619 救国の聖女
念のために敵城の様子も見に行っておこう。
三〇分ほどで目的の場所は見えてきた。
そこは城……だったもの。
今は完全に瓦礫の山になってる。
建物の痕跡はまったく残っていない。
「てへ、やりすぎちゃった☆」
「どうやら生き残ったエヴィルもすべて逃亡したみたいだな」
かわいく言ったのにスーちゃんは無視するんだよ。
さっきまで三〇〇ちょっと残ってたエヴィルの気配は、もうどこにもない。
周囲を探ってみると、北の方に向かって一斉に移動してるみたい。
やっつけるべきだろうけど輝力に余裕ないから放っておく。
あ、瓦礫の上を飛んでる
あの子に残った輝力も吸収して、と……
うん、だいぶ回復した。
※
次に私は、少し離れた所にある、多くの人の気配が集められている場所へと向かった。
そこはみすぼらしい町だった。
いや、町とはとても言えないような場所。
簡素な掘っ立て小屋が立ち並ぶ、隔絶街みたいな集落だった。
それがものすごい遠くまで、どこまでもどこまでも続いてる。
そこにいる人の数は十万……いや、二十万人近い。
「なんでこんなに大勢?」
「襲われた各地の町の人間もその場で皆殺しにされたわけじゃないみたいだな。一度ここに集めてから、少しずつ
「じゃあ、もしかしてレトラさんたちの町の人も……」
「もしかしたらな」
やった、それは嬉しい情報だ!
はやくここを開放してみんなに伝えないと!
※
とりあえず、集落入口で見張りをしてた二体は瞬殺。
集落の中で偉そうに人間たちを支配している残りのエヴィルも敵だ。
「ぐげっ」
「ぎゃあっ」
あちこち飛び回りながら、時間をかけて一体ずつ確実に
「エヴィルストーンを狙えば一発で倒せるね。後片付けが大変そうだけど」
「人に当てないようにしろよ」
「わかってるって」
それでも全部で一五七体……
せっかく補給したのに、また輝力残量が厳しくなってきたよ。
「あっ、あんた、何者なんだ!? そんな格好で――」
後ろ手を縛られて歩かされていた男の人が、近くにいたエヴィルをやっつけた私を見上げて言う。
「あとでちゃんと説明しますね!」
申し訳ないけど、一人一人とゆっくり話してる時間はないからね。
※
って感じで、三〇分くらいかけて集落内のエヴィルを全滅させました。
かなりの人が掘っ立て小屋から出てきて、空に浮かぶ私を見てる。
大勢に注目されるのはちょっと恥ずかしいけど……
『えーと……この国を支配してたエヴィルの将は、私がやっつけました! みなさんはもう自由です!』
あちこちから「おお……」とか「本当に……?」とかの声があがる。
『まだ全部のエヴィルがいなくなったわけじゃないけど、あとは皆で協力して、がんばってこの国を復興させてくださいね! それじゃ!』
それだけ言うと、私はさっさと飛び立って集落から離れた。
「お、もう行くのか? いま降りていけば間違いなく英雄扱いなのに」
「いや、お城を壊しちゃったから、気まずくて……」
「たしかに」
※ マール海洋王国憲法 第十九条
王宮に対する破壊行為は一部の例外を除いて死罪とする。
たとえ賊に占拠された王宮を開放するためであっても、爆薬、砲、輝術などを使った意図的な破壊活動を行った場合は、上記の例外とは認めない。必ず殺す。
「バレたら大変なことになるな」
「ちょっと、そういうのは先に説明しておいてよ!?」
※
それから最後に、私はレジスタンスのアジトへ向かった。
やっぱりこの国から出る前に、お世話になった人には挨拶しておきたい。
問題は、カリッサさんとかに見つからないよう、上手く侵入しなきゃいけないことだけど……
「あら?」
ふと下を見ると、なにやら荒野を歩いてる集団を見つけた。
あれってもしかして……?
