第10章 最後の休息/第三の世界 編 - looking for my friend -
620 ◆旅立ち
カバンの中身を確認する。
ナイフ、小型ランプ、応急医療セット、当面の携帯食料、その他……
命綱である『筒』はいつでも取り出せるよう、ズボンのポケットに直接入れておく。
カバンを閉め、上から一人用の携帯テントをのっければ、準備はオッケーだ。
かなりの重さになったけど、一人旅だしこれくらいの準備は必要でしょ。
どっちにしても、重いのは乗物を手に入れるまでの辛抱だしね。
「よいしょっと」
あたしは荷物を背負い、自宅のドアを開けた。
※
夜明け前のフィリア市を歩いて横断する。
肩にのし掛かる重さが辛いけど、高揚感が足を前へ動かしていく。
ピャットファーレ川に掛かる橋まで差し掛かった時、橋の真ん中に人がいるのに気付いた。
わざとらしい仁王立ちで待ち構えるのは、早朝さんぽの老人じゃない。
あたしの友人……今や、第二の親友と言ってもいい女。
ジルである。
「よっ、こんな朝からランニング?」
わざとおどけて挨拶をしてみるが、ジルの表情は硬いままだった。
「なあナータ、本当に行くのか?」
「あったりまえでしょ。言っておくけど、止めても無駄よ」
そう言えば、以前にもこんな事があったわ。
あの時はジルの場所にあたしが居た。
街を出ようとするルーちゃんを必死で止めようとした。
けど彼女の決意は固くて、思い止まらせることができなかった。
「オマエの決意はわかってるから、今さら止めないよ」
「じゃあ別れの挨拶にでも来てくれたの?」
「これ、持っていけ」
そう言って彼女が放り投げて寄越したのは、黒い指出しグローブだった。
甲の部分には三日月型をした金色の刺繍が施してある。
「ちょっ、これって……」
ジルの道場に代々伝わる古代神器だ。
それを身につければ、腕次第では輝攻戦士も凌駕するっていう。
「もらっちゃっていいの? これ、かなり大切な物なんでしょ?」
「メッチャ大事なもんだよ。なくしたら確実に親父に殺される」
「う、受け取れないわよ」
「言っておくけど、貸すだけだからな。絶対に返しに来いよ」
ああ、なるほど。
そういうことね。
「わかった、借りておくわ」
「気をつけてな。途中で野垂れ死ぬんじゃないぞ」
「とーぜん。ついでに、ターニャのやつを元に戻す秘宝でも手に入れて戻ってくるわ」
「期待して待ってるよ」
ジルの横を通り過ぎるとき、あたしたちは力一杯ハイタッチを交わした。
※
あたしは今日、フィリア市を出る。
目的はもちろん、ルーちゃんを探すためだ。
十一ヶ月前に起こった『英雄の敗北』事件。
ウォスゲートの再解放と、異界からのエヴィル侵攻。
そして、新代エインシャント神国が壊滅したという情報。
ミドワルトはいま、かつてないほど危機的な状況に陥っている。
ルーちゃんは反攻部隊として、新代エインシャント神国に渡ったと聞いた。
彼女は未だにフィリア市に帰って来ない。
安否もわからない。
万が一……
もしかしたら……
それを思うだけで、あたしの胸は張り裂けそうだった。
家でジッとしているだけで気が狂いそうになる。
だから、自分から探しに行こうと決めた。
ファーゼブル王国はまだ本格的な侵攻を受けてはいない。
けれど、活性化したエヴィルの数は一年前と比べて桁外れに多くなっている。
外が危険なのは百も承知。
一度決めたらもう止まらない。
あたしはルーちゃんを探しに行く。
※
都市の出入り制限はますます厳しくなっている。
理由もなく正面街門から出させてもらうのは、まず無理。
だからってルーちゃんみたく、兵舎の門から出るのはもっと無茶だ。
なので、あたしは隔絶街へ向かった。
奥の広場に辿り着くと汚れた格好の男達が話しかけてくる。
「よう、インヴェの姉御! 準備できてるよ!」
広場の中央には大型の輝動二輪があった。
市販車トップクラスの性能を持つ
「ありがと。悪いわね」
「いいって事よ、姉御のおかげで随分と儲けさせてもらったしね」
あたしは礼を言って
エンジンを思いっきり吹かしてみる。
問題なく走れそうだ。
「姉御の顔をしばらく見れないと思うと、寂しいなあ」
「外に行っても元気でいてくださいよ」
「お土産買ってきてね」
あたしは住人たちの別れの言葉を聞きながら、荷物を後部座席に括り付ける。
「んじゃ、行ってくるわ」
ひとりひとりには答えず軽い挨拶だけを返して、あたしは隔絶街裏手にある街壁の裂け目から、フィリア市の外へと旅立っていった。
※
街道に出た。
後はとにかく都市から離れるだけだ。
このご時世、行商人とすれ違うこともほとんどない。
作戦行動中の輝士団にでも見つからない限り、咎められることはないはずだ。
フルスロットル。
アクセルを限界まで回してやる。
都市内ではとても出せないスピードで加速する。
「ひゃっはー!」
あたしは思わずハイテンションで叫び声を上げた。
これまでの鬱屈した日々をぶっ飛ばすみたいに。
ふと、街道の前方に黒い影が見えた。
あれは……魔犬キュオンだ!
