602 正しいこと

 夜が明けて。

 私たちはエヴィルに支配された町へと向かった。


「くっふっふ。久しぶりの実戦は腕が鳴りますなぁ!」

「油断してはダメよ、リバール。輝術師様とよく協力し合いなさい」


 やたらテンションが高い青鎧輝士とお姫様。

 それに比べて、レトラさんたちはひたすら沈んでいた。

 エヴィルに支配された町なんて彼女たちには恐怖と嫌な記憶しかないだろう。


「聖女のおねえちゃん……」


 シスネちゃんが歩きながら私の手をぎゅっと握る。


「大丈夫だよ。みんなは私が守るからね」


 私はシスネちゃんを元気づけながらも、内心はため息を吐きたい気分だった。

 エヴィルとはできるだけ戦わないよう進むって決めたのに……

 なんで、こんな事になっちゃったんだろう。


「止めるなら今からでも遅くないぞ。リーダーはお前なんだからな」

「そうだけどさ。そんなこと言ったらあの人たち、また文句言うに決まってるし。最悪、自分たちだけで助けに行くとか言うかも知れないよ」

「……時には冷徹な判断も大事だぞ」


 スーちゃんはなんだか流されちゃった私を責めてるみたい。


 でも正直に言えば、町の人たちを助けたいって気持ちもあるんだ。

 冷静に考えれば後回しにするべきってことはわかるけど。

 前の町で、あんなひどい惨状を見ちゃったからさ。


 そうこうしてるうちに町が見えてきた。

 簡素な外壁に囲まれた小さな町だ。

 入口に特に見張りはいない。


 さて、それじゃ流読みで中の様子を探ってみよう。


「……ビシャスワルト人が三十六体。動物型の弱いエヴィルが十体。生き残ってる人は十二人で、みんな端っこの建物に集められてるね」


 私が手に入れた情報を呟くと、お姫様は驚いた顔で私を見た。


「貴女はそのような事までわかるんですの?」

「まあ一応」

「ふん、適当に言ってるだけじゃないのか?」


 もうリバールさんは無視。

 別に信じてくれなくてもいいよ。

 どうせエヴィルと戦うのは私なんだからね。


「ふむ……それくらいなら、何とかなりそうですわね。では皆さん、それぞれに武器をお取りになってくださいな! 皆の力で囚われの同胞を助け出しましょう!」

「はい?」


 またこのお姫様はなにを仰っておられるのか。


「あの、私がひとりで行きますから。みんなは危ないからこの辺りで隠れててもらいますよ」

「彼女たちとて微力ながら戦力になるでしょう? もちろん、わたくしも武器を取って戦いますわ! 貴女お一人に任せるなんて恥知らずな真似はいたしません!」


 自信満々に懐からペンみたいな細くて短いナイフを取り出して掲げるお姫様。


 いやいやいやいや。

 ほんと止めてくださいお願いだから。

 ついてこられたら余計に私が大変になるんですよ。


「しかし姫、御身を危険に晒す事には私も賛同致しかねます。この程度の規模の町ならば私とそこの小娘だけでも十分でしょう」


 青鎧のリバールさんが言った。

 あなたも来なくて良いんだけど……




   ※


 結局、珍しく意見の合った私とリバールさんの説得もあって、お姫様やレトラさんたちは近くの森の中で待機してくれることになった。


「姫様を頼んだぞ、アグィラ殿」

「承知。皆のことは任せてくれ」

「リバール。輝術師様。頼みましたわよ」


 アグィラさんにも残って皆のことを見ててもらう。

 万が一、外から来たエヴィルに襲われた時のためだ。


 まあ、近くに他のエヴィルの気配はないし、どっちでも大丈夫だろうけど。

 トラップ式の白蝶をいくつか残して行こうかとも思ったけど、お姫様が触っちゃうと危ないからやめておこう。

 

