607 裏切り者

 いなくなった二人はすぐに見つかった。


 流読みで周囲を捜索。

 裏の岩場に二人分の気配を発見する。

 こっそり近づいて、岩陰から様子を窺ってみた。


「こんな時間に呼び出して、いったい何のつもりですの?」


 苛立ち交じりのクレアール姫の声。

 どうやら二人とも、たったいま来たばかりみたい。

 リバールさんは腰を折って一礼してから、慇懃な態度で口を開く。


「夜分にお呼び出し奉り、ご無礼は重々承知の上。叱責は後に幾らでも受ける所存。しかし、それを押しても姫にお願い申し上げたき儀がございますれば」

「皆の前では言いづらいことですの?」

「左様にございます」

「いいですわ、仰ってごらんなさい」


 もう一度軽く頭を下げてから、リバールさんは言った。


「私と共にこの一団を脱し、西海岸へと向かって頂きたい」

「は?」


 それに対するクレアール姫の反応はとても冷たかった。

 何言ってんだコイツ……って言いたそうな雰囲気が伝わってくる。

 お姫さまに引かれているのにも構わず、リバールさんは繰り返しお願いを続ける。


「このままではレジスタンスに身を寄せていた時の二の舞になってしまいます。後生なれば、どうか、私の意見をお聞き届けください」

「いやいや……意味がわかりませんわ。だって、今はこんなに上手くやっているじゃありませんか。ルーチェ御姉様のおかげで多くの民を救えたのですよ」

「あの小娘を信じてはなりませぬ!」


 また小娘とか言う!


「姫は不思議に思いませぬか? なぜ、あのようなちっぽけな小娘が、あれほどまでに強力な輝術を操れるのかと」

「御姉様の努力の賜でしょう。何も不思議なことはありませんわ」

「努力などではありません。いいですか、やつの正体は……エヴィルなのです!」


 ぎくっ。

 ま、まさか……

 私が魔王の血を引いてるってこと、バレてる?

 でも、私は自分をエヴィルだなんて思ってないし、人間の味方するって決めたんだから!


「ばかばかしい。ルーチェ御姉様のようなお美しい方が、エヴィルであるはずがないではありませんか。くだらない妄想はおやめになってくださいな」


 私うつくしい?

 うつくしい?


 ……じゃなくて!


 クレアール姫、私のことを信じてくれてるんだ。

 なんて可愛くて素敵で良い子なんでしょう。

 最初ワガママ姫とか思ってゴメンね。


「で、わざわざわたくしを呼び出したのは、そのような妄想を語って聞かせるためでしたの?」

「妄想ではありませぬ! このままやつの策略にはまり、まんまとブルーサに向かえば、我ら全員を恐ろしい運命が待ち受けているでしょう!」

「具体的には?」

「あの小娘に全員まとめて食われてしまいます。やつは食人鬼の末裔なのです」


 いや、食べないけど。


 多分だけど、素性がバレてるわけじゃないみたいね。

 お姫様を私から引きはがそうとして適当なこと言ってるだけっぽい。


「お話にもなりませんわ。いいことリバール? 貴方は先の戦いで活躍できなかった己の不満を偽り、ルーチェ御姉様に不満を抱いているだけに過ぎませんわ。ハッキリ言えば単なる嫉妬です」

「くっ……」

「悔しいと思うのならばもっと己を磨きなさい。いくら貴方が私の筆頭護衛輝士と言えども、ルーチェ御姉様を侮辱することは許しませんわよ」


 クレアール姫、煽るなあ……

 ほら、リバールさん、わなわな震えちゃってるよ。


「なぜ……そこまで、あの小娘に肩入れするのですか」

「決まっていますわ。わたくしが御姉様を愛しているからです」


 えっ。

 それはどういう意味で?

 できればそういうのはやめて欲しいんだけど。


「……そうですか、わかりました」


 ちょっと、わからないで、とめてあげて。


「わかればよろしいのです。今後は心を入れ替え、皆のために精進を――」

「これ以上の問答は無用!」

「げっ!?」


 あっ、リバールさんがクレアール姫を殴った!

