457 大賢者の不満

 控え室に戻ってきた私は、すごく不満だった。


 なんなの!?

 なんで先生が途中で乱入してくるのよ!

 何でか知らないけど、エタンセルマンさんは負けを認めちゃうし!

 あんないい人に攻撃するとか、先生はやっぱりひどい人だね!


 そんな私の疑問に答えたのはサーチさんだった


「エタンセルマンは自主選別と称し、試験を受講予定だった白の生徒たちを多く傷つけました。さらに彼は大賢者様を暗殺し、その力の秘密を探ろうとしていた節があります。幸いにも死者は出なかったので温情が与えられる可能性はありますが、数年間の投獄が妥当でしょう」


 この人の本性が先生に近いことを知っている私は、ちょっと引き気味になりながらも、恐る恐る意見を言った。


「じ、自主選別とかやっている人は、他にもいたみたいですけど」

「すべて把握しております。エタンセルマンを含め、神都内で不当な暴力行為を行った者たちはすべて身柄を確保してありますので、ご安心を」


 ああ、戻ってきたら姿を見かけないと思ったら、そういう……

 スチームのやつ、ごしゅうしょうさま。




   ※


 その後も試合は続く。


 対戦相手が先生に攻撃を仕掛けて失格になって不戦勝になってた人も、改めてもう一度番号を呼ばれ、結果的に全員が闘技場に立った。


 エタンセルマンさんと先生が完全に破壊してしまったはずの石の舞台は、ちょっと目を離した隙に元通りになっていた。


 大規模物質転送術か、テッラ系の物質創造術か……

 たぶん先生が輝術でやったんだと思う。

 やっぱ恐ろしいね、あの人は。


 全員の試合が終わった。

 観戦部屋に残っているのは私とジュストくんだけ。

 やっぱり一〇分って言う制限時間はどう考えても短すぎだよ。

 ちゃんと決着がついた試合は私たち意外になし。


 中には明らかに対戦相手を圧倒している人もいたけれど、ころさずに降参させるのは難しく、結局みんな最後まで粘られて時間切れになっていた。


 逆に言えば、突出してダメは人はひとりもいない。

 さすがは白の生徒っていうか、簡単には折れない人たちばっかりだった。

 そうなると、もの凄く面倒なことになりそうなわけで。


「これからどうするのかな……」


 私は独り言のように呟いた。


 い、嫌だよ?

 ジュストくんと戦うなんて、絶対。

 もしそんなことになったら、すぐに降参しちゃうんだから!


「まもなく、敗者たちに説明を終えた大賢者様がこちらにおいでになります」


 私の呟きを聞いてサーチさんが答えてくれる。

 もう少し待ってろってことだね。

 ホテルに戻りたいよう。


 なんか汗かいちゃって、服の中べとべとだし。


「うわっ!」


 ジュストくんがいきなり大声を出した。


「な、なに? どうしたの?」


 私は驚いて彼の方を向いた。

 彼の視線は私に向けられている。


「ルー、それ、大丈夫なの?」

「それ?」


 彼が指差したのは、私のお腹あたり。

 視線を落として確認する。

 術師服のあちこちが赤黒く染まっている。


「おわっ!?」


 今まで気づかなかったけど、触れると明らかに内側からぺっちょりと濡れている。


 汗だと思ってたのは私の血だった。

 なにこれ、いつの間にこんなことに!?

 よく見れば術師服もところどころ破けてるし!


 ちょっと引っかけて破れたって感じじゃない。

 鋭利なナイフかなんかで斬られたような痕だった。


 あ、もしかして、さっきのエタンセルマンさんとの戦いで?

 そういえばなんか途中でちくちくすると思ったけど……

 痛みを感じないからさっぱり気づかなかったよ。


 あの人、手加減してくれるって言ったのに……

 少しだけ悲しい気分になりながら、私は火霊治癒イグ・ヒーリングで体の傷を治す。

 傷口が一瞬だけ燃え上がり、服に引火する前に素早く消すと、傷はすっかり塞がった。


 ついでに洗風ウォシュルで血の汚れを落とす。

 破れた服はどうしようもない。

 後で仕立屋さんに持って行かなきゃ。

 それまでこんなボロボロの格好とか恥ずかしいよう。


「ご自分で治療なさるとは……お手並み、見事です。お体はもう大丈夫ですか?」

「え、あ、はい」


 心配してくれるサーチさんに私は笑顔を作って答えた。


「痛くはないですから」


 とは言ったものの、血が抜けたせいか、ちょっとだけフラッとする。

 そう言えば、以前にカーディにも怒られたっけ。

 痛みを感じないからって無茶な戦い方をしてたら、本当に死んじゃうかも知れないぞって。


 怪我は治せるんだし別に問題ないのにね。

 それより、できればもう休みたいな。


「それはどういう……」


 不思議そうな顔でサーチさんが何かを言おうとすると、ドアの向こうからグレイロード先生が現れた。


 先生はのしのしと大股でこちらに近づいてくる。

 その迫力はエタンセルマンさんとは比べものにならない。

 というか、ケイオスの方がマシってくらい、めちゃくちゃ怖い!


