584 恩返し、失敗
「そこで、偉い輝術師であるあんたに、お願いしたいことがあるんだ」
「あ、はい! 私にできることなら何でも言ってください!」
力になれるかはわからないけど、迷惑掛けたお詫びとお礼はしっかりしないとね!
「そんな無責任なこと言って、エロいこと要求されても知らないぞ」
「スーちゃんはちょっと黙っててね?」
みょーん。
「すみませんでした! 謝るから
「それで、お願いってなんですか?」
「あ、ああ……」
アグィラさんは何故か顔を引きつらせていた。
※
「安全なところまでの護衛……ですか?」
「最悪、子供たちだけでもかまわない。どうか頼めないだろうか」
アグィラさんの話はこんな感じだった。
まず、この隠れ家は完全にエヴィルの勢力圏内にある。
ただし、周囲は「魔王の爪痕」と呼ばれる断層によって完全に隔離されている。
エヴィルは断層を越えてこちらにまではやって来ないので、今のところは無事に暮らしている。
けれど、さっきも言ったとおり、それもいつまで大丈夫かはわからない。
生活に必要な食料や燃料には限りがある。
なくなったら定期的に断層の向こうに取りに行かなきゃいけない。
採集行為には危険も多く、今日みたいに不意の遭遇で危ない目に合う事もある。
「マール海洋王国の本土、つまり島嶼部を覗いた大陸部は、現在ほぼ完全にエヴィルの手に落ちている」
マール海洋王国の領土には、大きくわけて大陸領と島嶼部があるらしい。
うち大陸部は海峡を隔てて新代エインシャント神国と接している。
そのため、魔王軍の侵攻も大陸側から本格的に始まった。
「生き残った者たちの多くは離島に避難したはずだ。しかし、一部は大陸側に残ってゲリラ活動を続けていて、『レジスタンス』と名乗っていることがエヴィル共の会話からわかった。彼らは大陸のどこかに拠点を構え反攻の時を窺っているらしい」
国のほとんどを支配されても、人類はまだ諦めたわけじゃない。
エヴィルに対して勇敢に立ち向かう人たちもいるんだ。
「それじゃ、私はその人たちを手伝えば良いんですね!」
「いや、そこまでは望まん」
あら?
「彼らの戦いは過酷なものになるだろう。敵の強大さを思えば、勝機は万に一つもないかもしれん」
「だったら、なおさら……」
「俺は元王宮輝士として仲間と共に戦いたい。それで国家に殉ずるなら本望だ。ただ、あいつらだけは、安全な場所に送り届けてやりたい」
パロマくんと、シスネちゃん。
二人の無邪気な顔を思い浮かべ、私は悲しい気持ちになった。
あんなかわいい子たちが残酷に殺されるなんて、絶対にあっちゃいけないことだから。
「あんた、エヴィルの気配を察知できるか?」
「はい。一応」
それなりの輝術師なら、
エヴィルが近づいたら事前に気づくことができる力だ。
「あんたに頼みたいのは島嶼部までの護衛と誘導だ。レジスタンスとの合流は後で勝手にやる」
「わかりました。そういうことなら喜んで引き受けます」
「すまないな、しばらくあんたには無茶をしてもらうことになる」
「ぜんぜん大丈夫ですよ。こっちこそ、助けてくれてありがとうございました」
「そっちの妖精にあんたのことを聞いてなきゃ、助けようともしなかったさ。見返りを期待しての打算だ。汚い大人と思ってくれていい」
「そんなことないですよ」
自分が危険な目に遭ってまで、二人の子どもを護ってきたアヴィラさん。
そんな立派な人を汚い大人だなんて思うわけないよ。
「出発は、すぐに?」
「いや、実は近くにエヴィルが拠点としている町があってな。哨戒をしている兵が多く、下手に動けばすぐに見つかってしまう。いくら腕の立つ輝術師だからって何百体ものエヴィルの相手をできるわけじゃないだろう?」
それは確かにその通り。
