520 黒衣の妖将の全力

「幾度起き上がろうと同じ事。黒衣の妖将、汝では我に勝てぬと悟るが良い」

「あっそ。勝手にそう思ってれば?」


 上から目線の相手の物言いに、カーディは口の端を笑みの形に歪めた。


「……勘違いしているようなら教えておこう。先の進攻の折、汝が最強のケイオスなどと呼ばれたのは、世界を知らぬヒトの無知ゆえに過ぎぬ。この世おいて最強と呼ばれるに相応しきお方は、我らが王を置いて他におらぬのだ」

「そんなこと知ってるよ」

「王だけではない。真の強者は進攻に加わらず時期を待った。王を取り巻く五つの将。そして我のように要所の守護を任じられし者。汝ごときなど、この世界においては十指にも入るまい」

「そうかもね」


 何を言っても、返ってくるのは気のない返事。

 グラスディルはそんなカーディの態度に苛立ちを露わにする。


「物わかりの悪いやつめ! いい加減にせぬと――」

「でも、おまえ程度には負けないよ」


 ばちっ!

 カーディの身体から雷光が迸った。

 雷撃トルティの術に似ているけれど、微妙に違う。


 それは、体に留め置けないほどわき上がる輝力。

 黒い衣装が白く輝いて見えるほどの、異色の輝粒子。


「なんだ、それは……」

「さあ、反撃開始だよ」


 残像を残して、カーディの姿が消えた。


「舐めるな!」


 グラスディルも消える。


 ガギン!

 ガギギギッ!


 今度はさっきよりも長い。

 たくさんの鋭い金属音が連続して響く。


 二人が姿を表した。


「ぐはっ!」


 天井近くから地面に叩きつけられたのは、グラスディル。

 それに追い打ちをかける、雷を纏ったカーディ。


 振り下ろされた大剣はグラスディルの身体を叩き潰す。

 周囲の地面が裂け、砂埃が舞い上がる。


 超速の攻防は、さっきと逆の結果になった。


「こ、のっ……」


 グラスディルは倒れた状態から、背中のバネだけで跳ね上がる。

 するともう一度、超高速移動を開始した。

 カーディもそれに続く。


 私もだいぶ目が慣れてきた。

 落ち着いて流読みを使えば、二人の動きを追える。


 グラスディルは速い。

 まさに、目にも止まらない動きだ。

 けどカーディは、ただ速いだけとは少し違っている。


 いくら目を凝らしても雷の残像しかわからない。

 グラスディルが一手繰り出す間に、カーディは最低二発の攻撃を打ち込む。

 結果的にグラスディルは劣勢に立たされたまま、最後は押し切られる形で打撃を受けてしまう。


 カーディの圧倒的なスピードは、あきらかに相手より数段上だった。

 やがてグラスディルの動きが目に見えて鈍り始めた。

 もう肉眼でも見える程度になっている。


 カーディの連続攻撃は止まらない。

 足を止めたグラスディルを、四方八方から何度も斬る。

 斬る、斬る、斬る!


 雷の尾を引くカーディの動き。

 それはまるで、大人数で敵を取り囲んでいるみたい。

 見ようによっては、雷撃の集中砲火をしているようにすら見える。

 あれをひとりでやってるんだから恐ろしい。


「ぐぁ……」


 グラスディルが倒れる。

 カーディが動きを止め、地面に降り立った。


雷化音速亡霊スーパーソニックゴースト。格の違いってやつがわかったかな?」


 カーディの纏っていた雷の輝粒子が消失。

 元通りの黒衣姿に戻る。


「……ちょっと、カーディ強すぎない?」


 びっくりして思わず呟く私に、先生が解説をしてくれる。


「あれがカーディナルの真の実力だ。人間の身体を借りていた時と違い、今の肉体は負荷の高い術に耐えられる。本気を出した彼女ならばあの程度の敵に遅れはとらんさ」

「ふわあ……」


 最強のケイオスは伊達じゃないんだなあ。

 ようやく追いついてきたと思ってたけど、本物はぜんぜん格がちがった。


「……アタシなら負けないし」


 はいはい、ヴォルさんはぼやいてないで、はやく怪我を治しちゃいましょうね。


「でも、魔動乱の時に先生はあのカーディにも勝ったんですよね?」

「もちろん彼女にも弱点はある。それは――」

「ぐおおおっ!」


 先生の言葉を雄叫びがかき消す。

 傷だらけのグラスディルが立ち上がる。


「まだやるの? おまえじゃわたしに勝てないってわからないのかな」


 ニヤニヤしながら挑発する。

 さっき言われたことへの仕返しかな。

 カーディってぜったい恨みを根に持つタイプだよね。


「こ、言葉で敵の心を折ろうとは、必死だな黒衣の妖将! あのような大技を繰り出しておきながら我がこうしてまだ立っていること、その意味を考えられぬわけではないだろう!?」


