493 出航式

 ぱんぱぱぱーん。


 青空の下にラッパの音が響く。

 その大音量に私は思わず圧倒された。

 隣に立つジュストくんの袖をぎゅっと掴む。


「大丈夫?」

「う、うん」


 別に怖かったわけじゃないのです。

 ただ、目の前に拡がる光景が圧巻すぎて……


 ここはファーゼブル王国、王都エテルノの港湾地区。

 港には三階建ての建物を横に並べたような巨大な軍艦が停泊してる。

 私達の正面には、堂々とした佇まいで立ち並ぶファーゼブル輝士団のみなさま。

 そして、横を見れば王国の偉い大臣さまや偉い輝士さまがいっぱい。

 


 ……えっと。

 なんで私はそんな人たちに混じって、こんな所にいるんだっけ?




   ※


 それは昨日のことだった。

 ナータと再会を誓って別れた直後。

 私はジュストくんの待ってるエテルノに戻った。


 しばらく彼が戻ってくるのをホテルで待ってたら、なぜか衛兵さんがやってきて。


「桃色天使ルーチェ様ですね?」

「な、なんですか!?」

「王城までご同行願います」


 私は衛兵さんに連れられ、お城へ行くことになった。

 って言っても、別に無理やり連行されたわけじゃないからね。

 彼らはジュストくんが待ってるっていう伝言を伝えに来てくれただけ。


 エテルノの王城に入るのは初めてだから、すごく緊張した。

 旅の途中で別の国のお城に入ることはあったけど。

 自分の育った国だと、またちょっと違う。


 ファーゼブル王国だと、天然輝術師は存在そのものが罪になる。

 けど、どうやら正体がバレたってわけじゃないみたい。

 もしそうなら全力で逃げるつもりだったけど……


「ルー」

「ジュストくん!」


 無事にジュストくんと再会できた。

 ホッとしたのもつかの間、なぜかそのままお城で一泊することになって……


 今朝、気がついたら、こんなところに連れてこられてましたよ。


 考え直してもよくわかんないね。

 ジュストくんに聞いてみようかとも考えた。

 けど、なんかお喋りとかしちゃダメみたいな雰囲気なんだよ。


「英雄王よりお言葉を賜る!」


 髪の毛の薄い豪奢な身なりの人が、顔に似合わない良く通る声で言った。

 それと同時にまた、ラッパの音が鳴り響く。

 私はしゃきっと姿勢を正した。


 布団みたいなマント。

 鼻から上を覆う大きな仮面。

 奇妙な格好のヒトが、輝士さまに守られて台上に登る。


 あれが、英雄王アルジェンティオさま!

 魔動乱から世界を救った五英雄のお一人。

 現在の国王さまのお兄さまに当たるお方だ。


 英雄王さまは戦後に行方知れずになったって伝わっている。

 けれど、世界の危機を憂いて再び姿を表されたみたい。

 あの伝説の英雄がこんな近くにいるよ……!


 でも、あれ……

 なんかあのヒト、どこかで見たことあるような……


 ……って、当たり前だよね。

 英雄王さまの肖像画なんて、歴史の教科書にも載ってるくらいだもん。

 知り合いとかそういうのじゃないよ


「まずは、長らく諸君らを待たせた事を詫びる。雌伏の時は終わりだ。これよりファーゼブル王国の、いや全人類によるエヴィルへの反攻が始まるのだ」

『うおおおおおおっ!』


 英雄王さまが言を発すると同時に、輝士たちから大きな歓声が上がった。

 直後、どんっ! と鈍い音がして一気に静かになる。


 顔を覆った輝士さまの一人。

 英雄王さまの傍にいた鉄仮面さん。

 その人が、地面を剣の鞘で叩いた音だった。


 一瞬にして場が静まり返った。

 さ、さすがみんな、訓練されてるね。

 っていうかあの輝士さま怒ってたよね、今。

 怖いよう。

 

 その後は、静かな中で英雄王さまが淡々とお話をされた。

 途中から眠くなっちゃって、あんまり聞いてなかったんだけど……

 どうやらこの集まりは、英雄王さまの復活の報告を兼ねた出航式らしい。

 これからファーゼブル輝士団は、後ろの軍艦に乗って新代エインシャント神国に向かう。


「しかし我は先の大戦の後遺症もあり、もはや往年の力はない」


 大声こそ上がらなかったけど、輝士団の皆さんにざわめきが広がった。

 英雄王さまって言っても、もう結構なお歳だ。

 先頭に立って戦うのは難しいみたい。


 五英雄の中にはグレイロード先生みたいに元気な人もいるけどね。


「だが、神は人類を見捨てていなかった。我々かつての五英雄に変わる新たな英雄は、すでに王国に生まれていたのだ! 今ここに、我が意志を継ぐ次代の勇者たちを紹介しよう!」

「さ、行こう」


 ジュストくんが急に私の手を握る。

 どきどき。

 ……じゃなくて。


「えっ」

「台上に。大丈夫、ルーは別に何もしなくていいから」


 まって。

 次代の勇者って。

 私たちのことなのですか?


