518 幻惑の石
いつの間にか私は、たった一人で闇の中に放り出されてしまった。
側にいるはずの仲間にいくら呼びかけても返事がない。
それどころか本当に周囲は真っ暗で、なんの音も聞こえない。
目からも耳からもなんの情報も入ってこない。
ぞっとするような暗黒と静寂。
ものすごい不安感がわき上がって、私は思わず泣きそうに……
い、いや、落ち着け!
これは何かの罠に決まってるよ!
とりあえず、冷静に考えてみれば、明るくする方法なんていくらでもある。
「
向かい合わせにした両掌の間に、熱を持たない淡い光が生まれる。
灯りの術を発動させたまま、高く両手を掲げて周囲を照らす……はずが。
光は私の上半身を照らすだけ。
周囲は依然として真っ暗なままだ。
な、なんなのこれ。
まさか本当に周りになにもないの?
わけわかんない。
心細すぎて辛いよう。
まるで悪夢の中にいるみたい。
「……かった、ルー!」
ふと、聞き慣れた声が近づいてくる。
私はハッとして顔を上げた。
どこ、どこから聞こえてるの?
目をこらして周囲を探る。
闇の中にぼんやりとその姿が浮かんだ。
それは小走りにこっちに近づいてくる。
やがて、ハッキリとジュストくんの姿をしているとわかった。
「無事だったんだね。急に真っ暗になったから、すごく心配したよ」
ジュストくんの姿をした人は安堵の表情で胸をなで下ろした。
見慣れた顔、本当に私を心配してくれているように
「他のみんなを探さないと。声は聞こえないけど、近くにいると思う……それにしても、ルーを最初に見つけられて良かったよ」
優しい言葉で私を安心させようとしてくれている……
ように見える、ジュストくんの姿をした人。
おかげで心細さはすっかり消えた。
すっかり冷静さを取り戻した私は、ジュストくんの姿をした人に問いかけた。
「あなた、誰?」
ジュストくんの姿をした人は驚いたような顔をした。
「どうしたんだよ、よくわからないことを言って。僕は僕だよ。それとも僕の姿が見えてないの?」
傷ついたような、困ったようにも見える顔で、私を騙そうとする
「ううん、見えてるよ。ジュストくんに見えるひとが」
「なら」
「でも、あなたはジュストくんじゃないよね?」
姿形はそっくり。
でも、感じられる輝力がぜんぜん違う。
こんなあからさまな偽物が現れたってことは、この暗闇は何かの罠だってことだよね。
「えっと、あなたをやっつければいいのかな?」
ジュストくんの姿をした人を攻撃するのは心苦しいけど……
本当のみんなに会うためなら、仕方ないよね。
それじゃ、いきますよー。
「
黒い火蝶がジュストくんの姿をした人に触れた。
轟音と共に盛大な爆発が巻き起こり、暗闇と静寂を打ち破る。
敵を倒した直後、爆発とは違う光が溢れ、すべての闇を覆い尽くすほど拡がっていく。
※
気がつけば、周囲は元の洞窟の景色に戻っていた。
「あれ、ピンクが先か」
すぐ側にカーディがいる。
ちょっと離れた所では先生が腕を組んで壁に寄り掛かっていた。
ただし、ジュストくんとヴォルさんの姿はなく、代わりにダイヤ型のよくわからない物体が空中に二つ浮かんでいた。
中には星のような輝きが閉じ込めてある。
宝石みたいできれい。
「なにこれ?」
「僕たちの幻覚術だよ」
「相手の肉体を閉じ込めて幻を見せるんだ」
私の質問に答えたのは、カーディでも先生でもなかった。
広い空間の先、それぞれ赤と青の派手な衣装を纏った、二人の少年がいる。
服の色以外は顔かたち、髪型に至るまですべてが一緒。
双子かな?