戦いに子ども達を巻き込みたくもないし。
敵と遭遇せずに待避できるなら、それが一番いいに決まってる。
「理由はわからないが、エヴィルどもはひと月に一度だけ、半数以上が町からいなくなる日がある。その間は偵察の密度も薄くなるので、そこを狙って素早く脱出する予定だ」
「次のその日はいつなんですか?」
アヴィラさんは残ったコーヒーを一気に飲み干して答えた。
「三日後だ」
※
私が目を覚まし、アヴィラさんと話をした翌日のこと。
「わわ、もうお昼!」
「あらら。寝過ぎちゃったね」
「今日は朝から草刈りの続きだったのに。パロマ、怒ってるかも……」
昨日の夜はシスネちゃんと一緒のベッドで楽しく過ごした。
旅の話とかフィリア市の話とか、彼女は目を輝かせて聞いてくれた。
寝付くまでたくさんお喋りしたせいで、ちょっと夜更かしし過ぎちゃったけど。
「ごほっ、ごほごほっ!」
「アグィラ、大丈夫?」
ダイニングに行くと、アヴィラさんが咳き込んでいた。
パロマくんが一生懸命に背中をさすっている。
どうしたんだろ?
「大丈夫だ……ちょっと、風邪をひいたかな……」
「無理しないで。今日はゆっくり休みなよ」
「ああ、そうさせてもらおう……」
どうやらアヴィラさんは体調が悪いみたい。
それを見たシスネちゃんが私の服を引っ張る。
「聖女のおねえちゃん……」
「うん、まかせて!」
アヴィラさんは頼れるみんなのお父さん代わりだし。
風邪なんか引いたら子どもたちも悲しい。
ここは私の出番でしょう!
「アヴィラさん」
「ん?」
私はにこにこしながらアヴィラさんに近づいた。
そして彼の額に手を伸ばし、治癒の術を使う。
「
緑色の癒やしの風がアヴィラさんの体を包む。
「お、おい……!」
「わー、きれい!」
何故か焦ったように上ずっているアヴィラさんの声。
それとシスネちゃんの感動の声が重なった。
そして……
「おい馬鹿! なにやってんだ!」
慌てた様子のスーちゃんがものすごい勢いで飛んできた。
「何って、見ればわかるでしょ。アヴィラさんの風邪の治療をしてるんだよ」
「馬鹿野郎。おまえ、病気の人間にそんなことしたら――」
「う……」
苦しそうな呻き声がして、私は視線を正面に戻した。
アヴィラさんの体がぐらりと傾いていく。
「わわっ、アヴィラ!?」
パロマくんが支えようとするけれど、大人の体重を抱えられるわけもない。
アヴィラさんは大きな音を立てて地面に倒れてしまった。
どういうことか、完全に気を失っている。
「えっ……?」
「あーもう、説明してやるからこっち向け!」
スーちゃんの右手がぴかっと光った。
また頭の中へ強制的に情報が流れ込んでくる。
病気に冒されている人に対して、
体内に潜む病の素を活性化させてしまい、余計に病状が悪化してしまいます。
ただの風邪であっても、最悪死ぬ可能性があります。
なお、これを逆手に取った暗殺利用については、別項目を参照――
「ええええええええっ!?」
私は本気で慌てた。
だって、そんなの知らなかったし!
床に倒れたアヴィラさんは顔まで真っ赤になっている。
意識はもうろうとしていて、かすれたような呼吸を繰り返すだけ。
どう見てもヤバそう。
「ど、どどど、どうしよう! どうしようっ!」
「落ち着け。やっちまったものはしかたない」
「治す方法はないの!?」
「ない。あったとしても、今のお前には無理だ」
わ、私、恩人のひとになんてことを……!
「とにかく、ベッドに運べ。今は安静にさせてやるのが第一だ」
「わ、わわ、わかったっ」
うわーっ、ごめんなさい!
ごめんなさいいいい!
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