 こんな人たちの前で紹介されるわけ!?

 っていうか、天然輝術師って処罰対象のはずなんだけど……


 いいんですか?

 本当にいいんですか?


 大臣さまやら偉い輝士さまやらの視線を浴びつつ、私たちは中央の壇上へと向かう。

 ちょうど段から英雄王さまが降りらしゃっていなさるところでございました。


 ど、どうしよう。

 ご挨拶とかしたほうがいいのかな。

 すれ違いながら頭を下げるだけとかじゃ失礼だよね。


 ちらりと視線を横に向ける。

 私のことをじっと見てる人がいた。

 さっき輝士団の人たちを一発で黙らせた鉄仮面の輝士さまだ。


 ねえ、あのひと超こわいんですけど。

 下手なことしたら殺されるんじゃないかしら。


「緊張しなくても大丈夫だよ。僕が全部やるから」


 手の震えが伝わったのか、ジュストくんが優しい言葉をかけてくれる。


「う、うん。ありがと」


 よし、ちょっと安心したぞ。

 とりあえず、英雄王さまとすれ違うときは、ジュストくんのマネしよう。


 彼は前もって紹介されるのがわかってたみたいだし。

 以前にも一度謁見しているはずだしね。

 礼節とかは大丈夫でしょ。

 輝士見習いだしね。


 もう少し。

 まもなく英雄王さまとすれ違う。

 ま、まだ何もしなくても大丈夫ですか?


 手を伸ばせば届く距離まで近づいた。

 その時、なんと英雄王さまの方からジュストくんにお声をおかけにならっしゃった。


「緊張はしてねえみたいだな。まあ適当にやってこい」

「言われなくてもわかってるよ」


 はあ!?

 驚く私の横を英雄王さまは通り過ぎていった。

 作法どころか会釈する間もなく、私には一瞬も視線を向けずに。


 え、ちょっとまって。

 なに今の。


 壇上でのお話とはうって変わってフランクな……

 というか、乱暴な英雄王さまのお言葉にもビックリしたよ。

 けどそれより、ジュストくんの態度やばくない?


 もちろん、普段のジュストくんはとっても礼儀正しい人だよ。

 旅先で出会った偉い人とかには慇懃に振る舞うし。

 なのに、なんなの、今の気安い態度は!


 王族!

 超えらい人!

 伝説の英雄さま!


 っていうか、お側の鉄仮面の輝士さまがめっちゃこっち睨んでるよ!

 しかもジュストくんじゃなく、私を見てる気がするんですけど!

 表情はわかんないけど、絶対に怒ってるよね!?


 一応、後ろからいきなり斬りかかられる可能性も頭に置きながら、私はジュストくんに引かれるまま、おっかなびっくり壇上に上がった。


『おおおおおおおっ!』


 と、またも輝士団のみなさんから歓声があがる。

 さっきの英雄王さまの第一声にも負けないほどの盛り上がりだった。


「剣を」


 台の下で英雄王さまが言う。

 こんなふうに高いところから見下ろしてご無礼ではないでしょうか。


 ジュストくんが腰に下げた剣をスラリと抜いた。

 すると、剣はまるでライテルをかけたような眩い光を放つ。


『おお……』


 今度は輝士団から感嘆の声が漏れる。

 え、なんなのこれ。

 なんかの演出?


「紹介しよう。この青年こそファーゼブル王家の光を継ぐ者。我が息子、ジュスティッツアだ!」

「えっ」


 いまなんて?


「そしてその隣に立つピーチブロンド桃色の髪の少女こそ、聖少女プリマヴェーラの再来! セアンス共和国国立輝術学校の若き天才輝術師、リュミエールだ!」


 きょろきょろ。

 私は首を振って左右を見る。

 台上にはジュストくんの他には私しかいない。


 ……えっと。

 とりあえず。


「ええええええええええっ!?」


 大声で驚いちゃった私を、いったいどこの誰が責められるというのか。

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