585 魔王の爪痕
私が目を覚ましてから
「アグィラ、まだ頭痛い?」
「ああ……いや、一時期に比べたらだいぶ良くなったよ」
タオルを絞ってアグィラさんの額にのせるパロマくん。
その横ではシスネちゃんが花瓶の花を変えていた。
「重ね重ね、申し訳ないことをしてしまったこと、深く反省しておりまして、弁解の余地もないことでございますが、どうか今日も誠心誠意、謝らせていただけないでしょうか」
私は床に頭をつけた謝罪ポーズのまま、ススス……とアヴィラさんの寝室へ入った。
「聖女のおねえちゃんは悪くないよ! 悪いのはおねえちゃんが使った風の輝術だよ!」
「風邪の人に治癒の術使っちゃダメだって知らなかったんだから仕方ないよ!」
「うぐあっ」
子どもたち二人のフォローが思いっきり私の心をえぐる。
もちろん、二人とも皮肉で言ってるわけじゃない。
悪いのは疑うべくもなく私の無知なんだよ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「何度も言ってるが、別に怒ってはいない。結果はどうあれ善意でやってくれたことなのに、そう何度も謝られると逆にこちらが心苦しいぞ」
でも、私のせいで脱出計画がめちゃくちゃになっちゃったのに……
「チャンスは一度ではない。また次の機会を待てば良いだけだ」
今でこそだいぶ良くなってきたけど、倒れて最初の三日くらい、アグィラさんは本当に生死の境を彷徨ってた。
もちろん、三日後に予定していた脱出作戦は中止。
エヴィルが少なくなる貴重な日は無駄に過ぎてしまいました。
次のチャンスがやって来るまでは、また一ヶ月も待たなきゃいけない。
「聖女のおねえちゃんも元気出して。ねっ」
シスネちゃんが私の背中をとんとんと叩いて励ましてくれる。
うう、聖女なんて呼ばれてるのに、情けない。
私なんてばか子で十分だよ……
「しょっ、と……」
アグィラさんがベッドから起き上がる。
まだ体調は万全じゃなく、立った瞬間よろけそうになった。
「……くっ」
「アグィラ!? まだ起きちゃダメだよ!」
「いつまでもゆっくり寝てるわけにもいかないだろう」
「あ、あの、私が言うのもなんですけど、本当にもう少し安静にしておいた方が……」
私も止めようとしたけれど、アグィラさんは首を横に振った。
「いや、本当に寝ている場合じゃないんだ。やらなきゃいけないことがある」
「ダメだよ。そんな辛そうなのに、いったい何を……」
「このままでは近いうちに食料が尽きる」
ハッとして、私は子どもたち二人と顔を見合わせた。
ここにある食料の多くは、魔王の爪痕の向こうで手に入れたものらしい。
長期保存が利くようなものはほとんどなく、定期的に採集しに行かないと、あっという間に食べる物が尽きてしまう。
「そ、そんなの、僕たちが裏庭で木の実を摘んでくるよ!」
「小屋の周りで採れるものは貴重品だ。乱獲しては、いざという時に食べるものがなくなってしまう」
「だけど……」
「シスネ、残っている食料は?」
「みどり豆がひと房と、シカさんの干し肉が一切れだけ」
「それみろ。今晩の食事も薄めたスープしか作れないだろう」
「そんなの我慢する! アグィラの体の方がずっと大事だよ!」
「いい加減にわかってくれ。俺はお前たちを飢えさせるわけにはいかないんだ」
「なら、僕が外に行って食べ物を取ってくる! アグィラは休んでて!」
「馬鹿を言うんじゃない、お前は魔王の爪痕を越えられないだろう! それに、エヴィルと遭遇する可能性もあるんだぞ!」
「あ、あのっ!」
私はだんだん言い争いをエスカレートさせる二人の会話に口を挟んだ。
熱があるせいか、アグィラさんもかなり感情的になってる。
パロマくんも涙目で引くに引けない状態だ。
そんな二人の間でおろおろするシスネちゃんが見てて気の毒すぎる。