 あいつ負け惜しみ言ってるよ。

 端から見ててもカーディの方が圧倒してるのに。

 今はまだ倒せてないけど、何度もぶつかれば倒せるに決まってる。


 ねえ、先生もそう思いますよね。

 ……なんでそんな険しい顔をしてるの?


「言われるまでもない、わかってるよ」


 カーディとグラスディルがにらみ合う。

 その緊張した空気は、決着が付いた勝者と敗者のものじゃない。

 一瞬の油断が勝敗をわける、命がけの戦闘中の緊迫感がまだまだ続いてる。


「おまえの想像通り、わたしの弱点は燃費の悪さだ。特に雷化は消耗が激しくて、いつまでも使っていられるような技じゃない」


 自分の弱点をさらっと教えてしまうカーディ。

 それを聞いてグラスディルがニヤリと笑う。


「やはりそうであったか……我は汝と違い、速さだけの戦士ではない。王妃の部屋を任されし番人ゆえ、肉体の強度こそが最大の武器! 黒衣の妖将よ、汝の力が尽きるのが先か、我の命が尽きるのが先か、心ゆくまで試し合おうぞ!」

「やだよ」


 カーディナルは持っていた大剣をくるりと回転させ、煙のように消失させた。


「敵わぬと見て仲間に後を委ねるか! 黒衣の妖将!」

「挑発は聞かないよ。これから大物との決戦が待ってるのに、おまえごときにこれ以上無駄な力を使ってやる余裕はないんだから」

「ならば――」

「っていうか、もう終わってるし」


 突然、グラスディルが糸の切れた人形のように倒れた。

 かと思うと、すぐに起き上がり、明後日の方向に突っ走って暴れ始める。


「うおおおおっ、その程度か黒衣の妖将! 我はまだまだ耐えられるぞ!」


 めちゃくちゃに腕を振り回し、首をカクカクと傾ける。

 動かしているのは上半身だけで、腰から下は固定されたようにぴくりとも動かない。


 まるで壊れたオモチャだ。


「えっと……あいつ、どうしちゃったの?」

「夢の中で戦ってるよ。幻想の中のわたしとね」


 完全に戦闘を終えた様子のカーディがこっちに歩いてくる。


夢幻狂想域ドリーム・サクリファイス。ちょっと発動条件が面倒なんだけど、外部から衝撃を受けるか、三十分経たない限りは絶対に解けない幻覚術さ。わたしを罠にはめた仕返しとして同じ目に遭わせてやっただけだよ」


 うわあ……本当に根に持つタイプだあ。


「トドメは刺さないの?」

「必要ないよ、あいつはわたしたちの敵じゃない」


 カーディは見えない敵と格闘を続けているグラスディルを肩越しに見る。

 そして敵意のない笑みを浮かべながら、こう呟いた。


「大切な場所を必死に守ろうとしているだけの、愚直な馬鹿なんだからさ」




   ※


 ヴォルさんの治療を終え、出発開始。


「はっはぁ! どうした黒衣の妖将!? その程度では一生かかっても我は殺せんぞぉ!」


 腰から上を振り乱しながら幻覚の中で戦い続けているグラスディル。

 えっと、あれ本当に放って置いて良いのかな……


 怪我の治ったヴォルさんは自分がとどめを刺すって主張したけど、あの幻覚術は外から触れると効果が切れてしまうらしいので、カーディと先生に反対されて諦めた。


 今はあんな感じでも、グラスディルはやっぱり強い。

 ヴォルさんなら勝てないことはないだろうけど。

 時間と体力を無駄に消耗するかもしれない。


「ちぇっ……」


 結局、二度も失態をしているヴォルさんの意見は却下された。


 グラスディルのいた大部屋を、入って来たのとは反対方向の扉から出る。

 カギはかかっていなかった。

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