562 ▽ready for the next war
新代エインシャント神国に戻った大賢者は、虚偽の報告を行った。
東国に大きな国は存在しない。
どこまで行っても大森林が続いているだけ。
その中に少数の民が細々と暮らしているのみだ……と。
今回の目的はあくまで魔動乱の再来に備えての勇者捜しである。
東国が独自の文化を持つ魅力的な世界だと知られたらどうなるか?
五大国は互いに競い合って東へ向かおうとするだろう。
そうなれば確実に防衛準備が疎かになる。
最悪、キリル帝国や華の国といった『向こう側の大国』と争いになる可能性もある。
まだ今は異文化の存在を公表する時ではないのだ。
※
グレイロードは連れてきた東国の少年、霧崎大五郎の面倒を見ることにした。
病の治療を施しつつ、この世界で生きていくための術も教えた。
大五郎には剣術の才能があった。
教えたことすべてを吸収し、めきめきと腕前を上げていく。
これをきっかけに、グレイロードは若手を教育することの楽しみを目覚めた。
大五郎と共に暮らしたのは二年ほどだったか。
共同生活は彼が「行方不明の姉を探したい」と言い出す時まで続いた。
グレイロードはどうすべきか悩んだが、結局は大五郎に一人で旅立つことを許可した。
選別として彼に一本の
本来なら一介の旅人に与えるようなものではない国宝級の道具である。
それはグレイロードにできる、せめてもの罪滅ぼしであった。
大五郎に潜伏していた病はもう完治している。
※
その後、大賢者はしばし神都に留まった。
部下を教育しながら新たな輝術の開発に勤む日々。
プリマヴェーラの術を参考に、三つの大輝術を習得することに成功した。
いざとなれば、たった一人でエヴィルの王を倒してやるくらいの気持ちもあった。
その後、グレイロードは輝術師団長の役職をしばし預け、ミドワルト各地を巡った。
才能を持った若者を見つけては、次代の戦力とするための教育を施した。
残念ながら、大五郎ほど才能に溢れた若者はいなかったが。
自分が教えた者は『白の生徒』と呼ばれ、やがて再来する魔動乱の力になるだろう。
気付けば一〇年で一〇〇人近い弟子を作っていた。
※
ある日、アルジェンティオが唐突に連絡を寄こした。
「そろぞろ時期が来たから鍛えてやってくれ。才能があるのは確認済みだ」
だ、そうだ。
誰のことかは聞くまでもない。
プリマヴェーラの忘れ形見、ルーチェと名付けられた少女である。
月日が経つのは早いものだ。
たしか、今年で十七歳になるのか。
「あと、ついでに俺の隠し子が見つかった。こっちもついでに面倒をみて欲しい」
大賢者はフィリア市に乗り込んで堕ちた英雄王を殺してやろうと思った。
あいつは一体どれだけの若者の未来を狂わせるつもりだ。
そんな憤りを覚えたのも一瞬のこと。
自分も大五郎の人生を狂わせていることに気づく。
結局、同じ穴の狢なのだ。
アルジェンティオの計画に乗って、安っぽい小芝居を打った。
ルーチェを自らの意志で戦うよう誘導するために。
本当に汚い大人になったものだ。
プリマヴェーラの娘、ルーチェ。
アルジェンティオの隠し子、ジュスト。
そして偶然にも再会した霧崎大五郎こと、ダイ。
この三人がグレイロードが教えた最後の白の生徒になった。
三人とも素晴らしい才能を持っていたので、できるなら最後まで面倒を見たかった。
しかし、タイムリミットがやって来る。
残存エヴィルの活性化。
ウォスゲートの予兆。
魔動乱の再来が。
※
グレイロードは満足していた。
いや、満足と言うのは些か自分勝手が過ぎるか。
なにせ彼は失敗したのだ。
成長したルーチェやジュストを伴ってビシャスワルトに侵攻。
ノイの娘ヴォルモーントに、今度は仲間としてカーディナルも一緒だった。
全員の力を合わせ、前回は勝てなかった邪将エビルロードを倒すことができた。
戦力はかつての五英雄を上回っており、思ったより簡単に雪辱を果たすことができた。
しかし、他の四人の将と、魔王には勝てなかった。
戦闘中にジュストの姿が消えた時は、本気でアルジェンティオを殺しておけば良かったと後悔した。
切り札をすべて使い、死ぬ気で戦ったが、ウォスゲートが開くのは止められなかった。
魔王城は大地ごとミドワルトに転移。
もう少しで神都が押し潰される所だった。
グレイロードは最後の力を振り絞って、大地の落下地点を多少ずらすことに成功。
魔王城から溢れ出たエヴィルもついでに一〇〇〇体くらい消し飛ばしてやった。
多少の時間は稼いだが、その間に民は避難してくれただろうか?
そこまで確かめる術はもはやない。
これから魔動乱より大規模なエヴィルの侵攻が始まる。
やがてここから溢れた絶望は、ミドワルトを覆い尽くすだろう。
魔王の娘と共に敵地に乗り込んで魔王を倒す作戦――プランCは完全に失敗した。
けど、確かに希望は繋いだ。
彼女だけは逃がすことができた。
視界が揺らぐ。
それはほんの一瞬の刻。
長い走馬燈を見ていたような気がする。
グレイロードの体はもうボロボロだった。
自分は間もなく死ぬのだろう。
不思議と怖くはない。
わずかな未練は残るが、それもどうでもいいと思えるくらい、安らかな気分だった。
さあ、後は死ぬまでに一体でも多くのエヴィルを道連れにするだけだ。
輝術師団も援護にやって来てくれたみたいだしな。
「あとは任せたぜ、ルーチェ……」
赤く染まる空を見上げながら、グレイロードは呟いた。
どこか遠くの地で、自分の遺志を継ぐ者が目覚めることを願いながら。
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