561 ▽東国調査

 いくつかの町を経てキリル帝国に辿り着いた。

 一国でミドワルト全域を遙かに超える領土を持つ超大国である。

 その首都はまさに壮大で、神都と比べても見劣りしないほどの大都市だった。


 中心街の活気は凄まじいの一言。

 その反面、貧富の差は非常に激しい街だった。


 貴族や工場経営者などは贅沢な暮らしをする一方、都市東側の実に三分の一が貧民街になっており、ミドワルトで言う所の隔絶街のような雰囲気が広がっていた。


 身分で住み分けが行われているため、東部地域に近寄らなければ治安は悪くない。

 だが、なんとなくピリピリした感じが都市全体に漂っている。

 まるで革命前夜のような雰囲気だ。


 グレイロードたちはキリル帝国首都に一月ほど滞在し、情報を集めた。

 他の隊の者たちも何組か集まっているようで、滞在中にすれ違うことも多かった。


 各隊は定期的に連絡を取っているが、基本的にそれぞれの隊の独断で自由に動いている。

 その分、この地に関する情報はとても効率的に取得することができた。

 残念ながら、勇者に関する情報は一切得られなかったが。




   ※


 帝国首都を出て東へ向かう。

 その直後、悪い知らせが入った。

 調査隊に初めての犠牲者が出たのだ。


 理由は帝国辺境の街での小さな諍いらしい。

 くだらない喧嘩に巻き込まれて命を落としたそうだ。

 グレイロードは通信の術を使い、全隊に風紀を引き締めるよう注意を呼びかけた。


 冷たく凍える針葉樹林帯。

 青白い空の下をひたすら進む毎日が続く。

 キリル帝国の領土は東国の果てまで続いているようだ。


 辺境へ行けば行くほど、大きな町は少なくなる。

 途中で馬車を買って速度は増したが、一年ほど旅を続けても有益な情報は得られなかった。


 意を決して、途中で進路を南に変えた。

 どこの国にも属さない平原地帯へ足を踏み入れる。


 そこは決まった領土を持たない騎馬民族が暮らす地であった。

 一足先に草原地帯に入った隊が、騎馬民族に襲われて全滅したとの報が入る。


 この辺りに住んでいるのは非常に好戦的な民族のようだ。


 程なくしてグレイロードの隊も敵と接触した。

 聞く耳すら持たずに襲ってきたので、仕方なく応戦する。

 輝術に制限が掛かるのは痛いが、所詮は馬に乗り、弓矢と槍で武装しただけの兵である。


 未開の民など大賢者の敵ではない。




   ※


 さらに南下すると、華の国に辿り着いた。

 この呼び方は通称ではなく『華の国』という名前の国家である。

 そこはミドワルトはもちろん、ルシ地方とも全く別の文化を持つ国であった。


 建物の建築様式も、人々の服装も、まるで見たことがない異国の風体である。


 草原地帯も含めたこの辺り一帯をトーア地方と言うらしい。

 トーア地方は三つの大国がにらみ合っており、そのうちひとつがここ華の国である。


 他の二つは『山の国』と『河の国』。

 この三国は三〇〇年以上も断続的な争いを続けているようだ。

 直接的な戦闘もたびたび行われており、あまり治安がいいとは言えない地域だった。


 この辺りには、ルシ地方に多くあった蒸気を動力とした機械は普及していない。

 観光には良いかも知れないが、長く滞在しても得るものは少なそうだ。

 グレイロードたちは調査もそこそこに再び進路を東に向けた。


 途中、ルーズ率いる別の隊と合流した。

 それぞれが得た情報、見たもの、聞いたことを伝え合いながら、しばし共に行動する。


 大陸の東端から船に乗り、別の陸地へ。

 そして、彼らは辿り着いた。

 始まりの地へ。




   ※


 東国は各地方ごとに異なる文化や文明を持っている。

 これまで彼らが通ってきたのはルシ地方、草原地帯、トーア地方。

 それ以外にもいくつかの地方があるのは別の調査隊の報告から判明している。


 ただし、すべての地方に共通して言えることがあった。

 あらゆる歴史記録が千年前でぶつんと途切れているということだ。


 これはミドワルトも同様である。

 千年より昔は、人類の文明なき神話の時代。

 人は知恵を持たず、神々の下で泥に縋る憐れな生物だった。


 しかし、この国は違った。

 そこは一見すると華の国に似ている。

 けれど微妙に異なる文化を持つ国だった。