 無言のまま私たちの前に立った先生は、開口一番こう言った。


「正直、期待外れもいい所だ」


 うっ。


「手間暇かけて鍛え上げたガキ共が、揃いも揃って十人並みの冒険者崩れになって帰ってくる。俺はこんなお遊戯が見たくて待ってたわけじゃねえ」


 こ、こどものゆうぎ!?

 あんまりな言葉に顔色を変える私。

 先生は気にもせず、さらにキツい言葉を並べた。


「ジュスト、お前は剣士なのか大道芸人なのかハッキリしろ。戦場で死に物狂いの敵兵が小手先だけの脅しで引いてくれると思うか。ましてや無数に襲い来る邪悪な獣を相手に通じると思うか」

「……いいえ」


 ジュストくんは首を横に振った。

 そんなこと言っても、仕方ないじゃない。

 ジュストくんは一人じゃ輝攻戦士になれないんだからさ。

 一対一の試合じゃなきゃ私が輝力を貸せるし、そしたらもう、もの凄く強いんだからね!


「不満があるって顔だな」


 心を読まれたのかと思ってドキッとしたけど、先生は私じゃなくジュストくんを見ている。

 頭一つ分高い位置から、見下ろすように。


「言いたいことがあるならハッキリ言え」

「僕は……状況に応じた戦法を取っただけです」


 うんうん、そうだよジュストくん。

 もっと言ってやって!


「そういう台詞は、いくつも選択肢があるやつが言うもんだ。相手の実力も見極めないうちから危険な戦術を選ぶ馬鹿がどこにいる」

「それは……」

「お前、この半年間ずっと、ルーチェに頼り切ってきたのか?」

「……」


 ジュストくんは言葉を失ってしまう。

 でも、それは仕方のないことじゃない!

 輝攻戦士になるには五大国で正式な輝士になって、きちんと活躍を認められなきゃダメなんだから。


 この半年間、必死で旅を続けてきたジュストくんに、そんな暇はなかった。

 っていうかそもそも、正式な輝士になるために先生の無茶な要求に応えてこんな所まできたのに!


 ……って、あれ?

 だとしたら、他の白の生徒の人たちは、どうやって輝攻戦士になったんだろう?

 あの人達って、どう考えても正式な輝士じゃないよね。


 ま、まあそんなことはどうでもいいや。

 とにかく、ジュストくんが輝攻戦士になれないのは仕方ないんだよ。

 私との隷属契約スレイブエンゲージで輝攻戦士化できるから何の問題もないし、いざとなればフレスさんもいたし。


 先生は今度は私に視線を向ける。


「ルーチェ」

「っ、はい! ごめんなさい!」


 分からず屋の先生を睨みつけていた私は、もの凄い圧力の視線を受けて反射的に謝ってしまった。


「お前、何のためにここにいる」

「な、何のためって……?」

「遊びのつもりならさっさと帰れ」

「あそ……っ、遊びじゃ、ないです……!」

「エタンセルマンは本気でお前を殺すつもりだった。しかし、お前は最後までまともに相手をしようとしなかった。だからこそ、やつは自分が遊ばれていると気づいて心が折れたわけだが……」


 そ、そんなつもりはなかったんだよ。

 私は適当なところで負けるつもりだったんだから……

 っていうか、エタンセルマンさんはすっごく手加減してくれてたし!


「才能だけで切り抜けられるうちはいい。だがな、それが通用しなくなった時、お前は確実に死ぬ。自分の体になにが起こったのかもわからず命を落とすんだ。殺し、殺される覚悟がない者は戦場に立つな」

「なっ……」


 思わず頭に血が上りそうになる。

 だけど、否定はできない。


 先生が怖い。

 特殊な任務とか面倒そう。

 できれば試験なんか合格したくない。

 そんな風に私が思っていたのは事実だから。


 白の生徒が私たち以外にも大勢いるって知ってからだ。

 自分たちが頑張らなきゃいけないって気持ちが薄れたのは。


 けど、けどねっ。

 半年もかけてこんな遠くまできたのに。

 何度も死にそうな思いをしながら旅してきたのに!

 せっかく、先生に言われたとおりに頑張ってきたのにっ!


 ようやくここまで辿り着いて……

 いきなりの言葉がこんなのなんて、そんなの、あんまりだよ!


 涙を我慢する私をよそに、先生は聞こえよがしに大きなため息を吐いた。


「お前ら、もうファーゼブル王国に帰れ」

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