603 みんなのアイドル

「さあ皆さん、どんどん運んでくださいませ!」


 腕一杯に抱えた大量の荷物を台車の荷台に積んでいくお姫様。


「姫様、そのようなこと我々がやります!」

「力仕事は僕たちに任せて、お休みになっていてください!」

「なにを仰います。皆で運んだ方が早く終わるでしょう? 今は緊急事態ゆえ姫も民もなく、全員で協力して国難に当たる時なのです! オーッホッホッホ!」

「なんと麗しい……!」


 現在、町の人たちとお姫様は、協力して使えそうなモノを集めてる。


 助けた人たちには簡単な治療と洗浄をしてあげた。

 この町でも今までに多くの人がエヴィルに殺されたらしい。

 みんな、次は自分が殺される番かと怯えながら暮らしていたそうだ。


 そんな話を聞いてしまうと、助けに来たことは正しかったとも思える。

 けど……


「あの、お姫様」

「輝術師様! 民の治療、ご苦労様ですわ! 本当に貴女は何でもお出来になられるのですね!」


 簡易寝袋を運びながら尊敬の眼差しを向けてくるクレアール姫。

 どうやらずいぶんと気に入られてしまったみたい。

 親しげにしてくれるのは嬉しいんだけど……


「その台車はどうやって運ぶつもりですか?」

「もちろん、皆で交代に引いて運搬いたしますわ。我々だけが使うわけではありませんからね。持ち主の肩も当然、先に同行していた民も含めた全員の共同財産とすること、了承してくださいましたわ!」


 お姫さまは胸を張って答える。


 彼女はたぶん、少しでも旅を楽にしたいと思って、善意でやっているんだろう。

 でも、台車を引いていくとなると、今までみたいな険しいルートを通れなくなる。


「そうじゃなくて、森とか岩場とか、台車を押していけないような所はどうするんですか?」

「? 街道を通れば良いではありませんか」


 彼女は私の質問に不思議そうに首をかしげる。

 やっぱり深く考えてなかったか……


「それじゃエヴィルに見つかっちゃいますよ。この辺りはまだまだ危険なんですから」

「何を仰います! 貴女のような素晴らしい輝術師様がいて下さるのなら、エヴィルなど何十体来ようが敵ではありません! もっとご自身に自信を持ってくださいな!」


 だーかーら。

 前の話、ちゃんと聞いてた?


「あのですね。この前も言ったけど、私はしっかり休まないと輝力が回復しないんですよ」

「では敵襲があるまでごゆっくりお休みくださいませ。貴女は運搬役のローテーションから除外いたしますし、ルート選びも我々に任せてくださって結構ですわ」

「いやほんと。あんまり人が増えると守り切れないんです」

「心配せずとも大丈夫です。そうそう敵に見つかることなどありませんわよ」


 それ根拠なく適当に言ってるだけですよね。

 どうしよう、話が通じないよう。


「それに、ご覧下さいな。彼女たちの姿を」


 彼女は大げさに手を拡げ、荷物を運んでいる町の人たちを振り返った。

 そこには開放された喜びを全身で噛みしめる笑顔の人々がいる。


「貴女がお救いになった民です。みな良い顔をしているでしょう? 輝術師様の活躍がなければ彼女たちは今も絶望に沈んでいたのです。彼女たちが笑顔でいられるのは、貴女のおかげなんですわよ」


 うっ。

 それを言われると、悪かったとは言えない……


「それでは、失礼いたしますわ! オーホッホッホ!」


 お姫様は満足そうに笑いながら台車の方に歩いて行った。




   ※


「さあ皆さん、がんばってくださいな! もう少し歩いたら休憩いたしますわよ!」

「はい、姫様!」


 自ら台車を引きながら、周りの人たちを鼓舞するお姫様。

 私たちは新しく加わった人たちと一緒に西へと向かう街道を歩いていた。


「実際、すごくいい人ではあるんだよね……」


 クレアール姫は皆から非常に慕われている。

 今回助けた街の人たちはもちろん、最初にいたメンバーからもだ。


 最初はワガママそうなイメージが強かった分、これはちょっと予想外。

 近寄りがたい雰囲気を出してたリバールさんが黙ってるおかげもあるかもしれない。


 そんな中、先頭を歩く私はスーちゃんとこっそり相談していた。


「正直、あたしの予想ともかなり違っていた。あいつらのせいで一行がめちゃくちゃになるくらいなら、その時は冷徹に排除することも考えろって忠告しようと思っていたんだが」

「むしろ一体感が出てきたよね。リバールさんは不機嫌そうだけど」


 青鎧のリバールさんは一行の一番後ろで「無礼な……無礼な……」とか呟いてる。

 さっきの戦いで役立たずだったのがショックだったのかもしれない。

 あれ以来、私につっかかってくることもなくなった。


「これが単なる平和な旅なら、あいつみたいなリーダーは貴重だよ」

「やっぱり私じゃダメですか……」

「ダメじゃないが、向き不向きってものがある。あいつは生まれついての偶像アイドルなんだよ。平時ならきっと立派な指導者になってただろうな」

「となると、残った問題は」

「お前の輝力残量だな」


 私も正直に言えば、支配されて苦しんでる人たちを放っておくのは嫌だ。

 できるなら彼女が望むように、行く先々で町を開放していきたい。


「こうなったら、方針を変えるか」

「どんな風に?」

「お前の輝力を適時回復させる手段を探すんだ。具体的には――」

「っ、ちょっと待って!」


 流読みの常時感知限界ギリギリにエヴィルの集団が現れた。

 かなりの速度で、まっすぐこちらに向かって来ている。


「敵か」

「私たちを狙ってるのかな」

「町を二つも開放したんだ。いい加減に反逆者の存在にも気付く頃だろうさ」


 エヴィルの進行方向を考えると、さっき開放した町に向かってるみたい。

 だけど、町からここまではほぼ一直線だから、このままじゃ間違いなく遭遇する。


 とりあえず、皆に知らせなきゃ!


