556 ▽次への対策
国内の軍備体勢がある程度の軌道に乗ったところで、グレイロードは次なる戦乱に向けての本格的な対策を初めることにした。
手始めに、かつての仲間たちに連絡をとった。
元冒険者の中から足の速い人間を集め斥候部隊を編成。
彼らに直筆の手紙を持たせて、各国にいる五英雄の元へと送った。
高機動飛翔術が使える自分が向かえば一番早いが、今は神都から離れるわけにはいかないのだ。
シュタール帝国に送った斥候は一週間ほどで戻ってきた。
しかし、彼が持って帰ってきた返事は芳しくなかった。
ノイモーントは
どうやら戦後体勢への移行が難航しているらしく、手を空ける余裕はないらしい。
ある程度は予想はしていたから、グレイロードも落胆は少なかった。
元々シュタール帝国は排他的な性質のある国なのだ。
さすがに自国をほっぽって手伝ってくれとまでは言えない。
魔動乱が再び起こる可能性を考えればなおさらである。
彼女の助力を得るのは諦めるしかないだろう。
代わりにという訳ではないが、カーディナルの姿をシュタール帝国領内にある残存エヴィルの巣窟で見つけたという情報を教えてくれた。
さすがに帝国も藪をつつくような真似はしないと思うが……
彼女が平穏に暮らせるよう、心から願うばかりである。
※
次に戻ってきたのは剣舞士ダイスの元へ遣わした斥候だった。
ダイスが住んでいるのは寒冷地にあるノルドという名の小国である。
グレイロードが彼と初めて出逢ったのは、たしかセアンス共和国領内だったと記憶している。
彼はまだ具体的な方法もわからないうちから、魔動乱を終わらせるために当てのない旅を続けていた、正義感の強い剣士であった。
故郷へ戻ったと聞いていたが、彼ならば事情を知れば協力してくれるだろう。
そんな風に考えていたのだが、しかしその期待は見事に裏切られてしまう。
「ダイス様に手紙をお渡しすることはできませんでした」
斥候兵は簡潔に報告した。
「見つけられなかったわけではないのだな?」
「はい。剣舞士殿は故郷の村ではなく、獣も住まぬ山中でひとり暮らしておりました」
斥候兵は少ない情報を頼りにダイスを見つけ出すことに成功したが、彼に声をかけるなり凄まじい剣幕で怒鳴りつけられて、追い返されてしまったという。
「一体何があったのだ……」
グレイロードが知っているダイスは、非常に温和な人間であった。
遠くから遙々会いに来た人間を怒鳴りつけて追い返すような人物ではない。
何かしらの事情があってのことなのか。
あるいは、この短期間のうちに何かがあったのか。
「改めて事情を調べて参ります」
「頼む。しかし、無理強いはしないようにな。あいつを怒らせたらお前じゃ太刀打ちできないぞ」
厳重な注意を受けた元冒険者の斥候兵は、覚えたての敬礼をして退出した。
※
それからさらに一週間後。
新代エインシャント神国から最も離れた大国、ファーゼブル王国。
その王兄である英雄王アルジェンティオからの返事を持った斥候がようやく帰ってきた。
『近いうちに遊びに来い。大事なことは直接会って話そうぜ。まさか、この英雄王様にわざわざ神都まで足を運べなんて言わないだろうな?』
グレイロードはため息を吐いた。
相変わらず身勝手で礼儀知らずで尊大なやつだ。
英雄王などと呼ばれているが、やつは別に王位を継いだわけではないのに。
五英雄が揃う少し前に、ファーゼブル王国の先王は崩御した。
変わって王位に就いたのは第二王子、つまりアルジェンティオの弟である。
いくら兄が英雄となって凱旋したとは言え、玉座を譲ってやる理由はない。
最終決戦で深手を負った事を理由にアルジェンティオはそのまま隠棲したと聞いている。
だから、あいつ自身は暇なはずなのだが……
二週間かけて手紙での押し問答を続けるのも馬鹿らしい。
どうせ絶対に譲らないだろうし、暇を見つけて会いに行くしかない。
