609 地下壕

 仲間たちの中からはレジスタンスへの合流に反対する声はなかった。


「というわけで、よろしくお願いします」

「わかった」


 さっきの岩場に皆で移動。

 待っていたカリッサさんにお世話になる旨を伝える。


「その前に、台車は解体しておけ」

「え、どうしてですか?」

「デカすぎて入口を潜れん。荷物は小分けにして、手持ち可能な分だけに減らせ。運べないないモノはすべて灰になるまで燃やすんだ」


 カリッサさんはその場にしゃがみ込んで何もない岩地に手を触れた。

 わずかな出っ張り部分があって、そこに指に引っかける。 


「……これを見た瞬間、お前たちを我らレジスタンスの一員と見なす。放言は絶対にするなよ」


 そう言いながら、彼は地面を引っ張った。


「これは……」


 四角く切り取られた岩が、まるで扉のように開く。

 その下には暗く広く深い空洞が広がっている。


「アジトは地下にある。このような出入り口が国中に存在しているのさ」




   ※


 まさか地下に隠れてたとはね。

 道理で、流読みを使っても気配を感じないわけだ。

 急に気配が消えたり現れたりしたのは、地下から出入りしてたからみたい。


 確かにこんな狭い入り口じゃ台車は入れないね。

 私たちは相談した上で、台車を解体することにした。


 毛布はそれぞれが持てるだけ手に持つ。

 テントは布だけ取って、骨組みは台車の残骸と一緒に燃やしてしまう。


「行くぞ、着いてこい」


 私はカリッサさんに続いて地下への入り口を降りた。


 短いはしごを降りきった先は斜めの通路になっていた。

 天上は低く、しゃがんで歩かないと頭をぶつけてしまう。


「最後の者が入ったら扉を閉めろ。絶対に開けっ放しにするなよ」


 しばらく進んだ辺りで急に真っ暗になった。

 地上へ続く扉が閉まったことで光が遮断されたようだ。


「あの、灯りの輝術とか使ってもいいですか?」

「別に構わんが、じきに明るくなるぞ」


 彼の言うとおり、少し歩いたら急に明るくなった。

 壁に埋め込まれた古めかしいランプに火が灯っている。


「この先は少し広い空洞になっている。そこで人数の確認をしろ」


 カリッサさんは私の方を振り向きもせずに言った。




   ※



 点呼を取り、全員が間違いなくついてきてることを確認。

 クレアール姫はまだ気絶したままアグィラさんに背負われている。


「民はそちらだ。案内してやれ」

「はっ」


 少し広めの空洞には軽鎧の輝士らしき人が待っていた。

 彼はカリッサさんの命令に従ってみんなを奥の通路へ誘導する。


「一応言っておくけど、みんな乱暴に扱ったら許さないからね」

「わかっている。協力を頼んでいる立場なのだから、約束は違えない」


 まだ少し不安がある私は、重ねて念を押しておく。


「約束って言ったからね。絶対だよ」

「誓ってお前の機嫌を損ねるようなことはしないさ。なにせ、町を支配する数十体のエヴィルを一人で殲滅させるほどの輝術師様だ。アジト内で暴れられたら敵わん」

「あ、見てたんだ」

「あの町は以前から監視していたのでな」


 その辺のことも後でちゃんと話してもらおう。

 私は別行動をとるみんなに声をかけた。


「レトラさん。何かあったら大声で呼んでくださいね。すぐに駆けつけますから」

「わかりました。ルーチェ様、今まで本当にありがとうございます」

「聖女のおねえちゃん、ありがとう!」

「シスネちゃん。また後でね」

「何から何まで世話になった。本当に感謝の言葉もない」

「アグィラさん。クレアール姫をよろしくお願いします」


 彼女たちは輝士さんに連れられて向こうの通路へと歩いて行く。

 これまで散々苦労してきたんだし、ゆっくり落ち着けるといいね。


「さて」


 私は残ったカリッサさんと向き合った。


「何を手伝えば良いの?」

「まずは同志たちに紹介をする」


 彼はそう言うと、何故か壁際へと向かった。

 底には灰色のパイプが一本だけ壁から突き出ている。


「今から女を連れて行く。会議室への入出許可を」


 パイプに口をつけて話した後、今度は耳を近づける。

 かなり遠くから『許可する』という声が小さく漏れて聞こえた。


「着いてこい」


 そしてカリッサさんはみんなが行ったのとは別の通路に向かった。

 私は多少の警戒をしつつ、彼の後ろを歩いて着いていく。




   ※


「さっきのって、風話機ですか?」

「ただの伝声管だ。ここには機械マキナなんてものはない」


