608 レジスタンスからの接触

 倒れたリバールから目を離した、ほんの一瞬のことだった。


「相変わらず甘いやつだ」


 その声を聞いた私は即座に振り向いた。

 手足を焼かれ、地面を転がっていたリバールが……

 すでに声を上げるのを止め、ピクリとも動かなくなっている。


 動かないリバールの側に知らない人が片膝をついていた。

 大きめのマントを背に羽織り、黒い術師服を着ている男。


「いつの間に……」


 まったく接近に気付かなかった。

 近くに気配はなかったはずなのに。


「覚えておけ、こういうクズを生しておく意味はない。毒を持った獅子身中の虫など、チャンスがあれば即座に始末しておくものだ。放置すれば他の仲間を危険に晒すだけからな」


 冷たい声で私の目を見ながら術師服の男は言う。

 倒れているリバールはもう事切れている。


「ころしたの?」

「お前の代わりに殺してやった……と言いたいところだが、こちらの都合だ。コイツは我々にとっても生かしておけない男だったからな」


 術師服の男が立ち上がり、私の目を見る。


「久しぶりだな、リュミエール」


 ……

 えっと。

 誰だっけ?


「誰かと勘違いしてませんか?」

「は? 貴様はリュミエールだろうが。セアンス共和国の輝術師学校主席の」

「違いますけど……」


 あー、でもその名前どっかで聞いたことある。

 なんだっけ、えっと、えっと……


 ぽむ。


 そうだ思い出した。

 ビシャスワルトへの反攻作戦の代表を決めるときに勝手につけられてた偽名だ。

 五大国同士のバランスを取るために、私はセアンス共和国の代表ってことにされたんだった。


 あ、じゃあこの人って、以前に私と代表を争って戦った……


「マール王国の……えっと、えっと……」

「カリッサだ」


 そうそう。

 手が光る人だよね。


「こんな所でなにやってるんですか?」

「知れたこと。裏切り者を処刑する機会を窺っていたのだ」

「裏切り者ってリバールさんのこと?」

「そうだ」


 カリッサは憎々しげな表情で、もう動かないリバールを蹴り付ける。

 しんでる人をさらに痛めつけるのは良くないと思います。


「我々は現在、レジスタンスとして隠れ潜みながらエヴィルに対する反撃の機械を窺っている。リバールは我らの同志であったが、己の利益のためにクレアール姫を唆し、我々の元から連れ出したのだ」


 そう言えば最初に会った時、リバールはレジスタンスのことを悪く言ってたっけ。


「この男の口から情報が漏洩すれば、レジスタンスの本拠地はエヴィルの襲撃を受け、たちまちのうちに全滅するだろう。だから口封じをした。文句があるか?」

「いえ」


 そういうことなら仕方ないんじゃないかと。


「お前、自分の手が汚れなきゃ構わないタイプか」

「人聞きが悪いよ、スーちゃん」


 良い人がころされそうになったら全力で止めるし。

 今回は裏切ったリバールが悪いんでしょ?

 でもね。


「ただし、クレアール姫はころさせないよ」


 私は周囲に浮かべた火蝶をまだ消していない。

 カリッサが彼女を傷つけるなら、私は彼女を守るために戦う。


 だってクレアール姫はもう私の仲間だから。

 絶対に見捨てたりしない。


「それとも、連れ戻して利用するの? リバールがやろうとしたみたいに」

「正直に言えば、姫も一緒に殺すつもりであった。もはや王国は滅亡して久しく、今さら王家の生き残りを担ぐ意味も薄い。レジスタンスはその小娘を王として戴く気などさらさらないのだ」

