610 地下生活の規律

 ぼーっ。


 レジスタンスの地下壕にやって来て、今日で三日目。

 私は何をするでもなくボーッとしていた。

 というか、することがない!


「なんなの!? 人を呼んどいて、放置とか!」

「壁に向かって当たり散らしたって意味ないだろ」

「けどさ、スーちゃん!」


 ここの人たち、ほんっと何もしてないんだよ!


 いや、もちろん何もしてないわけじゃないんだけど。

 エヴィルに対する反攻とか言いながら、実際に外に出て戦わない。


 やってることと言えば、ひたすらトンネルを掘って洞窟を広げるだけ。

 後は、地下でも作れる食料の栽培とか、燃料の採掘と加工とか。


 生活に必要なことはやってるけど、基本的に勝手に外に出ることは禁止。

 地上の調査は厳選された人員がほんの僅かな時間でやっている。


 地下壕の存在がエヴィルにバレたらおしまいだから、慎重になるのはわかるけど……


「こんな所にいつまでも居たら頭おかしくなっちゃうって」


 私に用意してもらった部屋はそこそこ広く、ベッドや家具なんかもある。

 けど周囲はむき出しの土壁で、明かりは自分で灯した蛍光ライテ・ルッチのみ。

 悪く言えば独房とほとんど変わらないような場所だ。


 いつまでもジッとしてられるわけがない。


「っていうか、地上の調査なんて私に任せてくれれば流読みで一発なのに!」

「手柄を取られたくないんだろ。カリッサの上司と逆の派閥にいる偉いやつがな」


 ほんと無駄!

 ほんっと無意味!


 まあ、一人でくさってても仕方ない。

 またみんなの所に遊びに行って来よう。




   ※


「シスネちゃん!」

「聖女のおねえちゃん、おはよう」


 集団部屋でシスネちゃんの姿を発見。

 とりあえず抱きついて幸せを補填しておいた。


「ルーチェ様。おはようございます」

「レトラさん、ここの生活に不満はありませんか?」

「ええ。薄暗い場所ではありますが、エヴィルに支配されていた町よりはずっとマシです。レジスタンスの方々がいつか国土を取り戻してくださると思えば、耐えられないことはありません」


 そりゃそうか。

 彼女たちはもっと、ずっと厳しい生活を送ってきたんだ。


「ただ……」


 レトラさんは少し俯きがちに言った。


「やはり、日の光の届かない生活を辛いと思う者もいるようでして、輝工都市アジールへ向かうべきだったんじゃないかと不満の声も聞こえています」

「うっ……」


 やっぱ、そう思う人はいるよね。

 レジスタンスに頼ったのは判断ミスだったかなあ。

 でも、あの時みんなに聞いたら、反対するひとは誰も居なかったし……


「どちらを選んだにせよ問題は出ていたと思います。私としては命の危険がないだけでも十分ですよ」

「せめて時々は外に出れるよう頼んでみますよ」


 暗くて狭いところにずっと居たら気が滅入っちゃうもんね。




   ※


 地下壕の中は一言でいえば大迷路。

 登ったり降ったり、広くなったり狭くなったり……

 行き止まりも多くって、生活圏を行き来するだけでも大変だ。


 もちろん案内板なんて一切無い。

 しかも、土の中では流読みが上手く使えない。

 もし適当に動き回って道に迷ったら大変なことになる。


「どうしようスーちゃん……道に迷ったよ……」

「目的地も決まってないのに適当に動き回るからだよ」


 だって、外に出るとか誰に頼めばいいかわかんないし!

 偉い人はみんなの部屋まで来ないから、自分で探さなきゃいけない。


 だ、大丈夫!

 歩き回ってればそのうち誰かに会えるよ!


「この地下壕、国土の何分の一かくらいの広さがあるって言ってたよな」

「言ってた気がするね」


 やばい、泣きそう。

 道に迷うのってどうしてこんな心細いんだろう。

 ジュストくんは、いつもこんな辛い思いをしてたのかな……


「そういえば元気かな、ジュストくん」


 理由はわからないけど、ビシャスワルトでの戦いの最中に突然消えてしまった彼。

 先生が言うには、先にミドワルトに戻ったらしいけど……


 敵地から逃げるなんて、ジュストくんにとっても本意じゃなかったはず。

 もしかしたら今もどこかで戦っているかもしれない。


「会いたいなあ」


 私はずっと寝てたけど、あれからもう一年近く経ってる。

 彼の事だし、エヴィルにやられちゃってる事はないって信じたい。

 うわあ、道に迷った心細さもプラスされて、すごく悲しくなってきた。


「おい、大丈夫か?」

「あんまり……」


 その場で座って一休み。

 気持ちがどんどん沈んでくる。

 これまでの疲れがどっと出ちゃった。


「私ってリーダーの器じゃないよね……」

「余計な事考えるな。しばらく休んでいいから」


 体育座りになって顔を伏せる。

 そのまま私は十分くらい俯いていた。


 やがて。


「元・気・回・復!」


 落ち込んでても仕方ない!

