599 頑張りすぎ

 北西方向、五・六七キロ地点。

 獣人型エヴィルが三体、南西に向かって徒歩で移動中。

 現在の進路では接敵する可能性は低いけど、引き続き十分な警戒が必要。


 南南西、八・一九キロ地点。

 推定妖魔型エヴィルが二体、真北に向かって飛行モードで移動中。

 移動速度はやや速め、進路のズレはあるものの、今後の進路次第では接触の恐れも……


「おい、気を張り詰めすぎだ」


 全力の流読みで感覚を拡散しつつ、周囲を警戒しながら歩いている私。

 そんな私の目の前にスーちゃんがいきなり飛び込んできた。

 とっさに避けきれず、スカッと体を通り抜ける。 


「なによ、スーちゃん」

「さっきからブツブツ独り言を呟いてる事、自分で気付いてるか?」

「わかってるけど、気は抜けないでしょ」


 時間短縮のため、私たちはできる限り進路を変えずに行くことになった。

 エヴィルが近くにいたとしても、接触する可能性が低ければ、そのまま進み続ける。


 みんなの安全を考えるなら、前以上に警戒するのは当然のことだよね。


「限度ってものがあるだろ。常にそんな状態じゃお前の体力が持たないぞ」

「でも、私はリーダーだから、もっと皆のために頑張らなきゃ……」

「わかった、あたしが悪かった。とりあえず今日はもう休め」


 なんなのよ、もう。


 茜色の空を見上げる。

 今の正確な時刻はわからない。

 けどたぶん、日没にはまだ早いと思う。


「一時休憩です!」


 レトラさんの号令に従って、町の人たちは背負っていた荷物を下ろした。


 その場でいきなり座り込むんじゃなく、ちゃんとみんな空から見つからないよう、木陰に身を隠して休憩を開始する。


 みんなすごいしっかりしてる。

 訓練の成果はばっちりだね。


 と、彼女たちの輪からシスネちゃんが出てきて、トコトコと私に近寄ってきた。


「聖女のおねえちゃん、おつかれさま!」


 そういって差し出してくれたのは、貴重なアップルジュースの入った水筒。


「くれるの?」

「うん。いつもありがとう!」


 水筒を受け取り、中身をカップに空けながら私は彼女に尋ねる。


「シスネちゃん、ずっと歩きっぱなしだけど、疲れてない?」

「ちょっとたいへんけど、まだまだ大丈夫だよ」

「嫌なこととか、辛いこととかあったら、すぐに知らせてね。忙しくてみんなのことあまり気にかけてあげられてないから……」

「そんなことないよ! 聖女さまのおかげで助かってるって、みんなおねえちゃんに感謝してるよ!」


 うわあ、嬉しくて泣きそう。

 リーダーやっててよかった……


 カップの中のジュースを飲み干したら、なんだか急に眠くなってきた。

 私はその場で横になり、少しだけ休ませてもらうことにした。




   ※


 目が覚めたら、空は真っ暗だった。


「あっ、わ、私、寝ちゃって……!」


 焚き火がパチパチ音を立てている。

 起き上がって、すぐに空間スパディウムの術をかけた。

 これで気温を保てると同時に、多少の気配なら外に漏れなくなる。

 夜中に休む時の必須輝術だ。


 流読みで周囲にいるエヴィルの気配を探る。

 とりあえず十キロ周囲に反応はなし。

 ふう、一安心……


 ああ、でもダメだ。

 一休みのハズが、寝ちゃうなんて。


「ごめんなさい……」


 私はみんなに謝った。

 けれど、返ってきた反応はちょっと意外なものだった。


「そんな謝らないで下さい」

「ずっと気を張り詰めていたんですよね」

「聖女様が疲れてるのに気づけなくて、こっちこそごめんなさい」

「みんな……」


 うるうる。

 みんな、いい人たちばっかりだあ。


「アグィラさんが野うさぎを狩ってきてくださったんです。たくさんあるから、みんなで食べましょう」


 よく見ると焚き火の上にはお鍋が吊してあった。

 そのままこの日はみんなで夕食タイム。


 味付けもなにもないジビエ。

 お腹の奥に染みこむくらい美味しかった。




   ※


「さて、飯も食ったし反省タイムだ」


 夕食後の話し合い。