「じゃあ……」

「待て、早まるな!」


 私が火蝶をけしかける気配を見せると、カリッサは慌てて両手を上げて止めた。


「我々はお前と敵対する意志はない。お前がクレアール姫を守ると言うのなら、大人しく彼女からは手を引こう」

「でも彼女が生きてるとマズイんでしょ」

「だから、お前と取引がしたいと思っている」

「取引?」


 私が表情を和らげると、カリッサは軽く息を吐いた。


「連れている難民をレジスタンスが保護しよう。その代わり、お前の力を我らに貸して欲しい」




   ※


 一夜明け。

 私たちは昨日の夜に張ったテントもそのままに、緊急会議を開いた。


「あのリバールが、そのような不埒な計画を企てていたとはな……」


 アグィラさんは顔を顰め、辛そうな声で呟いた。

 自分の欲望のためにお姫様を利用しようとして殺されたリバール。

 お姫様に忠誠を誓っていると思っていた同僚の裏切りはショックが大きかったみたい。


 ちなみに、クレアール姫はまだ気絶したまま。

 今はテントの中で横になっている。


「それで、これからどうするのが良いと思います?」


 これから一時間後には、昨晩会った場所でカリッサに返事をすることになっている。

 レジスタンスに参加するか、予定通り南の輝工都市アジールへ向かうか。

 私たちはすぐに今後の方針を決める必要がある。


「私はレジスタンスの方々にお世話になるべきだと思います」


 遠慮がちに手を上げながらレトラさんが発言する。


「まだ表面化はしていませんが、集団内にも不和の影が見え始めています。主に私たちの町の者と、後から合流した方たちの間で、ですが」


 エヴィルに支配されていた時よりマシとはいえ、先の見えない旅は精神的疲労が強い。

 毎日かなりの距離を歩いているので自然と疲れも溜まっていく。


 やっぱり、みんなストレスを感じてるみたい。

 レトラさんとしては、早く落ち着ける場所が欲しいらしい。


「アグィラさんは?」

「姫様とリバールが言っていたことは気になるが……」


 最初に会ったとき、二人ともレジスタンスをボロクソにこき下ろしてた。

 リバールは自分が裏切り者だったから当然そう言うだろうけど……

 クレアール姫はなんでレジスタンスを嫌ってたんだろう?


「私の考えですが、姫様はレジスタンスの方々がエヴィルに支配された町を無視し続けてるのが気に入らなかったのではないでしょうか? 彼らは相当に慎重な行動をしていると聞きますので」

「なるほど」


 クレアール姫は苦しんでいる人を放っておけない、良く言えば強い正義感を持っている。

 悪く言えば融通が利かないワガママっ子ってことなんだけど……


 なかなか行動してくれないレジスタンスに幻滅。

 そこをリバールにつけ込まれて、まんまと連れ出されてしまった。


 あり得る話だ。


「筋は通っているな。本人に聞いてみなければ真実はわからないが」

「起こしてきましょうか?」

「聞けばきっとレジスタンスとの合流に反対されるだろう」


 ですよね。


「じゃあ、アグィラさんも反対ですか……」

「いや、俺としては姫様をレジスタンスに保護してもらうべきと思っている」

「あれ、なんで?」


 てっきり、アグィラさんはクレアール姫の気持ちを尊重するもんだと思っていた。


「カリッサ殿は姫様を反乱の象徴として担ぐつもりはないと言っていたんだな?」

「言ってましたね。もう王国は滅んだから、王家の生き残りとか今さらどうでもいいって」

「ならばレジスタンスが姫様を悪し様に利用することはあるまい。下手に祭り上げられて矢面に立たされるよりも、安全なところに落ち着いて頂く方が好ましい。ご期待に添えないのは心苦しいが名」


 確かにあのお姫様、放っておいたらどこへでも飛んで行っちゃいそうだもんね。

 多少は不自由でも安全な場所でゆっくりしてもらった方が安心できる。


 でもそれって、クレアール姫にとって良いことなのかな?


「うーん」


 まあ、いっか。

 どうせ私も一緒に行くんだし。

 とにかく今は、みんなの安全が第一だ。


「じゃあ私もそれで良いと思います」


 そもそも当初の目的はレジスタンスとの合流だったんだし。

 向こうから接触してきてくれたんだから、運が良かったと思おう。

 それにもし万が一、レジスタンスの人たちが悪いやつらだったとしても……


 その時はリーダーとして私がみんなを守る。

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