 機械マキナの類いもほとんど見られない。

 ルシ地方と比べれば発展がやや遅れているように見える。

 その代わり、この国は千年を遙かに超える、長い長い歴史記録を残していた。


 その一端に触れたグレイロードは強い衝撃を受けた。

 これは絶対にミドワルトの人々に知らせてはいけない。


 歴史が根底から覆される。

 教会の威信もかつてないほど堕ちるだろう。

 東国に侵攻しようと考える国も現れるかもしれない。


 もし仮に、ミドワルトに居ながら何らかの手段でこの情報を得たのであれば、こんな内容を信じることはなかったであろう。


 この足で、この目で、この耳で。

 東国の様子をじっくりと見てきたからこそ。

 今のグレイロードは頭の奥に染みこむように理解できた。


 探し求めてきた情報もあった。

 かつて魔王を倒したと言われる伝説の勇者。

 伝説ではなく、事実の記録として、その人物は存在していた。


 もちろん、伝説の勇者その当人が生きているわけがない。

 だが、その技を継ぐ子孫たちがどこかに居るらしい。


 確かな情報を得た。

 ところが、肝心の所在がわからない。

 都を拠点に各地を探し回るが、芳しい情報は得られなかった。


 すでにグレイロードたちが東国に入ってから四年半の時が過ぎていた。

 ミドワルトのことを考えると、そろそろタイムリミットも近い。


 ここまで来てすべてを放棄することはできない。

 最悪、後のことは皆に任せるしかない。


 もう少ししたら、自分だけでも新代エインシャント神国に戻らなくては。


 そんな時だった。

 とある山中に、古来より伝わる技を持つ一族が住むとの情報が入った。

 これが最後のチャンスと思い、グレイロードは仲間を引き連れて、その場所へ向かった。


 そこで、彼らは大きな失敗を犯した。




   ※


 結論を言えば、その地でも勇者には出会えなかった。


 辿り着いたのは非常に排他的な村落だった。

 一行はろくに話もできないまま追い出されてしまう。

 後日、改めて話を試みるために、山の中腹でキャンプを張った。


 その翌日だった。

 改めて訪れた先で見たのは、壊滅した村の姿だった。

 建物は焼け落ち、いくつもの死体が折り重なる、散々たる光景が広がっていた。


 大賢者たちは村の近くの林で寄り添うように倒れている幼い姉弟を発見した。


 どうやら村の生き残りらしい。

 二人を手厚く保護することにした。


 目を覚ました姉弟から話を聞く。

 村の大人たちは昨晩、突如として発狂してしまったらしい。


 死体を調査した結果、脳を冒すウィルス性の病が蔓延したことがわかった。

 ここは長い間、外との交流を最低限にしてきた村である。

 そこに病原菌を持ち込んだのは……




   ※


 あの村に伝わる技は姉が受け継いでいた。

 それは『斬輝』という、ダイスが得意とした技法である。

 輝術師にとっての天敵であり、ケイオスですら容易く倒せる必殺の剣術。


 あの技は天性のもので、ダイスだけが使える技法だと思っていた。

 その秘密がわかれば、とても心強い力が得られるだろう。


 身寄りもない幼い姉弟が二人で生きていくのは難しい。

 また、彼女たちも他の村人と同じように発狂しないとは限らない。


 グレイロードは二人をミドワルトに連れ帰ることにした。

 勇者は見つけられなかったが、この調査で得たものは非常に大きい。

 治療が必要だという建前もあったが、正直に言えば彼女が持つ技法が欲しかった。




   ※


 船を購入し、大陸沿いに南回り航路で深淵の森へと向かう。

 途中で何度も上陸しては海沿いの街で休息をとる。

 半年ほどで森の手前までやって来た。


 そこで突然、姉の病気が発症した。

 定期的な治療は行っていたものの、十分な設備があるわけでもない。

 病気の潜伏を見つけられなかったのは、完全に自分たちの落ち度でしかなかった。


 隊員の半数が少女によって斬殺されるという、目を覆いたくなる結果になってしまった。

 姉は航行中の船から夜の海へ落ちたため、おそらく生きてはいまい。


 結局、斬輝を習得していない弟だけが生き残った。

 その少年の名は霧崎大五郎。

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