 狭い通路をひたすら進む私たち。

 斜めに上がったと思えば、はしごで真下に降る。

 しゃがんで通る所や、ほとんど寝そべらなきゃ通れない場所もあった。 


 白い岩で覆われている広間もあれば、むき出しの土が出ている通路もある。

 途中でいくつかの分岐があったけれど、カリッサさんは迷いなく進んでいく。


「ここは何なんですか?」

「大昔の反乱軍が使っていた地下壕だ。今はレジスタンスのアジトになっている」

「……」

「……」

「すごく複雑な造りなんですね」

「敵の侵入を拒むためだろう」

「……」

「……」

「どれくらい広いんですか?」

「本土地下の三分の一くらいに拡がっているらしい。正確な広さは知らん」

「……」

「……」

「ばなな!」

「……」

「ごめんなさい、なんでもないです」


 カリッサさんは質問をすれば、ちゃんと答えてくれる。

 でも必要な事だけ言ったらすぐ黙ってしまうから、どうしても間が持たない。


 別に無理して話す必要はないかもしれないけど、暗くて狭い場所を二人で進んでいるので、無言が続くのは気まずいを通り越してなんだか怖い。


「着いたぞ」


 やがて、目の前に扉が現れた。

 周りの壁にきっちりとはまった丈夫そうな木の扉だ。


 カリッサさんがリズミカルに扉を叩くと、重い音を立てて中から開いた。

 合図みたいなものがあるのかもしれない。


 扉の向こうは真っ白な石の壁に囲まれた小部屋だった。

 入った瞬間、十八個の目がぎょろりと私を睨む。


 中心の大きな長机を囲むように九人が座っている。

 みんなお爺さんって言っていいくらいの年齢の人たちだ。

 一番奥にいる人は特に年かさで、派手な金色の王冠を被っている。


「レジスタンスの執行部だ」


 カリッサさんが短く説明する。

 執行部ってなんだろうね。


 一応、私からも自己紹介した方が良いかな。


「あ、えっと、初めまして。私は――」

「名乗らずとも良い。お前の名などに興味はない」


 王冠の人に遮られた。

 うわあ、感じ悪い。


「重要なのは戦力になるか否かだ。そいつは使のか? カリッサ」

「単身で二つの町を開放した、その実力に偽りはないかと」

「ふむ……」


 顎に手を当てて偉そうに頷く王冠マン。

 その王冠似合ってないですねって言ったらどうなるかな。

 他の人たちは黙ったままで、明らかに歓迎されてない雰囲気だし。


「戦力増強任務達成御苦労。次の命は追って伝える、下がって良いぞ」

「はっ……行くぞ」


 くるりと身を翻すカリッサ。


 え、これだけ?

 あっちの自己紹介もなし?




   ※


「ちっ、穏健派のジジイ共が、余計な根回しをしやがって……」


 なんかイライラしてるし。

 今のやりとりはカリッサさんにとっても面白くなかったらしい。

 手を貸して欲しいって言われて来てみたら、ぞんざいに扱われた私もだけどね!


「あのお爺さんたちは何者なの?」

「執行部だと説明しただろう」

「それじゃわかんないから聞いてるんだけど」

「このレジスタンスの首脳陣、リーダーだ」


 最初からそう言えばいいのよ。


「感じ悪い人たちですね、王冠似合ってないし」

「あいつは元々海洋王国の政務大臣だ。周りのやつらは権謀術数に長けた宮廷族連中。この非常時だってのに、仲間内で主導権争いばかりしていやがる。大臣はそんな馬鹿共を上手く利用しつつ、ボスの立場を維持してやがるんだ」

「そんな人がリーダーで良いんですか……」


 皆のことを思ってるぶん、まだ私の方がマシだよ。


「他に束ねられるやつがいない。こんな厳しい環境で暮らす以上、厳しい規律は絶対に必要だだ。それになんだかんだで、人は権威あるやつに従うんだよ」

「だったらクレアール姫の方が相応しいんじゃないの?」

「あのお姫様がもう少し大人しい性格だったら良かったんだけどな。王党派の連中はリバールの脱走を期に失脚したよ。空席があったのを見ただろう?」


 うわあ、ちなまぐさい。

 なんだかすごい所に来ちゃったなあ。


「お前という戦力の投入で少しは流れが変わるかと思ったんだが、結果は見ての通りだ」

「じゃあ私もう帰っていいですか?」

「難民の面倒は見るから、しばらく居てくれ。多少の自由は保障してやるから」


 慣れないリーダーの重荷から開放されたのは良かったけど、いいように利用されるのも嫌だなあ。

 まあ、もうちょっと様子を見よっか。

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