「おーい!」
私は呼びかけながらその集団の所に降りていく。
「ルーチェ御姉様!?」
「聖女のおねえちゃんだ!」
やっぱりクレアール姫たちだ。
アグィラさんにシスネちゃん、レトラさんもいる。
それ以外にもレジスタンスの執行部で見たひとたちが何人か。
「ど、どうなさったんですか御姉様。そんな格好で……」
「クレアール姫たちこそ、どうして――」
ん、格好?
私は自分の姿を確認した。
現在身につけているのは、ふわりと靡く大きなマント。
そして、肩から襟周りにかけて
胸の半分から下は……なにもなかった。
「あれ、なんで私ほとんどハダカなの!?」
「だってお前、リリティシアにバラバラにされた時、服まで再生しなかっただろ」
ああ、あの時か!
っていうかスーちゃん、知ってたなら早く教えてよ!
あれ、もしかしてさっき私、ハダカで戦闘とか演説とかしてた!?
二〇万人の前で!?
「しにたい……」
「だ、誰か! ルーチェ御姉様がお召しになる衣服を! お急ぎになって!」
私はこの世に絶望しながら蹲って泣いた。
この術師服、先生からもらった卒業祝いだったのに。
「しくしくしくしく」
「さ、さあ、御姉様。衣服の準備ができるまで、わたくしの外套を羽織っていてくださいな」
クレアール姫はいい子だなあ……
※
とりあえず、町のおばさんから借りた服を着た。
気を取り直して互いの状況確認を行う。
「ほ、本当にエヴィルの将を倒したのか?」
「一〇万の軍勢をたった一人で討伐とは、信じられん」
「天才輝術師とは聞いておりましたが、あまりに凄すぎる……」
いえ、私なんて全然すごくないですよ。
なにせハダカで暴れ回る空飛ぶ痴女ですから。
「自棄になるなよ」
「別になってないし」
スーちゃんには私の悲しみなんてわからないのよ。
「ルーチェ御姉様」
「はい」
振り向くと、クレアール姫は瞳に涙を浮かべていた。
そして、いきなり私に抱きついてきた。
「く、クレアール姫!?」
「ありがとうございます。王国を救ってくださって、本当にありがとうございます……!」
「いや、って言っても、まだぜんぶのエヴィルをやっつけたわけじゃないですよ? それに夜将も取り逃しちゃったし、ブルーサの中輝鋼石は割っちゃったし、王宮も破壊しちゃったし……」
「そんなのどうでもいいことですわ! 御姉様は我が国の英雄です、誰にも文句なんて言わせません! ありがとうございます、ほんとうに、ありがっ、ううぅ……っ」
クレアール姫……
気丈に振る舞ってたけど、やっぱり辛かったんだろうな。
こんなふうに本気で喜んでもらえたら、がんばって良かったって素直に思えるよ。
「それで、クレアール姫たちは、こんな所でなにやってるんですか?」
「はい……実は大臣派の人間に暗殺されそうになりましたので、命からがら逃げて参りました」
そっか、大変だったんだね。
お姫さまを暗殺しようとするなんて……
「って暗殺!? なんで!?」
「復興を機に共和制を目指す大臣たちにとって、わたくしの存在は邪魔だったのでしょう」
「ええ、なにそれ……」
エヴィルに国を支配されて大変な時なのに。
権力争いとか体制の改革とか、馬鹿じゃないの?
「しかし、わたくしには支えてくださる方々が大勢いました。彼らのおかげで、こうして無事に逃げ出すことができたのですよ」
「姫様を害そうとするようなやつらと一緒には居られん」
「我らは王室の権威を持ってこそ、海洋王国の復興は成し遂げられると信じている」
アグィラさんと執行部のお爺さんが口を揃えて言う。
この人達は本当にクレアール姫のことが大好きなんだね。
「レトラさんは? 平和に暮らせればいいって言ってたのに」
「……実はあの地下壕、慢性的な食糧不足なのだそうです。羽振りが良いのは最初だけでした。実体は子どもにまで重労働を課し、役立たずと見なしたら口減らしをすると脅されて……恥ずかしいことですが、耐えきれず姫様に同行する形で逃げ出して参りました」
ほうほう、子どもを?
