598 安全な旅

「エヴィルが空から近づいてきました!」


 私が呼びかけると、みんなが一斉に動き出す。

 持っていた荷物を木陰に放り投げ、一箇所に固まって息を潜める。


「ラスティ、そこじゃ空から見えてしまうわ! 隣の木陰に移動して!」

「は、はい!」


 小さい子を中心に、大人たちがその周囲を取り囲む。

 戸惑ってる人へはレトラさんが周りをよく見て適確に指示を出す。

 少し離れた場所では、アグィラさんが短剣を手に周囲の様子を窺っていた。


 私は木々の隙間から空を見上げる。

 茜色の空には……何もいない。


「おっけーです! だいぶ素早くできるようになりましたね!」


 はぁ~、とみんなから安堵のため息が漏れる。




   ※


 これは襲撃を仮定しての訓練。


 今の私たちは十三人(スーちゃん含む)という大所帯。

 エヴィルの支配地域を歩いて抜けるには、ちゃんとした規律が必要だ。


 とっさの時にパニックならないためにも。

 誰かの勝手な行動でみんなをピンチにさせないためにも。

 普段からこういった連携ができるようになっておかないと困ってしまうから。


 そういうわけで、時々こうしてみんなで訓練をすることになった。

 ちなみに提案したのはアグィラさん。


 私が無限に戦えるわけじゃないってことは、もうみんなも知っている。

 いざって時は頑張るけど、何でもできるわけじゃない。

 文句を言う人は誰もいなかった。


「スーちゃんの心配しすぎだったね」

「ふん」


 町を出るのが遅くなったことも、ちゃんと注意したら、みんな反省してくれた。

 彼女たちは生きるか死ぬかの辛い日々を耐え抜いた人たちだもの。

 助かったからって急にワガママになるわけないんだよ。


「ルーチェさんは褒めてくださいましたが、もうちょっと素早く行動できるはずです。特に子どもたち、避難の声が掛かったら、まずは持っている物を落とさないよう抱えなさい」

「はい!」


 あっちではレトラさんが訓練の反省会をしていた。

 年長者ということで、彼女が町の人たちの代表をやっている。


 私からみんなへ、みんなから私へ。

 言いたいことがあれば、彼女を通してちゃんと意見が伝わる。

 これは私が誰かの個人的な願望に左右されないようにっていう配慮らしい。


 そこまで心配しないでも大丈夫だと思うけどね。

 念のため、誰かに不満があったらすぐ伝えてくださいとは言ってある。


 リーダーだし、責任は重大だからね!


