586 溢れる力
ビシャスワルト人たちが降りてくる。
私の前に降り立ったそいつらは、どちらも身長二メートル近い。
筋骨隆々で、邪悪な輝力を持ち、翼と角がより一層恐ろしさを引き立てている。
そのうちの片方、髪の長いやつが私に話しかけてきた。
「一応聞いておこうか。お前はどこの何者だ?」
「おいおい、紳士だなあガクブラズ! いいからさらっちまおうぜ!」
くへへへ、と下品に笑うその相方。
私は彼らを無視してスーちゃんに話しかけた。
「ねえ、スーちゃん」
「おう」
「こいつらってやっぱり、人間を襲ったりしてるのかな」
「だろうな」
ビシャスワルト人たちの目つきが変わる。
特に私に質問してきた長髪の方は目に見えて表情が変わった。
「おい。丁寧に接してやってるからって、調子に乗るんじゃねえぞ。俺様が優しいから見逃してもらえるかもしれない、なんて思ってるんじゃないだろうな?」
別にそんなこと思ってないし。
っていうか、いきなりお前呼ばわりしておいて、丁寧とかないよね。
「頭悪そう……」
「は? 今、なんと言ったか?」
「なんにも言ってないよ」
あー、なんだろう。
なんか、すごくむかむかする。
こいつらが現れてからちょっと嫌な気分。
なんていうか、こう、すごくやっちゃいたい。
「……話の通じない低俗なヒトが。まともに語り合おうとした俺様が愚かだったぜ」
髪の長い方……
ガクブラスとか呼ばれてたっけ?
そいつが腕を振ると、手の先に輝力が集まった。
輝力は次第に一定の形をつくる。
鋭く長い三つ叉の槍へと変化した。
その槍先が私の首元に突きつけられる。
「今から貴様を殺す。どんな気分だ?」
「どんなって……別に、なんとも」
「あまりの恐怖に言葉もないか? ククク……今さら後悔しても遅いぞ」
怖い?
なんで?
私は槍に触れ、スッと横にどかす。
「……何をしている」
「いや、邪魔だから」
ああ、なんなんだろこれ。
こいつらが現れてから、なんでこんなに――
「そうか、ならば……」
ガクブラスが動いた。
槍を軽く引いた、次の瞬間。
「もう死ね」
槍を私の顔めがけて勢いよく突き刺してくる。
敵の攻撃が勢いよく
それを私は首を動かして避けた。
かわすと同時に、下から閃熱の蝶を打ち上げる。
触れる直前で超高熱の光に変化し、槍は真ん中辺りで音もなく折れた。
「は……?」
折れた槍を呆けた顔で見るガクブラス。
その視線が私の方を向く。
直後。
「がっ……!?」
背中側に回した別の白い蝶が光となってガクブラスの体を貫いた。
「貴様、な、何を――」
さすがビシャスワルト人。
お腹を貫通されたくらいじゃしなないみたい。
「するんだ下等なヒトごときがぁ!」
ガクブラスが掌を私に向ける。
その先から輝力の塊が撃ち出される。
至近距離から撃たれた、輝力の砲弾は……
私の目には、とてもゆっくりに見える。
軽く半身になって攻撃をやり過ごす。
同時に、浮かせた白い蝶を変化。
敵の左足を閃熱の光が貫く。
「が、ぐはあ……っ!?」
「ねえスーちゃん」
苦しむガクブラスに視線を向けたまま、私はスーちゃんに尋ねた。
「いまみたいにさ、攻撃がゆっくりになって見えるのはどういうこと?」
「いま送る」
※ 高位輝術師の自己防衛、その2
極度に感覚を研ぎ澄ました輝術師は、本人の意識と無関係に己の身を守ります。
例えば、攻撃を受けた時に行われる無意識な身体強化、あるいは感覚の鋭敏化など。
高位の術者になれば、周囲の時間がゆっくり進んでいるように感じる事もあるでしょう。
なるほど、そういうことね。
頭の中に送られた情報を感じて私は納得した。
いつの間にかそんなこともできるようになってたんだね。
「貴様、こんなことをして、ただで済むと思っていないだろうな……!」