「ちょっとあいつらやっつけてくる」
「落ち着いてくれ聖女殿!」
「落ち着いて聖女のおねえちゃん!」
「落ち着いてくださいな、ルーチェ御姉様!」
飛び立とうとすると、アグィラさん、シスネちゃん、クレアール姫の三人がかりで止められた。
「無事に逃げられたから、それでもういいんです。今は人間同士で争っている場合ではありません」
「レトラさんがそう言うなら……」
っていうか、なんなのあいつら!?
それじゃやってること単なる恐怖政治じゃない!
よくそんなんで十年でも二十年でも戦い続けるとか言えるな!
「それで、皆はこれからどうするんですか?」
「当初の予定通りに西海岸へ向かうか、
クレアール姫がみんなに問いかける。
アグィラさんたち年長者組が中心になって相談を始めた。
「王都に近い場所ならば王党派にも期待できるだろう」
「ブルーサは独立心が強い都市だから、あまり信頼ならんと聞くぞ」
「私たちの町の生き残りも、もしかしたらそこにいるかも知れないんですよね……」
「とりあえず行ってみるのが良いと思いますわ」
結局、満場一致で掘っ立て小屋集落へ向かうことになった。
「ルーチェ御姉様も、ぜひご一緒に……」
「ごめんなさい、それは無理なんだ。私はまだまだ戦い続けなきゃいけないから」
この国を支配していた夜将はやっつけた、
けど、もう一つの最前線であるセアンス共和国は今も魔王軍の脅威に晒されている。
私の故郷のファーゼブル王国のことも気になる。
それに、以前の知りあいや、仲間達、ジュストくんのことも……
「そういことなら仕方ありませんわね。ルーチェ御姉様は英雄なのですから、世界中で苦しんでいる人々のためにこれからも頑張ってくださいな」
「クレアール姫も、復興がんばってくださいね」
「もちろんです。御姉様が次にこの国に戻っていらした時に笑われないよう、しっかり元通りに立て直してご覧に入れますわ!」
そう簡単にはいかないだろうし、すごく大変だとは思うけど。
この子になら本当にやれそうな気がするよ。
「シスネちゃんも、元気でね」
「うん。ありがとう、聖女のお姉ちゃん」
私は最後に、ぎゅーっとシスネちゃんを抱きしめた。
シスネちゃんも力強く抱き返してくれる。
わあ、超嬉しい。
「アグィラさん。寝てる間は本当にお世話になりました」
「こちらこそだ聖女殿。釣りを払って余りあるほどに感謝している」
そうやって皆に一通り挨拶してから、私は念のためクレアール姫の側に
「綺麗な桃色の蝶ですわね。これは一体何ですの?」
「私の代わりの護衛です。エヴィルに襲われたら自動的に攻撃するようになってます。輝力が尽きたら消えちゃうけど、五〇〇体くらいまでならやっつけられると思いますから、必要なくなったら適当な場所に浮かべておいてください」
「本当に何から何まで……これからは毎晩この蝶を御姉様だと思って抱きながら眠りますわ」
「いや、危ないから触らないでくださいね」
私は最後にクレアール姫と抱き合って、今度こそ彼女たちにさよならを言った。
「それじゃ、またね!」
「またね、聖女のお姉ちゃん!」
「またお会いしましょうね、お姉様!」
みんなの歓声に見送られながら、私はマール海洋王国を後にした。
ひとまず次に向かうのは、もう一つの激戦地。
セアンス共和国へ――
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