「エヴィルが近づいてますよ!」


 私が告げると、全員に緊張が走った。

 訓練をしていた初期メンバーの人たちはすぐに避難を……

 しようとしたけれど、ここは街道のど真ん中だから、隠れる場所なんてどこにもない。


「ど、どうしましょう、ルーチェ様!」


 レトラさんが慌てて駆け寄って来る。

 どうしようもなにも、ここじゃどうしようもない。

 こうなったら、被害を出す前に急いで敵を全滅させるしかない。


 ……と思っていたら。


「輝術師様! 敵との遭遇までに掛かる時間はどのくらいですか!?」


 お姫様から急にそんな質問をされた。


「えっと……この速度と距離ならなら、二十分くらいは掛かるかも」

「なら余裕はありますわね。すぐに擬態の準備に取りかかりますわ!」


 ぎたい?


「戦闘はできるだけ避けた方が良いのでしょう?」


 クレアール姫はそう言いながら、台車から巨大な布を引っ張り出した。

 何人かの人に指示を出し、その布を全員に行き渡らせる。


「輝術師様、敵が視界に入る前に空間スパディウムを掛けてください」

「え、あっ。はい」

「皆はそれを頭から被って地に伏せてください!」


 お姫さまに言われた通り、みんなで布を頭から被る。

 三つある台車もすべて同じ布で覆ってしまう。


「あの、何するつもりなんですか? まさかこんなのでやり過ごせるとは……」

「ご安心くださいな。わたくしも初歩の輝術くらいなら使えるんですのよ」


 彼女は自信満々にニヤリと笑い、古代語で輝言を唱え始めた。


空間絵画イマゲン・ミミカ!」


 声高に術名を叫ぶ。

 すると、布を被っていた人たちが、


「えっ?」


 消えてしまった。

 まるで、最初から何もなかったように。


「えっ、えっ。みんな、どこに行っちゃったんですか?」

「ご安心ください。そこにいますわよ」


 私はしゃがみ込んで目の前の空間に手を伸ばす。


「きゃはは! 聖女のおねえちゃん、くすぐったい!」


 指先に柔らかい感触が伝わる。

 何もない場所からシスネちゃんの声が聞こえてきた。

 よく見ると、その部分だけがうっすらと歪んでいるように見える。


「平面に背景と同色の絵を描いて身を隠す術です。遠方からの目眩ましには十分でしょう?」

「へえ……」


 私は素直に感心した。

 ただのワガママなお姫様だと思ってたのに。

 まさか彼女がこんなすごい輝術を使えるなんてね。


 先生の无天聖霊魂玲瓏陣パーフェクトバニッシュと比べると、気配までは消せないし、よく見れば不自然さも見えてくる。


 それでも、遠くから発見されないようにするくらいなら、これでも十分だ。


「と、言うわけです。皆さん、起きて下さいな!」


 ぱんぱんと手をならすお姫様。


「このまま隠れてるんじゃないんですか?」

「接敵まで二十分あるのでしょう? ずっと伏せたままでは皆も疲弊してしまいますわ。それに、もう少し街道から離れませんと」

「ふわー」


 確かにこれなら、歩きにくい森の中をわざわざ歩く必要はない。

 あとは私が空間スパディウムで気配を消しちゃえば完璧だ。


「とは言え、確実に見つからない保証はありません。万が一の時はよろしくお願いしますわよ」

「は、はい」

「……こりゃあ、思わぬ拾い物だったかもな」


 スーちゃんもそう言ってニヤリと笑った。




   ※


 エヴィルの大群が近づいてくる。

 私はお姫様と一緒に一枚の布を被っていた。


 周囲に空間スパディウムをかけ、息を潜める。

 街道から少し離れた場所で蹲る私たちにエヴィルは気付かない。


 結局、そのまま通り過ぎてしまった。


「やり過ごせたようですわね」

「ですね」

「輝術師様があらかじめ敵の接近を教えてくださったおかげですわ」

「そんな。クレアール姫の輝術のおかげですよ」


 お世辞じゃなく本当にそう思う。

 私にはこんな風にみんなを隠れさせることはできない。


 エヴィルの気配が完全に去るのを待ってから、私たちは再び移動を開始した。

 この調子なら、この先もエヴィルに見つからず行けるかもしれない。

 エヴィルに襲われた町を開放しながら進むこともできるかも。


 ただ、ひとつだけ気がかりなことがあるとするなら……

 リバールさんがさっきから、私の事をものすごい目で睨んでるってことなんだけど。

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