611 世界の真実
その日、
私は、
世界の真実を、知った。
ゆっくりと、瞳を開く。
目の前に、見えるのは、現実の風景。
私は神話の世界から戻ってきた。
「どうだった? 本当の歴史を見て来た感想は?」
「うん、なんていうか……」
一言で、言えば。
「つかれた!」
そりゃあ息も切れ切れになるってものよ!
「おい」
「だって十二時間ぶっ通しで見てたわけだし? 大長編にも程があるよ。せめて何回かに分けて見るとか、お茶菓子もあると良かったよね」
「疲労にての感想はどうでもいい。内容に関して何か言うことはないのか」
「え? ああ、うん。すごかったね」
まさか世界のあれがああでああなって、神話のあれがああだとは……
いやあ、
特に本物の巨大人型兵器が登場したときは本当に感動したよ。
「歴史と神話の真実も、お子様にとってはタダの大作映画か……」
「お子様って言うな。だって私べつに歴史学者でも教会関係者でもないし」
神話も歴史も私の生活には関係ありません。
一番ビックリしたのは教科書にも絵画が載っていた『新世界のイブ』さんが、本当にナータそっくりだったことかな。
「っていうかさ。あの映像を見る限り、一番やっつけなきゃいけないのは魔王よりも……」
「おっと、それこそ今のお前には関係ないぞ」
スーちゃんは私の側をふよふよ周りながら忠告する。
「諸悪の根源がどうあれ、現在起こっている危機は『魔王によるミドワルトの侵略』だ。
「ミドワルトが滅ぼされるのだけは絶対に阻止しなきゃね」
倒すべき相手は、平和を乱す魔王。
私は人類のために戦うって決めたんだから。
「そういうこと。で、どうだ。映像で得た知識は役に立ちそうか?」
「うん。いくつか新しい術を思いついたから試してみたよ」
「試してみた?」
「映像を見ながら、ちょっと横で色々やってみた」
私が見た神話世界の景色は、映水機に移った平面の映像とは違う。
なんていうか、私自身がその世界に入って、中から眺めているって感じ。
映像に干渉はもちろんできないけど、私はその空間の中に居て、想像力を膨らませてイメージ投影することで輝術を使ってみることもできた。
「仮想空間内のイメージトレーニングか。そんな使い方もあるんだな」
「ただ、やっぱり輝力が足りないのがネックかな」
いろんなアイディアは浮かんだけれど、現実にそれを試して見ると、とにかく輝力の
結局、最大の弱点はなくならないんだよね。
「なあに、やる気になったら後は簡単だ。こんな陰気なところはさっさと抜け出して、トレーニングの成果を試すため輝力を手に入れてこようぜ」
「どうやってよ」
それができるなら苦労しないんだけど。
まさか他人から奪うわけにもいかないし。
「輝力って言うのは生命エネルギーの一種だから、人から奪うのもありなんだけどな。ただ、それじゃあまりに効率が悪い。もっと簡単に手に入る方法があるだろ」
もっと簡単な方法。
大量の輝力がある場所と言えば。
「あ、わかった!」
私が手を叩くと、スーちゃんはニヤリと笑った。
「シャイン結晶体。こっちの世界の呼び方だと輝鋼石」
※
そう言うことで、やるべきことは決まった。
すぐに出て行きたいところだけど……
「その前にクレアール姫を探さなきゃね」
お姫様とはここに来てから一度も会ってない。
たぶん、偉い人のいる区画にいるはず。
大丈夫だとは思うけど、カリッサがクレアール姫を人質に取ってるみたいな言い方をしてたのが少し気になる。
土の中じゃ流読みが上手く使えない。
なので、今までは彼女の居る場所がわからなかった。
「今ならわかるのか?」
「たぶん。反射レーダー……だっけ?」
さっきの神話映像で見た知識を応用。
流読みの感覚を無造作に広げるんじゃなく、糸みたいに細く伸ばす。
それを壁に反射させ、ジグザグと障害物を避けながら、先へ先へと進ませる。
細長い通路と小部屋が乱雑に入り組む地下壕内。
そのすべてに知覚の糸を張り巡らせる。
地下壕内にいる人間、二六四三三人。
通路の合計全長、三五九キロ。
小部屋の数、四五〇六。
出口の数、四十二。
クレアール姫の居る場所、ここから北北西に一〇一五メートル地点。
いやあ、広いね!
