539 ▽はじめての仕事

 もしかしたら望みに叶う募集要項がないかと、もう一度上から眺め返してみる。

 すると、知らない誰かが声を掛けてきたきた。


「ねえ、アンタ。一人だったらアタシと組まない?」


 アルディは振り向いた。

 背後に立っていたのは若い女である。

 若いと言っても、アルディよりは少し年上くらいか。

 鋭く細められた目で、品定めするようじろじろと見てくる。


「一緒に外に出る仲間が見つからないんでしょ。良かったら組んであげるよ」

「む……」


 上から目線なのは気に入らないが、彼女の指摘は事実であった。

 さすがに無鉄砲なアルディも、一人で外に出ようと思うほど命知らずではない。

 最初は戦闘に慣れた熟練冒険者と同行して戦い方を学ぶべきというのはわかっているつもりだ。


 装備を見ればある程度は相手のことがわかる。

 女はそこそこ熟練の冒険者のようだ。


 特にあの、腰から下げたロングソードは特注の品だろう。

 鞘に城下で有名な鍛冶師の制作であることを表すロゴがある。


 纏う皮鎧には複数の強化痕が見える。

 胸部には輝鋼精錬された薄いプレートが張ってある。

 どちらも駆け出し冒険者の資産で買えるようなものではない。


 それだけ見ても女が数多くの戦闘をこなしており、且つかなりの資産を持っていることがわかる。


 わからないのは、なぜ自分に声をかけてきたか、その理由だ。

 アルディの装備は数打ちのショートソードのみで鎧すら着ていない。

 どこからどう見ても実戦経験のない駆け出し感丸出しの新米冒険者である。


 自分のような人間はそれこそ腐るほどいる。

 個人的なつながりを持ってもなんの利益にもならないだろう。

 もっとも、アルディがこの国の王子だということがバレていれば話は別だが。


 あるいは駆け出し冒険者を支援するのが趣味の、ボランティア気質のベテランかもしれない。

 それなら経験を積む意味でも、こんなチャンスはないだろう。


「そんなに言うなら組んでやっても良いぜ」


 だが、男としてのプライドというものもある。

 格上の冒険者だろうと頭を下げてお願いする気にはならなかった。

 これで機嫌を損ねたら、縁がなかったと割り切ってサヨナラするだけだ。


「あっはっは、威勢の良いガキだな。それじゃ仕事を受注しに行くか」


 女は豪快に笑うと、あっさりと同行を受諾してしまった。

 その余裕が経験の差に思え、自分の小さな抵抗が恥ずかしくなる。


 冒険者はギルドの受付で仕事を受注してから街の外に出る。

 そうすることで、仕事内容に応じた報酬が得られるのだ。

 ちなみにギルドの運営資金の大半は国税から出ている。


 女はカウンターの男性に声をかけると、これから受ける仕事を申し込んだ。


「薬草採集で。パーティは二人」

「は?」


 女が当然のようにそれを選んで申し込んだので、アルディは眉根を寄せた。


「ちょっと待てよ。エヴィル退治じゃないのか」

「その格好でエヴィルと戦うつもりか? 暴れウサギやラプタークロウとかのイーバレブならともかく、キュオンにでも遭遇したら間違いなく殺されるぞ。下手したらマウントウルフでも勝てるか怪しいな」

