538 ▽冒険者ギルド

 そのままアルディは行く当てもなく街中をブラブラする。

 冒険者ギルドにでも顔を出してみるかと思った所で、衛兵に掴まった。


「王宮に戻っていただきますぞ、王子」

「わかった。わかったから腕を放せって」

「その命令には従えません。多少は手荒になっても構わないから必ず連れ戻すようにと、大臣殿より厳しく仰せつかっておりますので」


 さすがに五人の衛兵を強行突破は不可能だ。

 彼らに見つかった時点で今日の自由時間は終わりである。


 下手に騒ぎを起こして、市民たちに自分の顔がバレるのだけは避けたい。

 そうなってしまえばお忍びで街に出るのも難しくなる。

 観念して連れ戻されるしかなかった。


「次回はまっすぐ冒険者ギルドに向かうか……」

「何か仰いましたか?」

「ひゅーひゅー」


 アルディは下手な口笛を吹いて誤魔化した。

 この程度の失敗で反省するような、物わかりの良い人物ではない。




   ※


 城に戻ったアルディは、大臣からたっぷり二時間も説教された。

 逆らったり適当に受け流せばよけいに長引くので、頑張って反省したフリをする。


「――ならばこそ、殿下には将来この国を治める者としての立場を、今以上にわきまえてもらわなくてはならないのです。民の上に立つ者は誰よりも立派な人間であるべし。王家に代々伝わる光王陛下の遺訓、その大切さを理解しては頂けないでしょうか?」

「はいはい……」

「返事は一度。背筋を伸ばして、威厳を損ねず」

「はーい……」


 が、さすがに説教が終わった頃には憔悴してしまう。

 病気がちの現王は息子たちの教育をすべて大臣たちに任せている。

 極端な話をすれば、彼らは王子に多少の折檻を行う権利すら有しているのだ。


「まったく、この分では明日の見合いも思いやられますな……」

「うげっ」

「何か?」

「いや、やっぱり見合いとか、俺にはまだ早いって思うんだけどさ」

「ご自分のことを『俺』などと呼んではならないとあれほど……」

「……余に見合いなど、早すぎる事もなきにしもあらずではないかと申しつける」

「王に相応しい立ち振る舞いを会得する前に、まだまだ教養を身につける必要がありますな。それはそうと早すぎるなどということはございませぬ。殿下も今年で十五。すぐに婚姻すべきとは申しませぬが、将来の妻となる女の一人くらいは見定めておくべきでございましょう」


 アルディはげんなりした。

 彼はまだ色を知らず、さほど興味もない。

 女嫌いというわけではないが、他人に束縛をされるのは嫌だ。

 嫁を娶うことで己の自由な時間が損なわれるなど、冗談ではなかった。


「幸いにも臣下の娘に素晴らしい器量良しがおります。殿下も一目でお気に召すことでしょう。婚約を機に少しは落ち着いてもらえればと、爺は心より願って……」

「わかったわかったわかりました。見合いはするから、とりあえず今日はもう休ませてはいただきたく思いつけるのでそんじゃ、さよなら!」

「あっ、これお待ちを! まだ話は終わっておりませぬ!」


 大臣の引き留める声は無視。

 アルディは背中を向けて駆けだした。


 王宮の廊下をドタバタと走り抜けた王子は、途中で皿を運ぶ女中とぶつかって盛大に転がり、皿の割れる音と女中の悲鳴を聞いて駆け付けてきた王宮警備輝士に取り囲まれ、追いついてきた大臣にさらなる説教を食らうハメになった。