私のせいなのに、みんながケンカするところなんて見たくない。
だから。
「食べ物なら、私が取りに行ってきますから!」
※
私は『魔王の爪痕』と呼ばれる場所にやってきた。
「うわあ……」
それは、見上げるほどに大きな断層だった。
地面が大きく隆起し、崖さながらに聳え立っている。
窓から見える景色が裏の木々だけだったから今まで気付かなかったけれど、実は小屋の周囲に歩いて行ける場所はすごく少ない。
まず、小屋の三方は巨大な地割れに囲まれていた。
とてもじゃないけど、飛び越えられるような大きさじゃない。
唯一、この断層を登ることで、閉ざされた空間の外へと出られるようになっている。
ここはまさに、丘の孤島と呼ぶべき場所だった。
そのおかげでエヴィルにも見つからずに済んでいるんだろう。
「聖女さま、大丈夫?」
ここまで案内してくれたパロマくん。
彼は心配そうな顔で私を見上げた。
「大丈夫だよ」
私の手にはアグィラさんが書いてくれたメモが握られている。
断層の向こうで手に入る食料と、大体の入手場所が書かれたメモ。
ちなみに、アグィラさんはメモを書き記した後、また気を失ってしまった。
今はシスネちゃんがひとりで看病してくれている。
「絶対に食べ物を持って帰ってくるからね」
私はパロマ君にそう言って、背中から炎の翅を生やした
「うわっ!?」
この崖を登るのは確かに簡単じゃない。
相当な腕力がないとまず無理だと思う。
けど、空を飛べる私なら、そんなの全く関係ない。
「じゃあ、行ってきます!」
私は炎の翅をはばたかせ、崖沿いに大空へと舞い上がった。
※
「あ、あれも食べられそう……これも、メモに書いてあるやつだ!」
「おい。いい加減にしておけ。そんなに持ちきれないだろ」
次から次へと手に入る果実や木の実に、思わず楽しくなってしまう。
そんな感じで採集を楽しんでいると、スーちゃんが呆れたような声で水を差した。
「だって、こんなに簡単に手に入るなんて思わなかったし」
かなりがんばって食べ物を探すつもりだったのに、これは嬉しい誤算だよ。
ちなみに、スーちゃんは某メガネさんと幼少ちゃんみたく、普段は私の中に入っている。
私の輝力がエネルギー源だから、ずっと表に出っぱなし状態だと、すぐに力尽きちゃうんだって。
「あんまり浮かれてるなよ。調子に乗ってると、また大きな失敗をするぞ」
「うっ……次からは気をつけるから」
何度もからかわないでよ。
今回は本当に反省してるんだから。
だから、次はスーちゃんが事前に止めてね?
「おっと」
そうこうしているうちに、持ってきた籠もいっぱいになった。
これ以上はどうしようもないので、そろそろ帰ろうかな。
そう思った直後。
「――っ」
「ん、どうした?」
スーちゃんが私の口から外に出る。
ちらりと見た、その表情は強ばっていた。
たぶん、私がもっと怖い顔をしていたからだ。
「おい、まさか」
「近づいて来てる」
失敗はしないって誓ったばっかりなのに。
今から急いで逃げれば……ううん、たぶんもう遅い。
今から逃げても、間違いなく追いかけてくる。
最悪の場合、小屋まで着いてきてしまうかもしれない。
私は食料の入った籠を置いて、木々の切れ目から空を睨んだ。
それから数秒後。
飛んできたそいつらは、空中で停止した。
「なんだあ? 得体の知れない魔力を感じて来てみれば、こんな所にヒト族のガキがいやがる」
「隔離小屋から逃げ出した……ってわけじゃなさそうだな?」
彼らの姿形は人間そっくり。
けど、頭には小さな角が生え、背中に紫色の翼が生えている。
そして何より、そいつらから感じられる輝力は、並の人間の比じゃなかった。
「反抗を企てているヒトの国の残党かもしれん。捕らえて町へ運び、尋問してやろう」
二体の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。