 彼女はモロにお腹に拳を突き込まれ、そのまま気を失ってしまう。


「ったく、手間かけさせんじゃねえよ馬鹿女が。散々尽くしてやった恩を忘れて、あんな小娘なんかに懸想しやがって。これだから温室育ちのメスガキは……」


 うわあ、本性を現しちゃったよ。

 とにかく今はクレアール姫を助けなきゃ。

 ちょっとアレだけど、私を慕ってくれてる子を見捨てるわけにはいかないよね。


「待ちなさい!」


 クレアール姫を肩に担いで連れ去ろうとしていたリバールに背後から声を掛ける。

 彼が振り向いた時には、すでに周囲に十七の火蝶を配置してあった。

 もちろん実際に撃つ気はない、ただの脅しだ。

 相手が抵抗しなければだけど。


「ちっ、またテメエかよ。毎度毎度厄介な小娘が……!」


 リバールは怯むことなく私をにらみ返す。


「クレアール姫をどうするつもりなの?」

「ああ? 決まってんだろ、安全な西海岸にお連れ遊ばすんだよ。なにせコイツは海洋王国復興に必要な大事な大事な王家の生き残りなんだからな」

「大事なお姫様を殴って気絶させるってどういうことなの……」

「仕方ねえだろ。この馬鹿姫があまりに言うことを聞かないんだからよ」 

「王家復興ならブルーサでやれば良いじゃない。なんで西海岸に拘るの? ちゃんとした理由があるなら、みんなで話し合えば……」

「それじゃ意味ねえんだよ! 俺様が片腕として姫を助けて、民の下へと導いたって事実がなきゃな!」


 ……ああ、そういうことか。

 つまりこの人はお姫様を利用して、自分が英雄になりたいだけなんだ。


 西海岸までの道のりは距離がありすぎる。

 皆で向かうとしたらリスクが大きい。


「一応聞くけど、このままクレアール姫を連れて行ったとして、残った町の人たちは?」

「ああ!? んなの知るかよ、役にも立たねえ民衆なんて勝手に野垂れ死ね!」


 うん、おっけー。

 こいつは私たちの敵だ。


「させないからね。貴方がひとりで西海岸に向かうのは止めないけど、クレアール姫は置いていって」

「はっ、テメエもやっぱり馬鹿姫を利用したいのか?」

「ちがうし」 


 を危険な目に遭わせたくないだけだから。

 まあ、こいつに言っても理解できないだろうけど。


「早くクレアール姫を降ろして。じゃないと、本当に攻撃するよ」

「くくくっ、やれるモンならやってみろよ」


 私の警告に対し、リバールは強気で返した。

 何か奥の手を持っているんだろうか。

 それとも、お姫様を人質に――


「俺様を攻撃したら最後。テメエは海洋王国輝士団すべてを敵に回すことになるんだぜ。なにせ俺様は輝士団でも最も位の高いロイヤルナイとぎゃあああああ!」


 とりあえず隙だらけだったので火蝶をけしかけ、足下を燃やしてみました。

 リバールは火を消そうとお姫様を投げ捨てて地面をごろごろと転がる。


 なにやってるんだろうこの人……


「テメエーッ! なにしてくれやがるんだーっ!?」

「いや、そっちこそなにやってるの」


 とりあえず気絶してるクレアール姫の近くに火蝶を配置。

 リバールが彼女に近寄れないようにする。


「俺様を攻撃するってことはなーっ! 輝士団を敵に回すことなんだぞーっ!」

「それさっきも聞いたけど……輝士団って、どこにいるの?」

「西海岸に行けば生き残った仲間が大勢いる! 俺様を慕うそいつらに命令すれば、テメエなんてあっという間にボロクズにっぎゃあああああ!」


 剣を抜こうとするそぶりを見せたので右手も燃やしておく。

 ころす気はないけど、これくらいなら後で治療できるから我慢してね?


「ねえスーちゃん。こいつ、これからどうしよう……」

「殺した方が良いぜ。こういうタイプに改心を求めるだけ無駄だ」


 後ろからひょっこりとスーちゃんが顔を出す。

 相変わらずものすごく過激な方法を提案するね。


「えー。でも、なにもころす必要はないんじゃないかな……」

「こいつは仲間達の結束を乱す敵だぞ。リーダーなら毅然とした対処を取るべきだろう」


 スーちゃんはニヤニヤ笑いながら私を見てる。

 私がそんなことできないってわかってて言ってるみたい。


「ロープで縛ってここに放置しておくのはどうかな? みんなには先に輝工都市アジールに向かったとか言っておけば大丈夫な気がする」

「それエヴィルに見つかるか飢えるかで確実に死ぬぞ」

「ちょっとでも生きられる希望があればいいんじゃないかな」

「お前、意外と残酷なこと考えるな……」


 さすがの私でも、こいつとこれからも仲良くしようとは思わないよ。

 せめて改心したフリでもしてくれればチャンスもあげられるのに。


「殺してやるーっ! コラーッ! テメーッ! 殺してやるから、さっさと俺様を治療しやがれーっ! 新しい剣も持ってこいーっ!」


 ほら、言ってること、わけわかんないもん。

 甘やかされ病はお姫様じゃなくて、こっちの方だったね。

 私は呆れてスーちゃんと顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめた。

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