494 鉄仮面の正体

 なんなんだろうね、これは。

 いったいどういうことなんだろうね。


 とりあえず再確認しよう。

 私の名前はルーチェ。

 うん、間違いない。

 十七年間そう呼ばれてきたんだから、間違えるわけがないね。


 リュミエールって誰だろう……

 セアンス共和国なんて旅の途中でちょっと寄っただけだし。

 私は去年まで、ファーゼブル王国のフィリア市で暮らしていたんだよ。


 ましてや国立輝術学校なんて所には行ったこともない。

 名前だっていま初めて聞いたんだよ。


 あと、ジュストくんが英雄王さまの息子?

 それも初めて聞いたんだけど。


 ジュストくんのお母さんはクイント国の山奥の村に住んでいる。

 彼もそこで生まれて、ずっと村を出たことがなかったって言ってた。

 言われてみれば、ジュストくんのお父さんの話とか、聞いたことなかったけど……


 だからって実は英雄王さまの息子だなんて、どう考えても話が飛躍し過ぎな気がするんだけど、そこの所はどうでしょう。


 それと、このベッドすっごい柔らかい。

 倒れ込むとふにゅーって沈んで、周りぜんぶを羽毛に包まれてるみたい。


 ふう……極楽気分。

 っていうか、個室なのに広すぎ。

 学校の教室くらいの広さの床に真っ赤なカーペット。

 細かい彫刻のテーブルに、玉座みたいなソファまであるよ。

 天井を見上げてみれば、巨大なシャンデリアがぶら下がっている。


 ここって本当に船の中?

 そんな風に疑いたくなるくらい豪華。

 あのドレッサーなんて金で作られてるっぽいよ。


 思考がそれた。

 えっと、なに考えてたんだっけ。


 こんこん。

 誰かがドアをノックする。

 私は起き上がって、ベッドに腰掛け返事をした。


「はーい」

「ルー、入っていい?」


 ジュストくんの声だ。


「どうぞ」


 考えるより聞いた方が早いよね。

 彼は事情を知ってるみたいだし。


 エテルノで別れた後、王宮でジュストくんはなにをして、なにを聞いたのか。

 どうして私たちはこんなことになったのか、しっかり問い詰めなきゃ。


「失礼します」


 部屋に入ってきたジュストくんは、いつもと変わらない優しい表情だった。


「ここ、いいかな」

「うん」


 腰の剣を外してソファに腰掛ける。

 さあて、なにから聞こうか。


「えっと。さっきのは、いったい……」

「ごめんね、急なことで話してる余裕もなかったんだ。今からしっかり説明するから」


 それじゃ、まずは一番重要なことから聞きましょう。


「ジュストくんが英雄王さまの息子って本当なの?」

「うん。非常に不本意ながら」


 あっさりと肯定した。

 マジか。


「黙っていたことは謝るよ。けど、理由があって話せなかったことはわかって欲しい。正式に認められた子でもなかったしね」


 まあ、行方知れずの英雄王さまの隠し子なんて知られたら、いろいろと大変なことになるってことくらいは察しがつく。


「それじゃ、ネーヴェさんはもしかして……」

「僕の本当の母さんで間違いないよ。まあ、若い頃にいろいろあったんだってさ」


 ジュストくんはかなり複雑な顔をする。

 うーん、この辺はあんまり深く聞かない方が良いかも。

 っていうか英雄王さまってちょっと……ううん、けっこう、尊敬できない人なのかも……


「じゃあ、次は私の説明。リュミエールってどこのどなた? 私はセアンス共和国出身でも、輝術学園の生徒でもないんだけど」

「国家間のしがらみがあってね、仕方なくそういう設定にしたいらしい」

「どういう事?」


 よくわからないから詳しく聞いてみる。

 ジュストくんは順を追って話してくれた。


 新代エインシャント神国が主導する反攻作戦。

 それに参加するメンバーは、大国間でバランスを取りたいらしい。

 終戦の功労者が国毎に偏れば、後で問題が起きてしまうかもしれないから。


 けど、セアンス共和国には反攻作戦に参加できるほどの実力者がいない。

 なので他国にお金を支払い、メンバーのひとりを自国出身と捏造することにした。


 それに選ばれたのが、私。


「人類の存亡が関わってるってのに、厄介なことだよ」


 ファーゼブル王国はジュストくん。

 シュタール帝国からは一番星ヴォルさん。

 新代エインシャント神国からはもちろんグレイロード先生。


 ファーゼブル出身の私が参加すると、ジュストくんと被っちゃう。

 セアンス共和国の人って設定だから中部古代語っぽい偽名なんだって。


「って、私はまだ反攻作戦に参加するとは……」

「え?」


 ……ううん、やめよう。

 もう覚悟は決めたんだった。


 力が及ぶかはどうかはわからない。

 まだ、選んでもらえるかすらわからないけど。

 自分にできることは、精一杯やってみようって思う。


 まあ、一生懸命やってみてお断りされたら、それは仕方ないってことでいいよね?


「なんでもない。一緒にがんばろうね!」

「うん」


 やるぞ、おー!

 そんなふうに拳を握り、気合いを入れていると。


 コンコン。

 開きっぱなしのドアを誰かがノックした。


 私はそっちに視線を向けて――びくっ!


 さ、さっきの人!

 大勢の輝士さまたちを一発で黙らせた、鉄仮面の輝士さま!


「天輝士殿、お疲れさまです」


 ジュストくんは立ち上がって姿勢を正し、ビッと敬礼をした。


 わ、私も挨拶した方がいいのかな。

 なんかこの人、輝士さまの中でも偉い人っぽいし。

 でも見よう見まねで敬礼なんてしたら「輝士を侮辱するか!」とか言われちゃわないかな。


 鉄仮面の輝士さまは素早く返礼をして、ずかずかと室内に入ってきた。

 しかもジュストくんを無視して私の方に向かってくるよ!


 な、なに!?

 私、なにかしましたか!?


 とっさにジュストくんの背中に隠れようとしたけど、鉄仮面の輝士さまはすでに目の前に立っていて、仮面の切れ目の深淵から怖ろしい視線を向けてくる。


 身長は意外と高くない。

 ジュストくんと同じか少し低いくらい。

 なのに、なんなのこのとんでもない威圧感は!?


 まるで初めて会った頃の、寡黙だった時のヴォルさんみたい。

 あれに匹敵するくらい恐ろしい人ってこと!?


「久しぶりだな」

「ひっ、ごめんなさい!」


 急に声をかけられ、思わず謝ってしまった。


「……えっ」


 今なんて?

 久しぶりって言った?

 私、ファーゼブルの偉い輝士さまに会ったことなんてあったっけ?


 っていうか、随分とやさしい声だったね。

 まるで女の人みたいに……女の人?


「なんだなんだ。顔を隠してるから、わからないのか?」


 あ、この声……

 もしかして。


「……ベラお姉ちゃん?」

「正解」


 目の前の輝士さまは鉄仮面を両手で挟み込むと、それをずるりと頭から外した。

 ふわりと拡がるウェーブがかった黄金の髪。

 優しげな笑顔の、端正な顔。


 ベラお姉ちゃんだ!


「うわあっ、久しぶり! どうしたのこんな所で!?」

「どうしたもなにも、お前たちの護衛だよ。私は正式なファーゼブル輝士だからな」


 そう言えばそうだっけ。

 でも、うわあ……うわあ……!

 まさか会えると思ってなかったから、すごい嬉しい!

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