※
予定を詰め込んで、空き時間を三日ほど作った。
白の聖城南東部の見張り塔から朝焼けの大空へと向かって飛び立つ。
この術を使うのも久しぶりである。
こいつは制御が非常に難しく、莫大な輝力を消費する五階層の輝術だ。
さすがに一発でファーゼブル王国まで飛ぶのは無理だろう。
少しずつ休みながら飛べば丸一日はかかるか。
聖城に古くから伝わる空飛ぶ絨毯というアイテムもあるが、計算したところ、あれの速度では三日以内に往復するのはどうやっても不可能だった。
結局、自力で飛んでいくのが一番速い。
「自由に飛び回っていた頃が懐かしいぜ……」
もうグレイロードは冒険者ではない。
三日の間に神都の方で問題がないとも限らない。
可能ならば少しでも早く帰りたいのだ。
責任ある立場に就くというのも面倒な事である。
つい昔を懐かしんで愚痴をこぼしてしまう大賢者だった。
※
急いだ甲斐あって、日没にはファーゼブル王国の王都エテルノに辿り着いた。
その代償として莫大な気力を消費してしまったが……
ここに来て大賢者は大きな失念をしていたことに気づく。
「あの野郎、どこにいやがるんだ?」
街壁を越え、適当な民家の屋根に着陸。
そこでようやく待ち合わせ場所を決めていないことに気づいた。
いくら忙しい中での手紙のやりとりとは言え、己の迂闊さに頭を抱えたい気分である。
この時間に王宮へ出向いて尋ねてみるか?
事前にアポイントも特に取っていない。
グレイロードが魔動乱の英雄だとしても、さすがに夜間に王宮に押し入るのは無理だろう。
むしろ問題なく入れるようなら、この国の輝士の危機意識の低さを疑う。
今夜は一泊して改めて明日行ってみるか。
しかし、明日中に見つからなかった場合はどうする?
ここまで来て無駄足なんて考えたくもないが……
そんなことを考えていると、背後にふと気配を感じた。
隣の建物の屋根に誰かが立っている。
フードを被っていて顔はよく見えないが、腰には長く無骨な剣を下げている。
この距離まで気配を悟らせないとは、よほどの剣士か。
どう考えてもただ者ではない。
「何者だ」
グレイロードは誰何する。
剣士はフードを捲って相貌を露わにした。
初老の輝士である。
闇の中でもハッキリとわかるほど強い眼力。
ジッとこちらを見ているが、とりあえず敵意のようなものは感じない。
「大賢者グレイロード様ですね?」
表情は変えず、こちらの質問にも応えない。
相手が何者かわからないうちは会話には付き合う気は無かった。
「何者だと聞いている」
グレイロードが今一度尋ねると、初老の輝士は腰の剣を外して屋根の上に置き、深々と頭を下げた。
「ご無礼致しました。私はブランド、先代の
シュタール帝国で言うところの
もっとも輝士の国であるシュタール帝国と比べれば、他国からの評判は一段下がるのだが。
しかも先代ということは、すでに引退した身である。
騙っているだけならそのような嘘はつくまい。
となると別の疑問が沸き上がってくる。
「そのような人物が、こんな時間に一体何をしている?」
「貴方様がいらしたらお連れするようにと、アルジェンティオ殿下より仰せ付かっておりました」
都合をつけたのはつい一昨日のこと。
当然ながら、今日尋ねるなんて連絡は一切していない。
この男はいつやって来るかもわからない自分を出迎えるため、ずっと見張っていというのか。
「引退したご老人が隠居人の世話とはご苦労なことだ」
「なあに、やがて来る災厄から王国を守る一助となれるのなら、苦労などありはせんよ」
尊大な物言いである。
が、グレイロードは彼を信用することにした。
アルジェンティオから話を聞いていなければ、今の言葉は出てこないはずだ。
「では、案内をしてもらおうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。