 と言うわけで、町に向かうのは私とリバールさんだけ。

それから私の側で浮かんでるスーちゃんも。


「おい小娘。モタモタして後れを取るなよ!」

「はいはい……」


 もう会話する気はありません。


「うおおおおおおーっ! エヴィル共、覚悟ーっ!」


 リバールさんは何故か大声を上げながら町の入口に向かって走って行った。

 この人の頭の中には奇襲とか隠密行動とかの概念は存在しないらしい。


「あーん? なんだ……」


 案の定、町の中から灰色の皮膚をした大柄なエヴィルが現れた。

 二足歩行で立ち、鼻の辺りに大きな三角ツノが生えている。


「犀獣族だな」


 スーちゃんが言った。

 中から感じる反応はみんなあれと同じだ。

 この町はどうやら犀獣族によって支配されているみたい。


「な、なんだ?」

「うおーっ!」


 犀獣族のひとはいきなり現れて絶叫を上げる人間に戸惑ってる様子。

 リバールさんは相手が身構える前に素早く接近し、片手剣を振り下ろした。


 かっきーん。

 くるくる。

 ざしゅ。


 折れた刃が宙を舞って、地面に突き刺さった音ね。


「ほら」




 ・犀獣族

 ビシャスワルト人の部族の一種、鋼のような皮膚を持つ。




 辞書ありがとスーちゃん。

 でも見ればわかるから。


「ば、馬鹿なっ! 剣が、折れただと!?」

「おいコラそこのヒト。どこから沸いて出たか知らないが――」


 犀獣族は殺気も露わに丸太のような腕を振り上げた。

 あーもう、仕方ないなあ。


「わざわざ死にに来るとは馬鹿なやつよごびょっ!」


 閃熱白蝶弾フラル・ビアンファルハ

 三連で撃ち出した超高熱の光が、サイの化け物の頭部を消し飛ばした。




   ※


「おのれ、ヒトめぇー!」

「なんだよ、なんなんだよお前は!?」

「畜生、一体どこから攻撃が――ぎゃーっ!」


 とにかく、やるなら徹底的にやらなきゃダメだ。


 町を占領して人々を苦しめるエヴィルに手加減は無用。

 片っ端から閃熱白蝶弾フラル・ビアンファルハでやっつけていく。


 鋼の皮膚って言っても、閃熱フラルなら紙の鎧も同然。

 頭と胴体の二箇所に打ち込めば大抵のやつはあっさり倒せた。

 前回みたいに過剰な攻撃は抑え、適度に輝力を節約しつつエヴィルを倒して廻る。


 あ、建物の角で待ち伏せしてるやつがいる。

 気配の真後ろに白蝶を二つ設置。

 姿を見ることなく撃ち倒す。


「ぐぺっ」


 さて。


 犀獣族はかなり好戦的な部族らしい。

 ほとんどの敵があっちから勝手に向かって来る。

 そのおかげもあって、あとちょっとで全滅させられるけど……


「す、すごい……! 凄すぎますわ、輝術師様!」

「あの、危ないからあまり動き回らないでくださいね」


 外で待っててって言ったのに……

 お姫様は私たちを追って町の中まで来てしまった。


「ふん。あの程度、王宮輝術師なら誰でもできるわ……」


 その隣ではリバールさんが苦々しげな顔で彼女を守っている。

 って言っても折れた剣しかないから、ただ横に立ってるだけだけど。


「とりあえず、町の人たちが捉えられてる所へ向かいましょう」


 前の町と違って、連れ回されてる人はいない。

 奥の建物に生き残りの全員が押し込められている。


 建物の前に辿り着き、扉にかけられたかんぬきを外して、中へ入る。

 室内は薄暗く、悪臭と呻き声の充満する惨憺たる有様だった。

 私はまず蛍光ライテ・ルッチで中を照らし、それから――


「みなさん、助けに来ましたわ!」

「ちょっ……」


 私の横を通り抜けて勝手に建物の中へ入っていくお姫様。

 一応確認はしてあるけど、まだ敵がいないとは言ってないのに!


「だ、誰……?」

「クレアールと申します。仲間と共に皆を助けに参りましたわ!」

「クレアール……まさか、姫様!?」

「ほ、本物?」

「ええ、もう大丈夫ですわよ!」


 お姫様は町の人たちを縛る縄をナイフで切っていく。

 床に膝をつき、服が汚れるのも構わずに。


「ひ、姫! そのような作業は我々が!」

「誰が助けるとか、そんなことはどうでもよいのです! それより貴方も手伝いなさい! 一刻も早く、皆を自由にして差し上げるのです!」

「はっ、ただいま!」

「……ああ、こんなに跡がついて。申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりに、民には苦労をかけて、本当に」

「姫様、そんな、もったいないお言葉でございます」


 お姫様はひとりひとりに言葉をかけながら拘束を解いていく。

 彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 私はそんな感動的な光景を眺めながらも、内心では複雑な気分だった。

 さて、勢い任せで町の人たちを救出しちゃったけど……


 これから、どうしよう。  

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