紫色の体毛と、野生の狼より二回り異常デカい体躯。
最もありふれた、けれど恐ろしく強くて、凶暴な
輝士でもまともに戦えば苦戦必死なバケモノ。
そいつらがあたしを見てこちらに向かってきたので、
「おらおらおらあ!」
激突する直線、アクセル操作で避ける。
そのまま後方に置き去りにして全力で走り去った。
「ガゥルルルゥ!」
必死に追いかけてくるキュオン。
けれど、あたしとの距離は離れる一方だ。
へへーん、大型輝動二輪のスピードに着いてこれるもんか!
魔犬を撒いたあたしは、そのまましばらく街道を進んだ。
町を見かけたけど、まだ休憩には早いのでスルー。
大きく迂回して街道の反対側に出る。
それから、だいたい四時間くらい走った頃。
多少の疲労感と空腹を感じてきた所で、ふと小高い丘を見つけた。
よし、あそこで休憩にしよう。
街道を逸れ、勢いをつけて丘を登る。
反対側の景色が見えるかどうかに差し掛かった所で、
「グォウルルゥ!」
「おわっ!?」
いきなり魔犬キュオンに出くわした。
しかも、丘だと思った反対側は崖。
このまま突っ切るのは無理だ。
あたしは輝動二輪を急停止させた。
このクソ犬、脅かしやがって……
じょーとー。
やってやろうじゃん。
輝動二輪のサイドスタンドを立て、転がるように地面に降りる。
そして、ポケットから『筒』を取り出した。
キュオンがあたしに迫る。
「グォルゥ!」
「おらっ!」
筒の先端の空洞から薄紫色の光が伸びる。
それは細長い円筒形の状態で固定されて光の棒になる。
正面から突っ込んでくるキュオンの頭をそれで思いっきりぶっ叩く!
「ギャオオオオッ!?」
手応えアリ!
悶えながら地面を転がる魔犬。
あたしは追い打ちをかけるように光の棒で魔犬の胴体を突き刺した。
「死ね!」
「ッ!? ォォォォ……!」
消え入りそうな声を上げながら、魔犬キュオンは光の粒になって消滅した。
後には真っ赤なエヴィルストーンがひとつ転がった。
※
「へへっ、楽勝」
光の棒をただの筒に戻し、エヴィルストーンを拾い上げてカバンのポケットにしまいながら、あたしは余裕の勝利に薄く笑った。
実は、エヴィルと戦うのはこれが初めてじゃない。
この半年ちょい、あたしは隔絶街の出口から何度か外に出ていた。
いつか本格的に街を出ることを思いつつ、都市の近隣を散策していたのだ。
もちろん外ではエヴィルと出くわすこともあった。
その度、いまみたいに光の棒を使って戦って、やっつけている。
手に入ったエヴィルストーンは隔絶街の住人に渡して、輝動二輪を卸してもらうための資金にした。
ルーちゃんのお父様からもらったこの光の棒。
どうやら、邪悪な力をかき消す不思議な力があるらしい。
前の事件の時はすごく役に立ったし、今もおかげでルーちゃんを探しに行くことができる。
この光の棒がある限り、あたしはエヴィルにだって負けない。
それに、ジルからもらった古代武具のグローブもある。
「エヴィルでもなんでも来てみなさいっての! だれも、あたしを止められないわよ!」
あたしは丘の上に寝転がり、気合いを込めて叫んだ。
その直後。
ふと、影が差した。
「え?」
太陽の光を何かが遮っている。
とても大きく、恐ろしい何かが。
トカゲ?
ううん、違うわ。
だってトカゲは空を飛ばないもの。
じゃあ、あの馬鹿でかい翼は一体なに?
「ちょ、ちょっと……」
「ゥゥゥ……」
翼の生えたトカゲが、長い首をあたしの方に向けていた。
空にいるために大きさはハッキリとわからない。
目算で、三、四〇メートルくらい?
「ギャオオオオオオース!」
ドラゴンだった。
そいつは真っ赤な口を裂けるほどに開いた。
口の中にものすごいエネルギーの塊が溜まっていく。
嘘でしょ?
確かに、エヴィルでも何でも来いとは言ったけどさ。
それはいくらなんでもズルいでしょ!?
「のわああああああああ!」
あたしは急いで輝動二輪に跨がってエンジンをかけた。
同時に、ドラゴンが口の中に溜めた炎を吐く。
それはまるで天から降り注ぐ災害。
ドラゴンの炎はあたしを巻き込んで、周囲数キロ圏内のすべてを焼き払った。
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