。
「こいつで間違いありませんね?」
「ああそうだ、間違いねえ!」
衛兵たちの後ろで、大柄の男の人が私を指さしている。
この人、たしかどっかで見た記憶が……
「娼婦のフリして俺を裏路地に連れ込んで気絶させて、財布を奪って逃げた詐欺師女だ!」
わかった、さっき
いや、でもちょっと待ってよ。
「財布なんて奪ってないですよね!?」
「うるせえ詐欺師! 衛兵さん、早くこいつをとっちめてください!」
「とにかく、神妙にしろ。話は駐在所で聞く」
うわあああ、どうしよう。
衛兵に逮捕なんてされたくないよう。
財布を奪ったのは誤解だけど、暴力を振るったのは本当だし……
でも、無理やり乱暴されそうになったって言えば、正当防衛と認めてもらえるかも?
事情を説明するかどうか迷っていると、衛兵さんのひとりが訝しそうな目で私を見た。
「ん、桃色の長い髪の女……?」
「どうした?」
「いや、マール王国の
それは私だ!
別に魔王軍じゃないけど!
あれ、もうこの辺りでも知られてるの!?
「魔王軍の工作員だと!?」
「ち、違いますーっ!」
「あっ、待て!」
私は思わず空を飛んでその場から逃げ出した。
わざとじゃないけど、輝鋼石を壊しちゃったのは言い逃れできない。
※
炎の翅を拡げて全力で逃げる。
すでにさっきの町からはかなり離れている。
あの一件、セアンスにも伝わってたんだ。
そりゃあ輝鋼石が壊されたなんて大事件だもんね……
国境を越えれば大丈夫かと思ったけど、そんなに甘くはなかった。
これ、もしかして一生ついて回るのかな……?
っていうか、このままセアンスの首都に向かうのは危ないかもしれない。
なんだか知らないけど、ビシャスワルト人の工作員と勘違いされちゃってるっぽいし……
どうしようどうしよう!
このままじゃ本当に人類の敵になっちゃうよ!
「ん?」
甲高い音が聞こえ、ふと下を眺める。
砂埃を巻き上げて一台の輝動二輪が爆走していた。
乗っている人は私を見上げ、勢いよく輝動二輪から飛び降りると、
「見つけたぞ、ケイオス!」
そのままこっちに向かって飛んできた。
ちょっと陰気そうな印象の、青い髪の輝士だ。
淡く光る輝粒子を纏ったままぐんぐんと迫ってくる。
輝攻戦士だ!
世界がスローモーションになる。
私は彼の振った剣を紙一重で避けた。
「あれを避けた!?」
「待ってください、違うんです!」
「ええい、ならば!」
青髪の輝攻戦士は空中でぴたりと動きを止めた。
かと思うと、反転してまたこちらに向かってくる。
輝攻戦士の機動力だけじゃない。
「う……お……お……っ……!」
流れるような連続攻撃。
動きがスローになっていなければ、間違いなく斬られてる。
さっきの宿屋に泊まっていたっていう、偉い輝士さんかな?
手にしている武器は古代神器じゃないみたいだけど。
「なんという動きだ……外見はただの少女だが、やはりケイオスなのか!」
「ちょっと待ってください! 本当に違うんです!」
「違うと言うならなぜ逃げた!?」
「それは……」
言い訳できない。
だって、何も違くないから。
違うのは財布は盗んでないってこと。
だけど、それを言ったところで何にもならない。
「輝士アビッソ、押して参る!」
そして、また青髪輝士の猛攻が始まった。
私はゆっくりになった時間の中、攻撃を避けながら考える。
相手は輝攻戦士。
しかも私をビシャスワルト人と思っている。
今はなんとか避けられてるけど、気を抜いたら本当にころされる。
ぶっちゃけ、戦って勝つことはできると思う。
でも、そんなことしたら余計に大変なことになる。
なにせこの人、どこかの国の偉い輝士さんらしいし。
ただでさえ色々アウトなのに、これ以上の罪を重ねるのは避けたい。
やっぱり逃げるしかないよね。
その前に、とりあえず牽制しておかなきゃ。
なら、これだ。
「
九つの紫蝶を浮かべ、即座に気体に変化させる。
限界まで薄く引き延ばした毒の煙。
軽い煙幕みたいなものだ。
「くっ!」
青髪輝士の苦しむ声が聞こえてくる。
毒だけど、輝攻戦士なら大丈夫だよね?
こちらには流読みで相手の居場所がわかっている。
だけど、向こうから私の姿は見えないはず。
今のうちにこっそり逃げて――っと。
「またあ?」
別の誰かが、ものすごい速度でこちらに向かって来る。
視界を妨げる煙の中でも迷わずまっすぐに私の方へ。
気配から察するに、この相手も輝攻戦士だ。
それも青髪の輝士さんよりも、さらに強烈な輝力を感じる。
下手に迎撃しようとしたら、せっかくの煙が晴れてしまうかもしれない。
とりあえず私は身を守るために防御をすることにした。
「
翠色の蝶が私の周囲を包む防御壁に変化する。
動けなくなる欠点はあるけど、リリティシアやカーディの攻撃ですら完璧に防ぐ、絶対防御の術だ。
突進してくる二人目の輝攻戦士の攻撃も、当然軽く弾ける……はずだった。
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