「聖女殿、ちょっと良いか?」

「あ、はい!」


 アヴィラさんが私を呼んでいた。


「先ほど教えてもらったエヴィルの配置からルートを考えてみたんだが……」


 精密な図形を書き込んだ大きな紙を広げ、ペン先でなぞって行くべき道を伝える。


「こんなのはどうだろうか? 多少遠回りだが難所も少なく、結果的にはまっすぐ行くよりも早く抜けられると思うのだが」


 私たちはエヴィルに発見されないよう、慎重に移動しなきゃいけない。

 そうすると、どうしても開けた場所や、しっかりした道のある場所は通れなくなる。


 私の伝えたエヴィルの位置を元に、実際に行く道を考えるのは彼の仕事だ。

 崖や岩場なんかの難所を抜ける時もアグィラさんの知識は大いに役に立つ。


「良いと思います、それで行きましょう!」

「ありがとう。また周囲のエヴィルに動きがあったら教えてくれ」

「はい!」


 流読みを使って、エヴィルの動きを伝えるのは私の役目。

 意識を集中すれば、どこにどれだけの脅威があるのかはすぐわかる。


 今もこの近くにはいないけれど、周囲一〇〇キロまで感覚を広げれば、かなりの数のエヴィルがあちこちに散らばってることがわかる。


「しかし、改めて凄まじい索敵能力だな。これだけの情報が労せず手に入るのなら、安全な場所まで無事に辿り着くのも難しくないだろう」


 アグィラさんに褒められたよ、わーい。


「あとの心配は、こいつが余計な気を起こさないかってことだな」


 と、スーちゃんが喜んでる私に水を差すようなことを言う。


「余計な気ってなによ」

「勢いに任せて保護対象を増やすなってことだよ。今も近くにある町に突っ込みたくてうずうずしてるだろ」

「うっ……」


 そ、そりゃ、輝力も多少は回復してきたし。

 思っちゃうのは仕方ないじゃない。


「見捨てるわけじゃない、後回しにするだけだ。それを忘れるなよ」

「わ、わかってるし」


 これは四人で決めた方針。

 途中でエヴィルに支配された町があっても、助けないこと。

 ただでさえ多い人数が、これ以上増えたら本当に移動困難になってしまうから。


 今も私は一〇〇キロ圏内に二つの町があることを捉えてる。

 エヴィルが集まる中に少数の人間の反応が感じられる。


 この前みたいに突っ込めば、その人達を助けることは、たぶんできる。

 だけど、それは今いる人たちの危険を増やす行為だから。

 私は心を鬼にして自重しなきゃいけない。


 まずは、ここにいるみんなを安全な場所に連れて行くこと。

 それがリーダーとしての私の役目だ。


「ところで、レジスタンスの人たちってどこにいるんでしょうね?」


 レジスタンスと合流するって方針は立てた。

 けど実は、その人達に関する情報はほとんどないも同然だ。

 アグィラさんや町の人たちも、噂で聞いたがことある程度でしかなかった。


「とりあえず西に向かうしかないだろうな」


 エヴィルの占領地帯のど真ん中で活動してるわけないしね。

 運良く出会えたらラッキーだけど、最悪このまま西海岸に行く可能性もある。


 そのためにも、私は流読みで定期的に周囲の探索を……


「あっ」

「どうした?」

「エヴィルがこっちに近づいて来ます」


 私の声が聞こえたのか、後ろを歩いている町の人たちが緊張したのが伝わる。


「すぐ隠れますか!?」

「ううん、近づいてるって言っても、まだかなり遠いから」


 まだ距離は一〇キロ近く離れてる。

 しかも、私たちに気付いてるって感じでもない。

 たぶん偶然こっちに向かって移動しているだけだと思う。


「一応、進行方向を変えましょうか、アグィラさん」

「わかった。すぐに計画を立て直す」


 数は二体だけだから、やっつけて進むこともできるけど……

 やっぱり、可能な限り戦闘は避けたいからね。


 私たちはルートを変え、エヴィルをやり過ごすことに成功した。




   ※


 そんな感じで、安全策をとりながら、ゆっくりと進んでいた私たちだけど……


「少しペースが遅すぎるな」


 移動を始めてから三日後。

 歩きながら、ふとアグィラさんが呟いた。


 進行方向にエヴィルがいるたびに大きくルートを変えている。

 歩きづらい森の中、子ども連れであっちに行ったりこっちに行ったり。

 

 その上、夜は早めにキャンプを張るので、一日に進める距離は長くない。

 狭いテントにぎゅうぎゅう詰めで眠るから、体力も回復できてるとは言い難いし。


 みんなの疲労も多く、思った以上にずっと時間が掛かってる。


「よし、ちょっと休みましょう!」


 私の提案でしばし休憩タイム。

 その間に私とアグィラさん、レトラさんで話し合い。

 議題は『もうちょっとエヴィルに近づいても大丈夫かな?』です。


「こちらに向かっているわけでなければ、それほど恐れることもないのではないのだろうか」

「安全策を取りすぎて緊張感を失ってるところもあります。前回の避難訓練では、初めて前回よりも時間が掛かりましたし」


 うーん。

 私としては、このまま安全に進みたいと思うんだけど……


「仮にレジスタンスに会えないまま西海岸まで行くとして、このペースだと三ヶ月は掛かるな」


 スーちゃんが致命的なことを言った。


「ペースアップかレジスタンスに関する積極的な情報収集。このどっちかは必須だぞ。このままの状態で歩き続けるなら、後で必ずしわ寄せが来るってことだけは頭に入れておけ」


 うっ……


「二人の意見をよく聞いて考えろ。最終的に決めるのはお前だけどな」


 ううっ、リーダーって大変だあ。

 そういえば、新代エインシャント神国に向かってた頃。

 ビッツさんはよく、私たちの無責任な意見をまとめてくれてたなあ。


 話し合いの結果、情報収集はとりあえず保留で。

 哨戒してるエヴィルに関しては、もう少し近い距離まで寄っても、ギリギリまで進路を変えないことに決めた。

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