597 責任

「もうひとつ、たとえばの話をしよう。ここでお前が『やっぱり皆を放ってひとりでファーゼブル王国に帰ろう』と言いだしたら、こいつらはどうなる?」


 スーちゃんが嫌な質問をする。

 もちろん、私はそんなことしない。

 でも、仮にそうしたらって考えるなら……


「我々は野垂れ死ぬしかないな」


 私が答えるより先に、アグィラさんが言った。


「そんなことは……」

「あるんだよ。いい加減に理解しろ」

「なんでさっきからスーちゃんは怒ってるの?」

「怒ってるわけじゃない。お前に自分の立場を理解させたいんだ」


 理解はしてるよ。

 戦えるのが私だけなんでしょ?

 だからって偉そうに振る舞ったりしたくないし。


「お前は魔王を倒してこの世界ミドワルトに平和を取り戻したんだろ?」

「……そうだよ」


 スーちゃんに言われて私は再確認する。

 人類のために戦うって決めた、私の最終目的。

 そのためにはまず、目の前の人たちから守っていかなきゃ。


「じゃあ、それを踏まえた上で、あたしの意見を言うぞ?」

「うん」

「こいつらのことは放ってひとりでファーゼブル王国に戻れ」

「はあ!?」


 なんで今の流れでそうなるのよ!


「意味わかんないんだけど!」

「わかれよ。お前の目的を第一に考えたら、こいつらを守って西の果てまで行くのは時間の無駄なんだ」

「無駄って事はないでしょ!? 人の命が掛かってるんだから! ねえ、レトラさん!」


 私は同意を求めてレトラさんの方を見た。


「……」


 ところが、彼女は無言のまま俯いている。

 あれれ、遠慮しないでいいから、言ってあげてよ。


「いや、その妖精の言ってることは正しい」

「アグィラさんまで……」


 なんでなんで、みんなして。

 もっと自分のことを大切にしようよ。


「だが、お前があたしの言うことに従う必要はない」

「あたりまえだよ! そんな無責任なこと絶対しないし、させないし!」

「なぜなら実際にこいつらを守るのはお前だからだ。お前が守りたいと思うなら守ってやればいい。あたしはその決定に従うしかない」


 あっ、そこに話を持っていくの?


 なんだ、そういうことなのね。

 スーちゃん、わざとあり得ないこと言ったんだ。

 それで私に「リーダーだから責任をもって、間違ったことはしちゃダメだぞ」って伝えようと――


「まあ、それでもあたしはこいつらを放って置くべきだって主張するけどな」

「なんでよ!?」


 うわあ、もう意味わかんない!

 結局スーちゃんは何が言いたいのか!


「私からも一つ、仮の話だが……」


 私が混乱していると、今度はアグィラさんが質問をした。


「君が我々と共に行動してくれるとして、これから西に向かう先で、いくつものエヴィルに支配された町を見ることになるだろう。はたして君はその度にすべての町を開放していくだろうか?」

「そりゃ、するでしょ」


 レトラさんたちの町は本当にひどい惨状だった。

 エヴィルが自分たちの欲望のために人間をオモチャにする。

 あんなの絶対に許せるわけないし、また見かけたら必ず助けてあげるよ。


「助けた人間はどうする?」


 スーちゃんが冷たい感じで質問を重ねる。


「どうするって……」


 そのまま放っておく……のはダメだよね。

 また別のエヴィルがやってくるかもしれないし。

 だから、当然安全な場所に連れて行くために一緒に……あれ?


「一〇の町を開放して、その度に十人ずつ同行者が増えたとして、気がつけば一〇〇人の大所帯。極力エヴィルとの戦闘を避けたいと思っても、その大人数での隠密行動は無理だ。いくらお前が敵の接近に気づづいたところで、効率良く全員が隠れるのは不可能だろう」


 それは、確かに……


「人数が増えれば増えるほど、全員を守ることも難しくなる。町を開放して回れば別のエヴィルからも必ず目をつけられる。敵の攻勢は激しさを増し、輝力を回復する余裕もなくなって、いつかは犠牲者が出る。最悪、お前自身が力尽きて倒れる可能性もあるんだ」

