576 ▽天輝士と二番星と見習い輝士と

「ぐわあっ!」


 ジュストは吹き飛ばされ、受け身すら取れずに地面を転がった。

 攻撃が当たる瞬間、腹に輝力を集中していなければ、終わっていただろう。


 なんてパワーと堅さだ。

 エビルロードと同等……いや、それ以上の怪物だ。


「おらおらどうした、もう終わりかあ?」


 白き虎人族はニヤニヤと笑いながら近づいてくる。


「くっ……」


 負けるわけにはいかない。

 多少なりとも戦えるのは自分だけなのだ。

 ジュストは身を起こし、強く地面を蹴って飛び掛かった。

 密度の濃い液体状の輝粒子を引き、流星となって敵の懐へ飛び込む。


 全力を持って剣を振り……

 いや、叩きつける!


「はあっ!」


 狙ったのは無防備な足。

 やや身を沈め、白き体毛に覆われた腿へ。

 銀色の刃が獣将の体に触れたが……結果は同じだった。


「は。やっぱその程度かよ」


 並のケイオスなら力だけで圧倒できる二重輝攻戦士デュアルストライクナイト

 その攻撃力を持ってしても、この怪物にはダメージを与えられない。


 死にものぐるいの一撃すら通らない。

 愕然とするジュストに、獣の将軍の拳が迫る。


「んじゃ、死ね――」


 その時、淡い光が舞った。


 まるで花びらのような薄桃色の輝きだ。

 それが獣将の上半身を包み込む。


 意志を持った生き物のように、煌めいている光の花片。


「あん、なんだこりゃ……」


 獣将がそれをうっとうしそうに振り払おうとする。

 花片に触れた途端、白い腕に小さな傷を作った。


閃熱果実フラル・フルッタ!」


 どこからか聞こえて来る女性の声。

 輝く閃熱フラルの花片が一斉に牙を剥く。


「うおおおおおっ!?」


 これはベラの光舞桜吹雪フィオーレ・ディ・チリエージョだ。

 以前に彼女と試合をした時、ジュストはこの技に大いに苦しめられた事を思い出す。

 二重輝攻戦士デュアルストライクナイトの攻撃すら通じない獣将でも、数百もの超高熱の花片はさすがに効いたようだ。


「ボーッとしてるんじゃない」


 さらに、別の声がすぐ横から聞こえた。

 極薄の黒鎧を纏った紫髪の輝士。

 二番星、ゾンネである。


「――硬氷捕縛陣グラ・ファーフトゥン!」


 彼が剣先を獣将の足元に向けると、たちまち地面が凍り付いた。

 そのまま冷気が獣将の足を登り氷縛となって動きを固定する。


「なんだぁ!?」

「今だ、下がれ!」

「は、はい」


 うかつな追撃は行わない。

 ジュストたちは大きく飛んで距離を取る。

 二人が足を止めた所で、ベラが屋根の上から降りてきた。


 先輩輝士二人に挟まれたジュストは、左右から叱責を受ける。


「ひとりで無茶をするな、馬鹿者」

「ベレッツァ殿の言う通りだ。もっと俺たちを頼れ、新米輝士」

「……はい、すみませんでした」


 二人とも輝士としての格はジュストよりずっと上である。

 彼らの言葉と助力に、自分だけが戦えるなどと思い上がってことが恥ずかしくなる。


「よし……」


 心強い援軍を得て、再び闘志がわき上がる。

 しかし。


「ふんぬぁ!」


 下半身を固定されていた獣将が、気合いと共に筋肉を膨張させた。

 両足を凍り付かせていた氷の呪縛は、それだけであっさりと砕かれてしまう。


「やってくれたじゃねえか。人類戦士どもォ……」


 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる獣将。

 ゾンネは顔を引きつらせた


「ちっ。ドラゴンすら動けなくなるとっておきの術だったんだがな」


 やはり相手は規格外の怪物である。

 だが、さっきまでのような絶望感はない。

 自分にはこんなにも頼れる仲間がいるのだから。


「連合輝士団に告ぐ! そのデカブツは精鋭たちに任せ、街壁の向こうへ布陣せよ!」

「おおおおおっ!」


 いつの間にか街壁の側へと逃れていたアルジェンティオが剣を掲げて叫んだ。

 残っていた輝士たちは獣将を迂回し、街の外へと向かって行く。


 あんな男でも一応は伝説の英雄。

 まったくの無能というわけではないのだ。


 獣将はザコには興味ないとばかりに駆ける輝士たちを無視した。

 興味の対象はすでに、自分に手傷を負わせた三人へと向いている。


「己の欲求を満たすことにしか興味ないか。一軍の将としては無能も良いところだな」