「ぐ……」


 返す言葉もない。

 ベテランのもっともな指摘である。

 自分は相当に甘く考えていたという事実を突き付けられる。


 そういうのも込みで誰かに教えを請うつもりでメンバーを探していたのだから、忠告は素直に受け入れなくてはならない。


「わ、わかったよ。それで我慢する」


 まずは薬草採集。

 はじめの一歩はそんなものだろうと無理やり納得する。

 もちろんそれだって、街の外に出るからには結構な危険を伴う仕事なのだ。


「ほら、カードを出せ」


 女が掌を上向けに差し出してくる。


「カード?」

「登録証だよ。登録した冒険者なら持ってるだろ」

「あ、ああ」


 すっかり忘れていた。

 最初の登録の時にそんなものをもらっていたな。

 なるほど、仕事を受注するときにも登録証の提示が必要なのか。


 存在を忘れるくらいなので、当然ながら今は持っていない。

 城の自室に戻れば見つかるだろうが、もちろん取りに行くのは無理だ。

 なにせお見合いをすっぽかして逃げ出してきたのだから、見つかれば拘束と説教のダブルパンチで明日になるまで戻ってこられないだろう。


「……さ、さっきまではあったんだけどな。どこかで無くしたかもしれない」

「そう。じゃあ再発行を申請しておきな」


 呆れられるかとも思ったが、女はあっさりと言って、自分の登録証をカウンターに提出した。

 ちらりと見た登録所の名前欄には『ネーヴェ』と書いてあった。

 それが彼女の名だろう。


「今日は私の付き添いってことで同行しな。冒険者としての実績にはならないけど、報酬はちゃんと分けるからさ」

「あ、ああ……」


 仕方ないから、それで納得するしかない。

 こんなチャンスは滅多にないんだ。

 今は実績より経験だ。


 こうしてアルディは、ネーヴェという女剣士と共に、冒険者として初めての仕事を開始した。




   ※


「この、太陽に反射して薄く翠色に輝くのがヒールリーフ。いわゆる薬草って呼ばれてる植物だよ。そのまま噛んでも微少に体力が回復するけど、基本は磨り潰して患部に塗って使う。そうすると外傷の治りを早める効果があるんだ」

「ほうほう」

「こっちの乳白色の幅広い草がキュアリーフ。ヒールリーフと三対一の割合で混ぜれば解毒作用がある簡易薬を生成できる」


 ネーヴェの解説を聞きながら、アルディは街の外で薬草集めを行っていた。

 最初はただの草刈り仕事だと馬鹿にしていたが、やってみればなかなかどうして、意外と奥が深いことがわかった。


「なるほど……じゃあ、この朱いのは?」

「ポイズンリーフ。絞ったときに出る汁が傷口に入るとぶっ倒れるから気をつけな」

「うわっ!」


 慌てて朱い草を放り捨てるアルディ。

 その様子を見て、ネーヴェはおかしそうに笑った。


「そんなにビビらなくても、怪我さえしてなきゃ大丈夫だよ。イーバレブ対策として武器に塗って使ったりするから、実は結構な需要がある。それも一緒に持って帰ろう」

「あ、ああ……と、ヒールリーフ発見!」

「残念。そいつは似てるけどスイヨモギっていう雑草だよ。ヒールリーフはもっと細長くて何より輝きが違う。ほら、二つを見比べてみな」

「ああ、本当だ。全然違う」

「それで、こっちの山吹色の草が――」


 ネーヴェのレクチャーは非常にわかりやすかった。

 似たような植物も特徴の違いを詳しく説明してくれる。

 そのうち、アルディも独力で種類を選別できるようになった。


 そして二人はしばらく薬草集めに集中。

 二時間ほど経った頃、持ってきた籠がいっぱいになった。

 中身は大半がヒールリーフで、その他には蒼色や山吹色の草が少しずつ。


 ギルドから借りられる薬草採集用の籠は一人一つまでと制限が決まっている。

 籠がいっぱいになった時点で今日の仕事は終わりだ。


 もし一日中続けたければ、自前でより効率の良い採集道具を用意するんだそうだ。


「それじゃ終わりにするか」

「ああ、それにしても随分と集めたな。さすがに採りすぎじゃないか?」


 アルディは薬草の詰まった籠を担いだ。

 草とは言え、かなりの重量が肩にのしかかる。

 この辺りのめぼしい薬草類は摘み尽くしてしまったようだ。


 ネーヴェは首を横に振って、子どもに言い聞かせるように答える。


「むしろ少ないくらいだよ。冒険者なら薬草はいくつあっても足りないから、需要はいくらでもある。根こそぎ刈り尽くさなければ明日にはほぼ同じ量のヒールリーフが生えてるよ。この仕事に採りすぎなんて言葉はないさ」


 周りを見渡せば、まだまだ翠色や蒼色の草が生えているのがわかった。

 中には明らかにさっき取り尽くしたと思った場所に生えているものもある。


「不思議な植物だな。便利なのに雑草みたいだ」

「そのくせ密生していないから集めるのは面倒なんだよね。土地を真っ平らにしたくなきゃ、手作業で集めるしかないんだ」

「冒険者の仕事としてはぴったりってことか」


 だから薬草収集なんて仕事がお金になるわけだ。

 今の時代、街の外に出るだけでそれなりの危険が伴う。

 一見すると楽に見えるが、冒険者でないと厳しい作業なのだ。


「っと、おしゃべりはここまでだね」


 ネーヴェは掴んでいた薬草を無造作に手から落とし、腰の剣に手をかけた。

 数秒遅れて、アルディもようやく気がついた。

 すぐ側まで何者かが迫っていることに。


 ただの草刈りにつきまとう危険。

 冒険者でなくてはこの仕事がこなせない理由が。

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