ガクブラスが憎々しげな目でわたしを睨む。
あー、本当にダメだね、このひと。
まだわかってないんだ。
「ねえ、自分の周り、見れる?」
「え」
不注意すぎるビシャスワルト人は、ようやく気付いたみたいだ。
すでに自分が十七つの白い蝶に取り囲まれていることを。
「
私が合図を送ると、十七の白蝶は一斉に閃熱の光に変わった。
それはガクブラスの頭、体、両手両足……その他諸々、全身を同時に貫く。
「くけっ」
顔の半分を削り取られたガクブラス。
マヌケな断末魔の声を上げ、体がぐらりと揺れる。
完全に地面に倒れる前に、彼は藍色のエヴィルストーンに変わった。
特に感慨はない。
「は? おい、なんだよ。なんなんだよお前」
残った下品な方のビシャスワルト人が今さらになって慌てはじめる。
いま気付いたけど、このひとの顔って豚さんそっくりだね。
「なんだよそれ! ヒトがそんな強力な術を使えるなんておかしいだろ!?」
「しらないよ」
私はヒトじゃないし。
とりあえず、うるさいから……
閃熱の光で豚面さんのお腹を貫いておく。
「ぐぼあっ!」
あ、このひとにはまだ攻撃されてないっけ。
でも一番最初にさらうって言われたし……
「この、この……ふざけるなァ!」
豚面さんが私に向かって腕を伸ばしてくる。
動きがゆっくりになるけど、私はわざと避けなかった。
「ヒトごときが! 我ら誇り高き魔の民の慰み者の分際で図に乗るなァ!」
左腕を掴まれる。
掴まれた部分にものすごい力が加わる。
ぶちぃっ、と嫌な音を立てて、私の腕がちぎられた。
豚面さんがニィッと醜い顔で笑う。
「はは、はははっ! 見たか! 貴様らのような脆い体しか持たぬ地上のヒトなど……」
「
ちぎれた腕の先端が光を放つ。
頭の中で自分の腕の形をイメージする。
光が消えたとき、私の手は元通りになっていた。
「は?」
「ねえスーちゃん。いま適当にやってみたんだけど、これってもうある治癒術?」
「
「
「な、なんだよ、なんなんだよお前! 本当に何者なんだよ!?」
豚面のビシャスワルト人が怯えた顔で叫ぶ。
残念ですが質問にはお答えできません。
「わ、わかった! お前……いや、貴方、さては同胞ですね!? 勘違いして襲いかかったことは謝ります! だから許してください、お願いします!」
わー、変わり身はやい。
でも違うから。
私はおまえらの同胞なんかじゃないから。
それに、人の腕を引きちぎっておいて許してもらおうとか……ないよね?
豚面さんの右腕の横に白い蝶を作り、即座に閃熱の光に変えた。
私の腕を持ったままの豚面さんの腕が、ちぎれ飛んで、くるくると宙を舞う。
「いぎゃーっ! 痛いーっ!」
うるさいな。
腕がちぎれたくらいで騒がないでよ。
こいつ、ちょっと根性がなさすぎるんじゃないの?
「魔動乱期にミドワルトに来ていた
なるほど。
っていうか、スーちゃんさ……
「何?」
さっきから私のこと操ってない?
それに、何か不自然に力が溢れてるんだけど。
「別に操ってないぞ」
まあ、どっちでもいいけどね。
それじゃ、そろそろ終わらせちゃおうか。
「う、うわーっ! うわわーっ! 助けてーっ!」
豚面さんが私に背中を向けて一目散に逃亡する。
私はその進路上に白い蝶を作って、正面から閃熱の光を食らわせた。
「ぶぼばあっ!?」
距離はだいたい五〇メートルくらいかな?
自分の周囲じゃなくても、あれくらいの位置なら術を発生させられるみたい。
つまり、いくら逃げようとしても、無、駄。
きゃはっ☆
「た、助けっ、お願い――」
「
敵の周囲に合計三十三体の白い蝶を作成。
それを一気に閃熱化させ、
豚面さんは声すら上げることなく、体の大半を削られて
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