 ファーゼブル王国第一王位継承者、本名アルジェンティオ。

 光王の末裔であり、将来はこの国を統べる王となる責務を持った者。

 そして実際には、それ以上の数奇な人生を辿ることになる、運命に導かれし青年。


 この時点ではまだ、単なる放蕩王子でしかなかった。




   ※


 翌日。

 アルディは当然のように見合いをすっぽかし、今日も単身城下へと繰り出した。

 彼が今日真っ先に向かうのは、昨日行く予定だった冒険者ギルドだ。


 幸いにも衛兵に見つかることなく、街の中央部近くにある、三階建ての建物に辿り着く。

 入り口には青地の盾に斜めの剣のマークが入った特徴ある看板が掛かっている。

 ここがファーゼブル王国の冒険ギルドである証である。


 ドアを潜る。

 そこは昨日の酒場とは全く違った雰囲気だった。

 向かって右側は、冒険者たちが集まり情報交換をするサロン。


 この時間は人も少なくガランとしている。

 数名の青年がテーブルを囲んで談笑しているだけだ。

 同じパーティの仲間達だろうか、ずいぶんと楽しそうに見える。


 向かって左側は役所然とした各種受付窓口である。

 そこには様々なタイプの冒険者がれ津を作っている。


 これから街の外へ出るのだろう、立派な装備を身に纏った精悍な青年。

 日雇い仕事を受注しに来たみすぼらしい姿の中年男性。

 中には輝術師らしい衣服を着た女性もいた。


「さて、とりあえず申請してくるかね」


 彼がこの場所を訪れるのは、実はこれで三回目である。

 最初にやって来たのは冒険者登録をしに来たとき。

 アルディという偽名はその時に考えたものだ。


 二度目に来たときはサロンで一緒に仕事を受ける仲間を探すつもりだったのだが、その時に一悶着あって、結局まだ一度も冒険者として活動した経験はない。


 ちなみに、その時に巻き込まれた諍いを収めてくれたのが、たまたま資料探しに来ていた例の酒場のマスターである。 


 アルディは熟練者である彼が仲間になってくれることを期待した。

 だが、残念ながらマスターは一緒に仕事を受けてくれる気はないようだった。


 身分を明かしてもダメ。

 彼の経営する酒場にも入り浸ってもみたが、成果なし。

 あれだけの冒険者を諦めるのは惜しいが、いつまでも纏わり付いても仕方ない。


 やはり冒険者になるなら、自分の仲間は自分で探さなくては。

 と、決意も新たに再びここにやってきたわけである。


 とりあえず仲間募集掲示板を見に行くことにした。

 エヴィルはもちろん、イーバレブですら一人で相手をするのは厳しい。

 よほどの実力者でもない限り、徒党を組んで外に出ることが生き延びる最低条件と言えるだろう。


 気心が知れた仲になれば、永続的なパーティを組んで行動する。

 ただし、すべての冒険者がパーティを組んで行動しているわけでもない。


 登録したばかりのルーキーや、様々な事情で仲間を失った者など、徒党を組みたくても組む相手がいない者も確かにいるのだ。


 日雇い業務をこなしながら同じような立場の仲間を探すという手もあるのだが、臨時のパーティを組みたい人間のための支援としては、もっと手っ取り早く募集掲示板がある。


 あらかじめ募集要項を登録しておき、条件さえ合えば一緒に外に出る臨時パーティの仲間を見つけることができるという便利なシステムだ。


 アルディはいくつか掲示されている張り紙の中から、剣士を募集しているものを探した。

 初心者歓迎であればなお良いだろう。


 別にアルディは剣士を名乗れるほど修練を積んでいるわけではない。

 輝術も使えないし、特別な技術も無いので、剣士を名乗る以外の選択肢はないのだ。


 一応、王宮で最低限の剣術は学んでいる。

 役割分担とパーティのレベルさえ間違えなければ、足手まといになることはないはずだ。


 フリーの戦闘募集枠を眺めてみたが、単独の剣士を募集しているパーティはなかった。

 アルディはガッカリしたが、よく考えれば当然である。


 剣士、つまり前衛職は最もありふれた役職である。

 特に剣士を名乗る者ともなれば、ピンからキリまでいる。

 優秀な剣士はすでに自分のパーティを組んでいるのが当然だ。


 新米駆け出しの剣士をわざわざ仲間に加えるなんて、ボランティア活動みたいなもの。

 募集があったとしても、戦闘の人数に数えてもらえない、荷物運びがいいところだろう。


 自分で募集をかけたらどうか?

 それも考えたが、新米剣士と組みたいと思う人間もいないだろう。


 ちなみに、募集掲示板で一番人気があるのは輝術師である。

 駆け出し冒険者だろうが、この後衛職は多くのパーティで引っ張りだこだ。

 特に回復や補助に長ける教会輝術師は、一般的な独学の輝術師と比べても人気が高い。


 その次に需要があるのは、戦闘以外の専門技術を持った補助職である。

 サバイバル能力に長ける者やトラップ設置を得意とする者。

 鍵開け技能を持つ者に、潜入活動に優れた者。


 これらの職も高度な専門性を必要とするが、非合法ながら各地に存在する盗賊ギルドの構成員が冒険者に登録する例も多く、ある程度の人員は確保されている。


 もう一度ざっと掲示板を眺めてみる。

 一応、募集要項に当てはまるものもあった。


 しかし、内容はエヴィルやイーバレブの退治などではなく、荷物運びや植物採集などばかり。

 募集をかけているのも二年未満の新米に毛が生えたパーティばかりだ。


 アルディが望むのは馴れ合いでも雑用任務でもない。

 血湧き肉躍る戦いなのだ。


 とは言え、アルディはまだ駆け出し冒険者である。

 まずは雑用をこなしつつ、ステップアップしていくのが普通だ。

 誰でもできる仕事とはいえ、街の外に出れば、いくつもの危険があるのだから。

 冒険者としての心得などを先輩から学びつつ、本当に気の合う仲間を探すのが一般的である。


 手早く自分が望むものだけを手に入れたい。

 そう思ってしまうのは、高貴な生まれゆえのエゴである。

 残念ながら、この夢見る青年はそれをまったく自覚していなかったが。

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