519 合体魔人

 私はヴォルさんが押さえた腹部から血を流していることに気付いた。


「ど、どうしたんですか、その傷!」

「へへ、ちょっとドジっちゃった」


 作り笑いを浮かべているけれど、どう見ても傷は浅くない。

 早く治療しないと大変だ!


 グレイロード先生が側にしゃがみ、ヴォルさんの怪我の様子を見る。


「ルーチェ、治療してやってくれ」

「え、私がですか?」

「俺が使える治癒術は体力と引き替えに傷を癒やす水霊治癒アク・ヒーリングだ。ここでヴォルを大きく消耗させるわけにはいかない。時間はかかってもリスクの少ない風霊治癒ウェン・ヒーリングで治して欲しい」

「わかりました」


 適材適所ってやつですね。

 他人の傷を治すのは苦手なんだけど……

 まあ、周りに気を取られなくていいなら、大丈夫かな。


「幻覚ごときに深手を負うとは、油断が過ぎるぞ。ヴォル」

「いやあ、偽物だってのはわかってたんだけどね……」


 血の気の引いた顔で苦笑いをするヴォルさん。

 この人がここまでの怪我するなんて、よほどの事だ。

 敵を前にして油断をするような甘い人じゃないはずなのに。


「だってズルいじゃない。ルーちゃんの姿であんなことされたら、攻撃なんてできないわよ」

「ヴォルさん……」


 幻覚が私の姿をしてたから攻撃できなかったの?

 あの鬼神のようなヴォルさんに、そんな優しい弱点があったなんて。


 私は驚きつつも同時に感動した。

 せめて、早く怪我を治してあげなきゃ。

 傷口に手を翳し、風霊治癒ウェン・ヒーリングで彼女の傷を癒やし……


 って、あんなこと?


「ちなみに幻覚の私は何をしてたんですか?」

「うんとね、とつぜん告白されて抱きつかれたから、とりあえず服を脱がせて全身をちゅっちゅしてあげたの。そしたらすっごい可愛い声で啼くもんだから、アタシも偽物と知りつつ燃えてきちゃって、気付いたらお腹を――」

「……」


 ぺちぺち。


「痛い! 傷口を叩いちゃダメよ!?」

「脱がせる必要がどこにあったんですかね」

「幻覚だし、アタシは悪くないし! ちょ、血が、血がいっぱい出てる!」

「あり余ってるみたいですから、ちょっとくらい抜いたが良いんじゃないですか?」

「だれか助けて! ルーちゃんが怖い!」


 まったくもう、ヴォルさんはフリーダムなんだから……

 とりあえず怪我はちゃんと治すから、あんまり動かないでくださいね。




   ※


「あーあ、一人も始末できなかったね」

「そうだね。貴重な幻惑の石を五つも使ったのに」

「これは僕たちが直接、手を下すしかないみたいだね」

「そうだね。面倒だけど仕方ないね」

「王妃様の寝室を荒らさせるわけにはいかないもんね」

「まとめて始末しなきゃね」


 私がヴォルさんの怪我を治している間、赤青の双子はぼそぼそと何かを喋ってた。

 どうやら幻覚を破られた次は私たちと戦うつもりみたい。


「お前は気にせず治療に専念してろ。人質さえなければ、あの程度の敵は俺一人で十分だ」


 先生が私たちを守るように前に出る。

 わあ、なんて頼もしいんだろ。


「待った。ここはわたしに任せてよ」


 そんな先生に割り込んで、さらに前に出る子がいた。

 真っ黒な衣服を纏い丸い帽子を被ったカーディだ。


「良いのですか?」

「いいよ。本番前に肩慣らしもしておきたいし」


 カーディが細い手を振る。

 風切り音と共に、虚空から大剣が現れた。

 自分の身体よりもさらに大きな武器を肩に担ぎ、赤青の双子のいる方へ歩く。


「あの黒い服のやつは見覚えがあるよ」

「黒衣の妖将だね。ヒトじゃないけど、我々の同胞とも違う」

「聞いたことがある。強いのかな」

「幻惑の石を最初に破ったくらいだし、ザコではないと思う」

「油断はできないね」

「後も控えてるし、本気でやろ――」


 青い方が言葉の途中で吹き飛んだ。

 結構な距離から一気に接近をしたカーディ。

 彼女が大剣の横っ腹でそいつをぶん殴ったからだ。


 音速亡霊ソニックゴースト

 莫大な輝力を瞬間的に全身から発する術。

 瞬間移動にも思えるほどの速度で攻撃する、カーディの必殺技。


「うるさいんだよ、おまえら。相手してやるからさっさとかかってこい」


 なぜかカーディはイライラしてるみたい。

 双子の喋り方は確かに耳障りだけど、それだけが原因じゃないっぽい。


 ひょっとして、幻覚の中で嫌な事でもされたのかな?