 参加者は私、アグィラさん、レトラさんで、スーちゃん。

 スーちゃんを中心に四人で輪になって、私は背筋を伸ばして姿勢を正す。


「今回はさすがあたしが悪かった。ルーチェはもうちょっと楽にしろ」


 あ、名前で呼んでくれた。

 てっきり怒られるかと思ったのに。

 スーちゃんの優しい言葉にビックリしたよ。


「えっと……」

「リーダーだからって、お前ひとりに責任を背負わせるつもりはないんだ。いくらなんでも四六時中気を引き締めてなくて良いんだぞ」

「急がば回れと言うが、君が体を壊しては何もならない」

「ルーチェさんに感謝していない人なんて誰もいませんよ。私が保障します」


 おおう、なんかみんな優しいよう。

 私の頑張りを認めてくれてるのかな?


「でも、そんなに無理してるつもりはないんだよ」


 たしかに今日は疲れて眠っちゃったけど……

 流読みを意識して続けた甲斐があって、すごく感覚が研ぎ澄まされてる。

 それほど気を張らなくても、今は周囲一〇キロ以内の様子なら、手に取るようにわかる。


 戦闘に関してもそうだ。

 やれることを試せば試すだけ、自分の力になっていくような感じがする。


「あっ」

「どうした?」

「人間の反応がする」


 私が流読みで何かを感じられるのは、およそ周囲一〇〇キロくらいまで。

 その中にはエヴィルが支配してると思われる町もある。

 少しだけど人間の気配も感じられる。


 けど、これはそれとは違う。

 ある地点にいきなり人の気配が現れた。

 外から入ってきたわけじゃなく、本当に突然出てきた感じ。


「どういうことだ、一体何を感じた?」

「わからない……人が急に現れて、エヴィルの町の方に向かってる」


 ここからの距離はおよそ二〇キロ。

 様子を見に行くには少し遠すぎる。


 人の気配はやがてエヴィルの町の近くに辿り着いた。

 しばらく周りをうろうろしていたけれど、やがて唐突に消失する。


「消えた……」

「エヴィルに殺されたのか?」

「違うと思う。近くに他の気配はなかったから」


 一体何なんだったんだろう?

 私の流読みから逃れることのできる人間。

 どうやらその人は、エヴィルに支配された町を探ってるみたいだった。


あ、もしかして……!


「レジスタンスの斥候か」

「そうかもしれない」


 エヴィル相手に抵抗を続ける、マール海洋王国のレジスタンス。

 今まではどこを拠点にして、どんな風に活動してるかも不明だった。


 けど、もしかしたら、これが彼らを探す手がかりになるかも!




   ※


 そして翌日。

 今日は昨日の遅れを取り戻さなきゃ。


 朝ご飯は昨日のお肉の残りを燻製にして、パパッとすませる。

 日が昇ると同時に出発だ。


 私はひたすら前を見ながら歩く。

 瞳には景色を移しながら、頭では流読みで得た周囲の状況を把握。

 ほんの少しまではかなり集中力がいる作業だったけど、今はわざわざ言葉にしなくても大丈夫。


 どこにどれだけの生き物がいるのか、手に取るようにわかる。

 一番近いエヴィルはここから三キロくらい先の位置に……


「あっ!」

「どうした!?」

「また、急に人の気配が現れた!」


 しかも、一番近いエヴィルのすぐ側だ。

 現れた人物の気配は、二つ。

 片方はとても弱々しい。


 近くにエヴィルがいることに気づいているんだろうか?

 あの位置じゃ、下手したらすぐに……


「見つかった!」


 人の気配が移動を開始する。

 それを追って近くにいたエヴィルも動く。

 ここから少し離れた場所で、全力の追いかけっこが始まっている。


「アグィラさん、レトラさん! 私、ちょっと行ってこようと思います!」


 レジスタンスの手がかりになるかも知れない。

 それ以前に、放っておいたら間違いなくエヴィルにやられてしまう。


「わかった。気をつけてな」

「どうかご無事で」


 アグィラさんたちは揃って頷いた。

 彼らの同意を得て、私は炎の翅を広げて飛び立つ。

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