 早くジュストくんに会うためにも、やることをやらないと!


「おう、それでこそ愛すべき馬鹿だ」

「誰がばかか!」

「それで、どうするつもりだ?」

「とりあえず、天井を閃熱フラルで掘って、一直線に地上を目指すっていうのはどうかな?」

「やめろリュミエール。そんなことされたらここが崩落してしまう」

「あ、カリッサさん!」


 運のいいことに側を通りかかったカリッサさんが話しかけてきた。


「ちょうど良かった。偉い人に会いたいんですけど、どこにいますか?」

「執行部は民間人と会わない。言いたいことがあるなら俺に言え」

「みんなを外に出してあげたいんですけど」

「ダメだ」


 なんで!


「民間人の地上への外出は一切認められていない。これは絶対のルールだ」

「なんですかそのルール! ちょっとくらい良いじゃないですか!」

「そのちょっとがここに住む全員の命を危険に晒すと理解しろ。エヴィルに出入りするところを見られたら、その時点ですべてが終わるんだぞ」


 うっ……

 それを言われると反論しづらい……けど。


「でも、ずっとこんな所に閉じこもりっぱなしじゃ気が滅入っちゃいますよ。さすがに何年も隠れ潜むわけにはいかないでしょ?」

「何年でも何十年でも隠れ住むつもりだ。国土を取り戻して安全を得るまではな」

「ええ……」


 なにその悲壮な覚悟。

 そのくせ全然エヴィルとは戦わないし。


「外のエヴィルの情報集めなら私に任せてくれればあっという間に終わりますよ。なんなら穴掘りだって閃熱フラルで楽勝だし」

「私もそう思って執行部に上申したが、許可が出なかった」

「勝手に情報を集めちゃって偉い人に教えてあげるとか」

「このような場所だからこそ、大勢が上手くやっていくためには規律が大事なのだ。独断行動は絶対に許されない。上がダメだと言ったら、絶対にダメだ」


 ああ、ダメだこりゃ。

 いくらなんでも融通効かなすぎ。

 やっぱ予定通り輝工都市アジールに向かえば良かった。

 たしか、ブルーサとかいう都市だっけ。


「言っておくが、ブルーサ市は間もなく堕ちるぞ」

「えっ?」

「近く、エヴィルが総攻撃を行う気配がある。すでに長期戦で疲弊しきっているとすれば、ひと月以内には間違いなく陥落するだろう」

「た、助けに行かないんですか? ここのレジスタンスの人たちは」

「今はまだその時ではない。我らが行ったところで焼け石に水、無駄な犠牲が増えるだけだ」

「なら私だけでも手伝いに行くよ!」

「勝手な行動は許さんと言ったはずだ。クレアール姫や難民達がどうなっても知らんぞ」


 え、なにそれ。

 脅し? 脅してるの?

 自由は保障するって言ったのに?


「道に迷ったのなら部屋まで案内する。しばらくは大人しくしておけ」

「自分で帰れるから結構です!」


 くわーっ! 完っ全に騙された!




   ※


 とりあえず、二時間ほど彷徨って、何とか部屋までは戻って来れたけど……


「腹立つ! はらたつ!」

「落ち着け……と言いたいが、さすがにあの態度はないな」

「だよね! スーちゃんもそう思うよね!」

「ああ、あいつらは自分の立場が全くわかってない。お前がその気になれば、ここに居るやつらなんぞ、一人残らず皆殺しにできるっていうのにな」

「いや、そこまではしない」


 怒り任せに暴れるってのはまた違うと思うんだよ。

 でもほんと、することが何もないのはどうしよう……


「あ、そうだ」

「なんだ?」

「この前の映像データの続き、見ても良いかな?」


 スーちゃんが前に見せてくれようとした神話時代の映像。

 結局、あの時は酔っ払っちゃってまともに見れなかったんだよね。

 そこからしばらく移動しっぱなしで、ゆっくりしてる暇もなかったし。


「おう、いいぞ」

「やった」


 ちょうどベッドもあるしね。

 暇つぶしにはもってこい。


 私はごろりと横になって目を閉じた。

 さあ、神話の世界に旅立つぞ!

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