 ゾンネが小声で呟いた。


 アルジェンティオが率いた連合輝士団たちは必死に街を防衛するだろう。

 しかし、七〇〇以上の魔王軍相手にいつまでも持つわけがない。

 もし市街への進入を許せば夥しい数の犠牲者が出る。


 あの大軍を退かせるには、単身突っ込んできた敵のボスを倒すしかない。


「さて、どうする? ベレッツァ殿の大技ですら、かすり傷程度のダメージしか与えられない強敵だ。我々が束になったところで敵うとは思えんぞ」

「確実に通用する技があります。すみませんが、ふたりで時間を稼いで下さい」


 仲間が隙を作ってくれるなら、あの技が使える。

 聖剣メテオラの力を最大限に放出して放つ必殺技、超新星スペルノーヴァ

 二重輝攻戦士デュアルストライクナイトの全力攻撃すら通じない獣将にダメージを与えるには、あれを全力で放つしかないだろう。


 数秒程度の溜めじゃダメだ。

 制御できるギリギリで撃たなくてはならない。

 ビシャスワルトで邪将エビルロードを倒した時のように。


「二大国のトップ輝士を囮に使う新米輝士、か」


 ジュストが遠慮がちに頼むと、ベレッツァは皮肉っぽく笑った。


「申し訳ありません」

「いいさ。その代わり、確実に仕留めろよ」

「はい」

「では、行くぞ」


 ジュスト、ベラ、ゾンネの三人は互いの刃を触れあわせ、それぞれの方向に分かれて飛んだ。




   ※


「こっちだ、うすのろ」


 ゾンネの剣が獣将の首筋を叩く。

 攻撃はまるで鋼鉄の柱を叩いたように弾かれた。


 彼は攻撃を当てた直後、後ろに飛びつつ、単詠唱で氷礫陣グラ・ストンを放った。

 嫌がらせのような氷のつぶてが敵の視界を妨げる。


「ちょこまか動くんじゃねえ!」


 氷の散弾を受けながら強引に突進してくる獣将。

 その進路上に横からベラが割り込んだ。


解放ユシータ! 光舞桜吹雪フィオーレ・ディ・チリエージョ!」


 獣将に向けた魔剣ディアベルから閃熱フラルの花吹雪が巻き起こる。

 聖剣メテオラと対をなす古代神器、魔剣ディアベル。

 能力は輝術の吸収と解放である。


 蓄えた大輝術を放つことで、擬似的な無詠唱を実現させたのだ。


 暴力的に吹き荒れる超高熱の光の花片。

 並のケイオスなら全身がズタズタになるだろう。

 しかし、獣将相手ではかすり傷程度しか負わせられない。


「ウゼェッ!」

「くっ……」


 ベラは大技を放った後で隙だらけ。

 方向を転換した獣将が腕を振り回す。


氷障超壁ノイ・グラシールド!」


 氷の盾が空中に生成された。

 それは獣将の一撃で粉々に砕ける。

 だが、ベラが逃れるには十分な余裕を作った。


「助かった!」

「なんの!」


 フォローしたのはもちろんゾンネである。

 二人は見事な連携で獣将をうまく手玉に取っている。

 さすがファーゼブル王国最強の天輝士と、星帝十三輝士シュテルンリッターの二番星。

 個々の実力は言うに及ばず、即席のチームワークも抜群だ。


 二人が時間を稼いでいる間、ジュストは少し離れた場所で、聖剣メテオラの力を解放する。


「はぁぁぁぁ……」


 剣に秘められた輝力が刃に現れる。

 白い闇を思わせる、濃厚な白色に変わっていく。

 すでに並のケイオスなら十分に両断できるほどのエネルギーだ。


 だが、これではダメだ。

 やつにダメージを与えるには、もっともっと力を引き出さなくては。


「……くっ」


 手の中で剣が暴れ出しそうな錯覚を覚える。

 剣の表面を覆う輝力は、すでに並の輝攻戦士の五〇倍を超えている。

 輝力を操る才能に長けたジュストであっても、これほどの力を制御するのは容易ではない。


 七〇倍……八〇倍……

 エビルロードを倒したときは一〇〇倍だった。

 獣将の防御力は、あいつよりもさらに上だと見るべきだろう。


 そして、一撃目を外せば二度と隙は作れない。

 限界まで力を溜めないと。

 ところが。


「うわっ!」


 溢れた白い闇が稲妻のように放出されてしまう。

 それは落雷のように強烈な音を伴って近くの地面に亀裂を走らせた。


 ……しまった。

 力を込めすぎたあまり、漏れ出た輝力を抑えきれなかった。


「あん?」


 鋭利な刃物で布を裂いたように石畳が抉れる。

 その音で獣将がこちらに気付いた。

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