612 八色の蝶
「以前にレジスタンスのみなさんと共ににいた頃……わたくしは大臣とリバール以外の者と触れあう機会がなく、愚かにも彼のような忠臣に気付くことができませんでした。今にして思えば不覚の極みです」
「逆に言えば、姫様の人望と才覚を恐れた大臣が、意図的に我々と隔離していたのでしょう」
大臣はクレアール姫を丁重に扱うフリをしつつ、彼女が気に入らないような情報だけを与え続けた。
そこをあのリバールにつけ込まれ、結果として彼女はあいつの思い通りに動いてしまったそうだ。
「ですから、姫をお救い下さった輝術師様には本当に感謝しています」
「ゆっくりと
さすがというか、なんというか……
クレアール姫は人を惹き付ける魅力がある。
生まれつきのお姫様は伊達じゃないってことだね。
「と言うわけで、わたくしのことは心配なさらないでくださいな。共にやって来た民も彼らが守ってくださるそうです。なので、御姉様は御姉様のお好きなようになさってください」
彼女はそう言いながら、格子の隙間から指を伸ばす。
私はその指に触れて不格好な握手をかわした。
クレアール姫は王族として。
私は力を持つ輝術師として。
それぞれの場所で闘う誓い。
「いつの日か、またお会いできる時を楽しみにしておりますわ」
「はい。必ず」
変な子だけど、すごい人だったなあ。
別れの挨拶を終えて繋いだ手をゆっくりと離す。
よおし、それじゃ彼女のためにも、私も頑張らなくちゃ!
「輝術師様。もしここを脱出するのでしたら、私の部下が見張りの日に……」
「あ、大丈夫です。自分で出られますから」
そうと決まれば、ゆっくりしてなんて居られない。
アグィラさんやシスネちゃんとさよならできないのは残念だけど。
「クレアール姫、お元気で!」
私は手を上に伸ばし、その先に円錐状の
炎の翅を広げ、そのまま天井を貫きながら上昇する。
地上まで、一直線!
※
地上に出た後で、スーちゃんが言った。
「なあ。下手に掘り進むと、崩落の恐れがあるって言われなかったか?」
「あっ」
そういえば、カリッサさんがそんな事を言っていた気がする。
……クレアール姫たち、埋もれてないよね?
「だ、だだだ、大丈夫だよ! お姫様たちを信じよう!」
「お、おう……あと、穴が開いたままだとエヴィルに見つかるんじゃないか?」
「何かで塞いでおけば大丈夫だよ」
ほら、ちょうど良いところに大きな岩がある。
これを上にのせておけば大丈夫。
「不自然だな」
「うん……」
でもわざわざ移動させようとは思わないんじゃないかな。
あとたぶん、執行部の人たちが気づいてなんとかしてくれるよ。
「できるだけ急いで、この国に平和を取り戻そう」
西の空が濃い赤色に染まっている。
間もなく日が沈み、星の薄い夜がやってくる。
「それは夜将を倒して魔王軍をこの国から退かせるってことか?」
「うん」
この国を支配しているエヴィル。
そのトップにいる、夜将リリティシア。
あいつさえ倒せばマール王国にいるエヴィルたちは大きく揺らぐはず。
するとレジスタンスや
「大した自信だな。神話の世界で何を掴んで来た?」
「えっと、じゃあちょっとやってみるね」
私は空を飛びつつ、周囲に様々な色をした蝶を作り出した。
白、黒、紅、蒼、翠、黄、紫……そして桃色の八色の蝶を。
「危ないから触らないでね」
「わかってるよ。白と黒はいつもの
フラルとかついてると長いので、この機会に名前を短くしてみました。
「桃色の輝力量がずば抜けて大きいな」
「他のもあとでひとつずつ試してみるよ」
現状、まだ輝力の無駄使いはできない。
私は作ったそれぞれの蝶を再吸収した。
「無駄なく輝力を使うか。器用なことだ」
「それじゃまずはブルーサとかいう
炎の翅を翻し、私はたくさんの人の気配がする方角へ向かって飛び立った。
※
ブルーサに向かう途中、ビシャスワルト人の大軍を見かけた。
都市攻略のためのキャンプを張っているらしい。
その数はおよそ三万強。
あれだけの数に本気で攻め込まれたら、都市の防衛力があっても、持ちこたえるのは難しい。
「カリッサさんが言ってたことは本当だったんだね」
「どうする?」
「今はどうしようもないよ。後にしよう」
新しい輝術と戦術を使えば、たぶん私ひとりでもあいつらを全滅させることはできる。
けど今それをやったら、間違いなく途中で輝力が尽きて眠ってしまう。
まずは輝力補充のために
※
そして私は
さすがに街壁には多くの兵士が立っていて、外に向かって油断なく目を凝らしてる。
「見張りは厳重だな」
「そうだね」
基本的に、輝鋼石は一般人が気軽に触れられるものじゃない。
なにせ
普通は神殿なんかの奥で厳重に管理されていて、輝術や輝攻戦士の試験に受かった人だけが、大勢の偉い人の立ち会いの中でようやく少しだけ触れることが許される。
ましてや今はエヴィルとの戦争中。
輝鋼石の力は都市防衛にもかなり役立っているはず。
この国の人間でもない私がいきなり行って「輝力を分けて下さい」なんて言っても、まず間違いなく追い返される。
「クレアール姫がいればなんとかなったかもしれないんだけどな」
「そのためにお姫様を連れ出そうとしてたのか」
「そういうわけじゃないけど」
まあ仕方ないし、やることはひとつだよね。
新式流読みで感覚の糸を伸ばす。
怪しそうな場所に当たりをつけて一斉に
一番多くの輝力が集まってるところを探し出して……あった。
「あそこだね」
都市中心部からやや東側に外れた、大きな泉に浮かぶ小島。
あの中にこの
「それじゃ、行こう」
炎の翅を消し、輝力の力だけで浮きながら、ゆっくりと降下していく。
星の少ない夜闇に紛れれば見張りに見つかることもない。
そのまま直接、泉の中に降り立とうと――
「ぶっ!?」
なんかぶつかった!
私は打ちつけた顔をさすりながら手を伸ばす。
都市上空一〇〇メートルほどの地点に見えない壁があった。
「結界だな」
「エヴィルの侵入を阻止するやつ? なんでそんなのにぶつかるの?」
「お前はもうエヴィル扱いってことだろ」
なんだと!
そういえば、目覚めてから今まで、エヴィルに支配された町にしか入ってなかったけど……
えっ、私、人類の敵ですか?
魔王の娘だからダメなんですか?
人の住む街とか入っちゃダメですか?
「人類のために闘うって決めたんだけどなあ……」
まさか結界に拒絶されるとは。
さすがに落ち込むんだけど。
「
私が阻まれた場所らへんをうろうろ飛び回るスーちゃん。
嫌がらせか。
「あーもう、仕方ないなあ」
私は結界のある辺りに手を伸ばした。
両手で正確な区切りの位置を確認。
触れた掌がバチバチ音を立てる。
指先でスッと線を引くように上から下へ斬り込みを入れる。
空間の裂け目部分に手を突っ込んで強引に左右へ開く。
できた隙間に体を滑り込ませて結界内部に侵入。
きゅぽん!
「通れたよ」
「おい、なんだお前それ。どうやった」
「
やってみればなんでもできるものだね。
痛みを感じない体だからできることだけど。
「その方法がビシャスワルト人に知られたら都市は一気に丸裸だな」
「じゃあ素早く行って帰って来よう」
ともあれ、結界を抜けることに成功。
私はそのまま輝鋼石があるはずの泉の神殿に降りていった。
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