622 輝力不足の旅

「じゃあ、もうアレしかないな」

「あれって?」


 神妙な面持ちのスーちゃんに私は尋ねた。


「その辺のヒトを襲って輝力を奪う」

「できるか!」


 それ、ただの通り魔じゃん!

 カーディの起こした吸血鬼事件と同じだし!

 しかも輝力を奪うためには、相手に、き、キスしなきゃいけないから……


「ならいっそのこと娼婦でもやってみるか。それなら怪しまれずに口づけできるし」

「スーちゃんは私になにをさせるつもりなのかな?」


 指先に閃熱白蝶弾ビアンファルハをひとつ浮かべる。


「落ち着け! それマジであたし死ぬから! って言うか輝力の無駄使いするな!」

「スーちゃんが変なこと言わなきゃいいんだよ」


 まあ、そんな冗談はともかくとして。


 輝力の補給は本格的に死活問題だ。

 このままじゃ夜将みたいな強敵とはとても戦えない。

 これからもう一つの激戦地、セアンス共和国に向かうってのに。


 セアンス共和国……かあ。


 懐かしいなあ。

 あの頃はまだ仲間たちみんな一緒だったよね。

 ダイだけは少し前から離ればなれになっちゃってたけど。


 ジュストくん、フレスさん、ビッツさん、ダイ……

 みんな、元気にしてるかな。

 また会えるかなあ。


「はい、おまちどおさん」


 上の空になっていた私の前に、料理の載ったトレイが運ばれてきた。

 美味しそうなまんまるハンバーグとほうれん草のソテー。

 黄金色のコンソメスープとライスつきだ。


 お腹がぐーっと鳴った。


「わーい、いただきます!」


 とりあえず、食べてから考えよう。




   ※


 翌日。


「どうもありがとうございました。昨日のハンバーグとても美味しかったです」

「おや、もう行くのかい?」


 合計で四日もゆっくりしちゃったから、そろそろ出発しないとね。


「それで、あの、泊めてもらった料金なんですけど……」


 さっき気付いたんだけど、お金を持ってなかった。

 代わりにエヴィルストーンで払えるか聞こうとしたんだけど


「そんなの要らないって言ったろ。救国の英雄様から金を取ったら罰が当たるってもんだ」

「いや、そういうわけには! せめてこれを受け取ってください!」

「いらないって。そんな高そうな宝石かえって迷惑だよ」

「ほんの気持ちですから……」


 お互いにしばらく宝石を押しつけ合っていると、やがておばさんはこんな提案をした。


「んじゃ宿泊料代わりにひとつお使いを頼まれてくれないかい? 親戚が国境向こうの町で暮らしてるんだが、こんなご時世だからちっとも連絡が取れてないんだ。元気にしてるって手紙を書くから渡してきてくれよ」