「だ、誰?」
「僕はレフティル、王妃の部屋を守る番人さ」
「僕はリフティル、君たちをここで足止めさせてもらう」
まったく同じ声で交互に喋るもんだから頭が痛くなってくる。
なんなのこの子たち。
「でも、驚いたねリフティル」
「何がだいレフティル」
「幻覚術が効かなかった男はともかく、少女二人もあっという間に出てきちゃったよ」
「確かにびっくりだ。きっと外見に惑わされず本質を見抜く力に優れているんだよ」
「仕方ない、残りの二人に期待しよう」
「一人くらい倒せるといいね。できるだけ手間をかけたくないからね」
赤青の双子がぺらぺらと喋っている間に、ダイヤ型の物体の一つが砕け散った。
溢れるほどの光と共に、中からジュストくんが出てくる。
「ん……ここは?」
「ジュストくん!」
間違いない、今度は本物のジュストくんだ。
「ああそっか、あれは幻だったのか」
「ジュストくんはどんな幻を見ていたの?」
「いや、ヴォルモーントさんが急に襲ってきて、説得しても聞き入れてくれないから、必死になって抵抗したんだけど……今になって思えば、彼女があんなに弱いわけないよね。本物なら説得するような暇もなくやられていたはずだし」
ああ、私もそっちの方が怖かったかも。
偽物だとわかっても、ヴォルさんの姿をした人に攻撃されたらと思うとぞっとする。
「ちなみにカーディは? あっさりと出て来れたみたいだけど」
「偽物のそいつがいたから、とりあえず攻撃しただけだよ」
カーディが顎をしゃくって示す先にいるのは、グレイロード先生。
彼女も私と同じく、他人の輝力を感じる能力に優れている。
それも私よりもずっと優秀だ。
当然、偽物なんて簡単に見分けられる。
暗闇を怖がって萎縮することもない。
あんなトラップは通用しないよね。
「先生は……」
「あの程度の幻覚術、食らうまでもなく
そうですよね。
でも、先生がやってることは言うほど簡単じゃない。
攻撃術と違って、幻術系ってどういうタイミングで
私なんていつの間に術をかけられたのかもわからなかったし。
「あの男は怖ろしいね。術が効かないのはさすがに想定外だったよ」
「けれど、慎重すぎるが故に僕らには手を出せなかった」
「僕らを殺してしまえば幻惑の石に閉じ込められた仲間がどうなるかわからないもんね」
「そういうことだよ。さあ、最後の一人がどうなるか、楽しみに待っていよう」
残念でした。
最後の一人はヴォルさんだもんね。
彼女は引っかかった罠を正面から吹き飛ばすような人。
私たちですら逃れられた幻覚ごときに、ヴォルさんが負けるはずないよ。
…………ないよ。
「ヴォルさん、遅いですね」
一分が経ち、二分が経ち、三分が経った。
ヴォルさんが閉じ込められているらしいダイヤ型の宝石はウンともスンとも言わない。
誰も私の呟きに反応してくれないけど、みんなも焦っているのがわかる。
「これ、助けた方がいいんじゃ……」
「止めろ!」
ダイヤ型の物体に手を伸ばそうとすると、先生に強い口調で止められた。
び、びっくりした、そんな大声出さなくても……
「対象者を身体ごと捕らえるタイプの幻覚術に外から干渉するのは非常に危険だ。ましてやそれは解析不可能な古代神器を触媒に使っている。手を出せば最悪、中身ごと砕け散る可能性もあるぞ」
うっ……
そ、それは危ないところだった。
余計な事したせいでヴォルさんが死んじゃったら大変だ。
「ヴォルを信じて待て」
一人だけ術から逃れた先生も、私たちを信じて待ってくれてた。
だったら私もしっかり信じで待たなきゃ。
「くくく」
「ふふふ」
赤青の双子がいやらしい笑いを漏らす。
今に見てろ、ヴォルさんが戻ってきたら、やっつけてやるからね!
※
それから約五分後。
ダイヤ型の物体が音もなく割れた。
眩い光の中から、ヴォルさんが姿を表した。
「ヴォルさん!」
ほら、やっぱり大丈夫だった!
「――っが!」
「ひっ」
獣のような獰猛な目で睨みつけられ、駆け寄ろうとした私は思わず足を止めた。
「うあ……ルーちゃん?」
「は、はい。ルーちゃんです」
「本物?」
「間違いなく本物です」
「そっか、よかった……」
打って変わった優しい表情で微笑んだ直後、ヴォルさんはその場で片膝をついた。
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