 ところで今さらだけどカーディの声ってかわいいよね。


「せっかちなやつだね。黒衣の妖将」

「これはお仕置きの必要があるね。黒衣の妖将」


 赤い方がバネみたいに跳躍して青い方の側に移動する。


「わざと刃を寝かせたこと――」

「――後悔させてやる必要があるね」


 双子が掌を合わせ、


『合体!』


 同時に声を上げる。

 すると、彼らの体が光に包まれた。

 突き刺すよな眩しさに私は思わず顔を伏せる。


 やがて光が弱まり、顔を上げたときには、すでに双子の姿はどこにもなかった。

 代わりに長身の青年が双子のいた場所に立っている。


 腰まで届くほどの長髪。

 美形と言っていい端正な顔つき。

 纏っている服は双子のものと同じ前合わせの衣装。

 ただし、その色はなぜか真っ白だった。


「久しぶりだな、この姿に戻るのは……」


 声は低くて渋い。

 さっきの双子とはまるで違う。

 赤と青の双子が合わさって、ひとつの身体になったんだ。


 この世界の生き物は本当に不思議だなあ。

 あと、それより気になるのは……


「なんで白い服なんでしょうね。ふつう、赤と青が合わさったら紫じゃないですか?」

「知るか。本人に聞け」


 素朴な疑問を口にしたら先生に冷たくあしらわれたよ。


「我が名はグラスティル……と、名乗っておこうか」

「名前なんてどうでもいいよ。どうせすぐわたしにやられて死ぬんだし」


 カーディの挑発的な言葉に対し、グラスティルは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「奢るなよ、黒衣の妖将。我は王妃の部屋の番を任されし守人。ヒトの世に生まれし汝など我の敵では――」


 グラスティルが最後まで言葉を発するよりも早く、カーディの姿が掻き消えた。

 同時にグラスティルも消え、金属のぶつかるような鋭い音が響く。

 次の瞬間、グラスティルが私から見て右側に現れた。


「ぐっ!」


 カーディが壁に叩きつけられていた。


 ……え?

 何があったの、今?


 カーディはグラスティルをわざと挑発して、相手の反論を誘った。

 そして喋っている隙に不意打ちを食らわせようとした。

 そこまではわかった。


 一撃必中の音速亡霊ソニック・ゴースト

 カーディ相手に口喧嘩なんて完全な命取り。

 なのに、なんでカーディの方がやられてるの……?


「やつは奇襲を狙ったカーディナルの速度を上回った。それだけの話だ」

「え、先生は見えてたんですか?」

「どれだけ速く動けようとも、音速亡霊ソニック・ゴーストは『技』に過ぎない。その動きは直線的で軌道の修正もできない。だが、やつは身体能力だけで彼女の速度に追いつき、三度斬り結んだ後、懐に隠し持っていた鈍器でカーディナルの横腹を叩いたんだ」


 そ、そんなのってありなの?

 カーディの動きに追いつくなんて……

 もしかしてあいつ、めちゃくちゃ強いんじゃ?


「ほう、我の動きを目で追えた者がいるのか」


 グラスティルは興味深そうな視線を先生に向ける。


「幻惑の石に囚われなかった男か。面白い……次は貴様の相手をしてやろう!」


 合体前と違って、やたら偉そうな態度だね。

 対決を指名するグラスティルの提案を、


「お断りだ」


 先生はハッキリと断った。


「何だと? 怖じ気づいたのか」

「お前ごとき、俺が相手をする必要もねえよ」


 あ。


「我がその気になれば貴様らなど即座に皆殺しにできる。そちらで休んでいるヒト共の首も一呼吸の間に狩れるだろう。唯一、相手となる資格があるのは、我の動きを目で追える貴様しか居るまい」


 グラスティルはまだ気付いていないみたい。


「……ルーちゃん、治療はもういいわ。ちょっとアイツに身の程をわからせてやるから」


 ヴォルさんが炎のような輝粒子を発して立ち上がろうとする。

 ぺちぺち。


「痛い!」

「まだ治療が済んでないんだから、大人しくしていてください」

「だって、アイツに侮辱されてんだよ!」

「いいから」


 グラスティルはたしかに強い。

 流読みを懲らしても、私にさっきの動きはほとんど見えなかった。

 ヴォルさんはともかく、私なんかじゃ気を抜いたらすぐやられちゃうかも知れない。


 けどね。

 カーディは違うんだよ。


「気が早すぎるね。あの程度でわたしを倒せたと思っているの?」


 壁に叩きつけられたカーディが、服の埃を払いながら立ち上がる。

 大きな怪我もなく、その瞳はむしろ闘志に燃え上がっているように見えた。


 先生もわかっているんだ。

 カーディが、あの程度でやられるわけないってこと。

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