「……」


 私の輝力は無限じゃない。

 いつまでも全力で戦い続けられるわけじゃない。


「ハッキリ言うぞ。現状、すでに人数が多すぎるくらいなんだよ」


 手間と、時間と、輝力容量。

 これからはよく考えていかなきゃいけない。

 目の前の人たちすべてを助けようなんていうのは……


 と、これまで黙ってたレトラさんが、急に私に向かって頭を下げた。


「輝術師さま、お願いします、私たちを見捨てないでください!」

「れ、レトラさん? なにやって……」

「命を救って頂いた上に、恥知らずな願いとは重々承知しております。ですが、どうぞ、どうぞ、我々にお慈悲を! 町の者たちに希望をお与えください……!」


 彼女は床に頭を擦りつけ、気の毒なくらい必死になって懇願する。

 その相手は偉い王さまや輝士さまじゃない。

 私だ。


 命を預かる責任。

 さっきスーちゃんが口にした言葉。

 その意味が彼女の今の姿を見て、なんとなくわかった。


「頭を上げてください。そんなこと、しないでください」


 肩に触れると、レトラさんは恐る恐る顔を上げた。

 彼女の瞳には強い怯えの色が浮かんでいる。

 見捨てられるかもしれない恐怖に。


「俺からも改めて頼む」


 アグィラさんも私に向けて深々と頭を下げた。


「君の目的を考えれば、俺たちは足手まといでしかないのだろう。最悪、俺のことは切り捨ててもかまわん。だが、どうかシスネやパロマを見捨てないでやってくれ」


 ものすごく変な気分だった。

 こんな大人の人たちに頭を下げさせてしまうなんて。


「……スーちゃぁん」

「少しはわかったか? 今の自分の立場が」


 こくこく。

 私は何度も頷いた。


 自分の行動一つで、みんなの運命を変えてしまう。

 それが今の私なんだ。


「さて、その上でだ」


 スーちゃんの表情からスッと険がとれる。


「お前にすべてを押しつけるなんて無責任なことは言わない。あたしと、こいつら二人。それぞれの意見を聞いて、お前が最終的に一番良いと思うことをするんだ」




   ※


 ということで、私たちは四人で今後のことを話し合った。


 スーちゃんが私のことを大事に考えて、あんなことを言ってるってことはわかった。


 でも、みんなを見捨てるのは絶対却下。

 私が勝手に町の人たちを解放したって理由もあるし……

 それに、アグィラさんには寝てる間に面倒を見てもらった恩もあるから。


 ただ、最初の予定通りに島嶼部を目指すのは、あまりに時間が掛かりすぎる。


 エヴィルの侵攻は今も続いている。

 こうしてる間にも、人類はどんどん窮地に立たされてる。


 私には戦う力がある。

 だけど、一人でいつまでも戦えるわけじゃない。

 組織的な侵攻をしてくるエヴィルには、こっちも組織的に対抗しないとダメだ。


 できるだけ素早く町の人たちを安全な所へ連れて行って、これからエヴィルと戦う上で、信頼できる仲間を求めなくちゃいけない。


 結論。

 レジスタンスの人たちを探して合流しよう。


「ってことで、どうでしょう?」


 私は他の三人に確認をとった。


「俺としては願ってもないことだ」


 元からレジスタンスと合流するつもりだったアグィラさんは何の異論もないみたい。


「私もかまいません。見捨てないでくださってありがとうございます、ルーチェさま……」

「いえいえ。困ったときはお互い様ですから」


 スーちゃんが脅したせいで、レトラさんは終始萎縮した様子だった。

 今まで苦労した分、彼女を含む町の人たちには、ちゃんと腰を落ち着けてもらいたい。


 町を支配していたエヴィルから解放されたとは言え、まだまだ楽観できる状況じゃない。

 勝手な振る舞いが全員を危険に晒す可能性がある。

 そのことは彼女の方から町のみんなに言って聞かせてもらうことになった。


 移動中にエヴィルが現れた時の対処法も、あとでまとめてみんなに伝えておく。


「スーちゃんも、それでいい?」

「言っただろ。あたしはお前の決定に従うさ」


 さんざん煽ってくれちゃったくせに、よく言うよ。


「それじゃ、急いで出発しましょう!」


 まだ近くにエヴィルの気配はないけれど、善は急げだからね。

 みんなの命を預かるリーダーとして、私は最初の号令をかけた。

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