「それならよろこんで」


 セアンス共和国に行く道の途中だしね。

 それでお役に立てるなら一石二鳥だ。


「それじゃ頼んだよ。親戚の家は青い屋根だから、すぐにわかると思う」

「わかりました」


 私はおばさんが認めた手紙を受け取って、宿屋を後にした。

 受け取ってもらえなかった宝石は表玄関の所こっそり置いておいたよ。




   ※


 街道のやや上空を、炎の翅を広げて飛ぶ。

 いやあ、やっぱり飛ぶのって楽だね。


 四日も寝たおかげで、輝力はある程度回復してる。

 とはいえ、万が一に備えて、可能な限りは節約しておきたい。

 もしエヴィルが近づいてきたら極力逃げるし、戦うとしても最低限の攻撃で倒すようにしなきゃ。


「節約はいいけど、油断しすぎて殺されるなよ」

「がんばるよ」


 やがて街道の途中に大きな建物が一軒だけ見えてきた。

 その建物の左右からは鉄の柵がざーっとどこまでも伸びている。


 どうやらここが国境らしい。

 けど、関所の向こうはまだセアンス共和国じゃない。

 地図で調べたところ、ミット公国とかいう名前の小国みたいだ。


 関所に見張りの人がいるかどうかはわからない。

 けど身分証もないし、止められたら面倒だ。


 上空を飛び越えていくことにする。

 見つかることなく関所を越えに成功。


 しばらく進んだ辺りで、ふいにエヴィルの気配を感じた。

 まだ数キロ先だから避けていくことは簡単そうだけど……


「エヴィルの近くに誰かいるね」


 人の気配が、そのすぐ側にあった。

 どうやら街道をまっすぐ進んでいるっぽい。

 このまま行けば、間違いなくエヴィルと遭遇する。


「どうする、助けに行くか?」

「行かないわけにいかないでしょ」


 目的の町までの最短距離だし、エヴィルの気配は一体だけだ。

 下手に迂回するより、やっつけた方が輝力の節約になるかもしれない。


 そういうことで、急ぎエヴィルのいる場所に向かう。

 この気配はたぶん大きな蜘蛛のエヴィル、魔蜘アラクネーだ。

 その姿が上空から見えた時、ちょうど近くにいた人と遭遇するところだった。


 大きな剣を背負い、長い髪を頭の上で縛った変な髪型の男の人。

 彼はアラクネーの接近に気付くと、背中の大剣じゃなく、腰に差した細い剣を抜いた。


 どうやら真っ向から戦うらしい。


「助けに行かないのか?」

「うーん」


 普通の旅人ならともかく、相手が剣士なら下手に手出し方がいいのかも。

 こんな時期に一人旅をしてるくらいだから、そこそこ腕に自信はあるんだろうし。


 思った通り、変な髪型の剣士さんは、アラクネーと互角に渡り合っていた。

 連続で叩き込んでくる前足を華麗な剣さばきで防いでいく。

 敵の攻撃を防ぎつつ、カウンターを繰り返す。


 これは大丈夫かな……と思った時。


「あっ!」


 剣士さんはアラクネーが吐き出した糸に絡め取られてしまった。

 必死に振り解こうとするけど、両腕が完全に巻き込まれて身動きが取れない。


 動けない剣士さんにアラクネーが歩脚を伸ばす。

 瞬間、私は炎の翅を広げて急降下する。


爆炎黒蝶弾ネロファルハ!」


 一〇〇メートルの間合いに入る。

 同時にアラクネーの背中側に黒蝶を配置、即座に爆発させる。

 エヴィルの大蜘蛛は一発で四散し、赤いエヴィルストーンになって転がった。


「な、なっ……?」

「ちょっと待ってくださいね。いま焼き切りますから」


 突然のことに驚く剣士さんの前に降り立ち、指先に灯した閃熱フラルで糸を焼き切っていく。


「熱っ!」

「あ、ごめんなさいっ」


 また加減を間違えた!


「い、いや、大丈夫だ……危ない所を助けてくれて礼を言う」

「どういたしまして。怪我がなくてよかったですね」


 エヴィルも弱いやつだったから、輝力もほとんど消耗しなかったしね。


「俺はバクルと申す者だ。よければ、貴殿の尊名もお聞かせ願えないだろうか?」

「はい。ルーチェです」

「ルーチェ殿か。恩人である貴殿の名は決して忘れないだろう」


 ずいぶん大仰な喋り方する人だなあ。

 髪型もなんていうかワイルドだし。


「では、失礼させていただく」

「はーい。気をつけてくださいね」


 人助けって気持ちいいね。




   ※


 剣士さんと別れてから一時間ほどで、目的の町に辿り着いた。


 ミット公国に入って最初の町。

 そこはそれなりに規模の大きな町だった。

 流読みでざっと探って見ると、町の人口は八〇五六人。


 この辺りはまだエヴィルの脅威も届いていないみたい。

 久しぶりにそこそこ活気のある町にやって来たって感じだ。


 さて、まずは頼まれた手紙を渡さなきゃね。

 確か青い屋根の家って言ってたよね。


 うん。

 町を見渡すまでもない。

 すぐに青い屋根の家は見つかった。


 っていうか、


「どれ!?」


 この町の家、全部屋根が青いんですけど!

 青い屋根ですぐわかると思ってたから、相手の名前も聞いてないし!


「片っ端から適当に入って聞いてみろよ」

「それ何時間かかるの。町役場に行って聞いてみるよ」


 国境の向こうに親戚が居る人を調べてもらえば、かなり絞り込めるはず。

 少なくとも端っこから全部の家で聞いてまわるよりはマシなはずだ。

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