「マジかよ。お前、すごいな……」
スーちゃんが褒めてくれた。
でも別にこれくらい普通だと思うよ。
「そう言えば、もう心は読まないの?」
「お前が
それは良かった。
迂闊に変なこと考えられないしね。
あーんなこととか、こーんなこととか……
「……」
「なんだよ」
「あ、ほんとに読んでないね」
「疑わなくていいから」
それじゃ、お姫様の所に行きましょう。
※
クレアール姫の反応を頼りに地下壕内を移動。
途中で見張りっぽい人に声をかけられた。
「この先に何の用だ?」
「カリッサさんにおつかいを頼まれました」
「そうか。通って良し」
あっさり通してくれたよ。
この人はもうちょっと人を疑う事を覚えた方がいいね。
「お前、ナチュラルに嘘を吐けるようになってきたな」
「大人になるって悲しいことなのワ」
冗談を言いながら先に進むと、岩にガッチリとはめ込まれた鉄の扉が現れた。
扉の上部には小窓みたいな鉄格子がついていて、まるで牢屋の扉みたい。
クレアール姫の反応は……間違いなくこの中から感じる。
「クレアール姫!」
「……ルーチェ御姉様?」
声をかけながら、格子越しに中を覗く。
薄暗くてよくわからないけど、確かにクレアール姫の声が聞こえた。
「どうしてこんな所に!?」
「ふふ、脱走の前科がありますからね」
だからって、お姫様を牢屋に入れるなんて!
レジスタンスのやつら、いくら何でもやりすぎだよ!
「すぐに開けます! 危ないから扉から離れててください!」
私は扉の鍵穴近くに白蝶を作り出した。
が、
「良いのです、ルーチェ御姉様。わたくしは罰を受けて当然なのですから」
「でも、私が勝手にレジスタンスを頼ったせいで、クレアール姫がこんなことに……!」
「それは違いますわ。リバールの甘言に乗り大勢の人を危険に晒したのは紛れもなくわたくしの罪。無理にわたくしを開放すれば、御姉様まで罪に問われてしまいます」
「私なら大丈夫です! というか、もう出て行くつもりですから!」
そう言うと、クレアール姫は大人っぽい表情でフッと笑った。
「やはり御姉様はレジスタンスごときに縛られる器ではありませんでしたわね」
「だから、クレアール姫も一緒に――」
行きましょう、と言おうとした時。
背後から人が近づいてくる気配を感じた。
「何者だ」
向こうも私に気付いて声をかけてくる。
銀色のトレイを抱えたおじいさんだった。
見覚えのある人だ。
たしか、カリッサに連れて行かれた会議室にいた……
執行部のひとり!
この人にバレたらヤバい!
「くっ……」
「安心してくださいルーチェ御姉様。彼は敵ではありませんわ」
どうやってやり過ごすかを考えている私をクレアール姫が止める。
「おお、姫を連れてきて下さった輝術師様ですか。これはご無礼を」
おじいさんは持っていたトレイを地面に置く。
そして膝をついて深々と頭を垂れた。
えっと……どうなってるの?
「彼は王党派の者です。わたくしに食事を運んで来て下さったのですわ」
「はい」
持ってきたトレイの上には、パンと干し肉、ビンに入った牛乳が乗っていた。
彼は立ち上がってそれを格子の隙間からクレアール姫に差し入れる。
「王党派の人って、リバールのせいで失脚したって言ってませんでしたっけ」
「執行部での勢力は弱まりましたが、王室を崇敬する者は今もレジスタンスに多いのですよ。私のようなクレアール姫のシンパがね」
おお……
さすが生まれついての
どこに行っても
「今の執行部は大臣の専横となっています。やつの保身のために、これ以上の無駄な時を費やすわけにはいきません。姫が戻ってこられるまでは半ば諦めておりましたが、改めてそのお人柄に触れて、ようやく気づきました。これからのレジスタンスは変わっていかなくてはなりません」
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