417 ▽光の棒

 ジルの裏拳は顔面にクリーンヒットした。

 しかし逆毛の男は倒れない。


 攻撃を当てたジルは素早く後ろに下がる。

 逆毛は鼻の頭を掻きながら不快そうに唾を吐いた。


「ちっ。やっぱ痛い目に合わせねえとわかんねーのかよ」

「やるのは構わんが、間違っても殺すなよ」

「わかってる……よっ!」


 逆毛が大振りのパンチを繰り出す。

 ジルは防御の構えを取り、両腕で受け止めた。


「ぐっ……」


 だが、その威力はやはり尋常ではなかった。

 先ほどのナータと同じように吹き飛ばされる。


 飛ばされながらも、ジルは体を捻って半回転。

 空中で体制を立て直し、華麗に地面に着地した。


「お?」


 逆毛男が意外そうな顔をする。

 次の瞬間、ジルは一足飛びで敵の間合いに戻った。

 ナータよりも遙かにキレのある回し蹴りを敵の顔面に叩き込む。


 これにも逆毛男はノーガード。

 またも大振りのパンチをしてくるが、今度はジルも当たらなかった。


「遅いっ!」


 ジルは攻撃を難なくかわし、ガラ空きのボディに拳を叩き込む。


「ぐっ……」


 逆毛男の膝が落ちる。

 ジルは頭の下がった逆毛男の髪を掴んだ。

 容赦のない膝蹴りを何度も何度も顔面にお見舞いする。


「おらっ、言え! さっさと言えよ!」


 二度、三度と、容赦のない攻撃を加えていく。

 普通の人間なら死んでもおかしくないラッシュだ。


 それでも、逆毛男は倒れない。


「調子に乗るんじゃ……ねえええぇっ!」


 逆毛男はジルの腰を掴んで力任せに持ち上げた。

 そのまま腕を振り下ろし、地面に叩きつけようとする。


「ふっ!」


 背中から落ちる直前、ジルは足を伸ばして逆毛男の体を蹴った。

 勢いに乗って男の手から離れ、バック転を繰り返しつつ距離を取る。

 彼女はナータの側で動きを止めると、前髪を掻き上げながら悪態を吐いた。


「信じらんねえ、あいつ本当に人間かよ」

「いや、あんたもね……」


 逆毛男の耐久力も恐ろしいが、ジルの動きも普通の女子生徒の枠を遙かに超えている。

 こんなやつと同じコートで闘うバスケ選手たちが気の毒だとナータは思った。

 さすが格闘一家の娘は伊達じゃない。


「とにかく、あいつらはヤバすぎるわ。ここはひとまず逃げるわよ」


 何者かは知らないが、普通の人間じゃないことは確実だ。

 あんなに顔面をボコボコに蹴られたのに、逆毛男は傷ひとつない。

 こっちは攻撃を一発でも受ければ、馬に撥ねられたみたいに吹っ飛ばされる。


 あいつらはバケモノだ。

 これは不良同士のケンカじゃない。

 ナータは当然のように撤退を主張したが、


「逃げない」


 ジルは首を横に振った。


「は?」

「あいつらからターニャのことを聞き出さないと」

「ちょっ、なに言ってんの!?」

「あんなやつらと関わってんなら、なおさら放っておけるかっ!」


 ジルは大声を上げながら敵に突っ込んでいく。

 ダメだ、こいつは友達のことになると見境がなくなるやつだ。

 まあ、それはナータも同様なのだが。


「やんのかオラッ、かかって来いやぁ!」

「カヴィリア、遊びは終わりにしろ。二人がかりで拘束するぞ」


 総髪黒眼鏡の男が逆毛男(カヴィリアと言うらしい)に指示を出す。

 水を刺された形になったカヴィリアだが、舌打ちをしながらも素直に従った。


「ちっ、仕方ねえな……じゃあ、俺はあいつの攻撃を受けるから、クオイは後ろに回れ」

「てやあっ!」


 ジルの蹴りがカヴィリアの腹に直撃する。

 これもやはり、ダメージをほとんど与えられない。

 反撃のパンチはかわしたが、その隙にクオイと呼ばれた黒眼鏡の男がジルの背後に回る。


 二対一の攻防が始まった。


「ターニャはどこだっ!」

「うるせえ!」


 カヴィリアとクオイはジルの攻撃を防ごうともしない。

 まともに受けてもダメージはなく、彼女を強引に掴まえようとする。


 片方は常にナータからは完全に背を向けた形だ。

 不意打ちの全力蹴りが通じなかった以上、ナータのことなど警戒するまでもないのだろう。


「このアマっ、ちょろちょろと!」


 ところが、あいつらは動きそのものは普通の人間と変わらないようだ。

 ジルが運動神経だけで攻撃を避け続けているのがその証拠である。


 だがジルの攻撃はやつらには通じない。


「くっ……」


 ナータは奥歯を噛んだ。

 あんなに隙だらけなのに、なにもできない。

 このままではやがてジルも体力が尽きてしまうだろう。


 せめて武器でもあれば、援護ができるのに――


「ん?」


 ナータは足元に何かが転がっているのに気づいた。

 さきほど吹っ飛ばされた時にポケットから零れたらしい。


 円筒状の筒。


 アルディ氏が護身用にと渡してくれたモノ。

 どう見ても、武器には見えないが……


 ナータはなぜかそれが気になって、誘われるように地面から拾い上げた。

 その時。


「……っ!?」


 掌に軽い震えが走る。

 目の前が急に明るくなった。

 思わず目を背け、再び視線を手元に向けた時、そこに信じられない物を見た。


 拳二つ分程度の長さだった筒が、奇妙な変化をしていた。

 元々の部分に加え、先端の空洞から、薄紫色に輝く光が伸びていた。


 その姿はまるで光の剣……じゃないな。

 刃もないただの細長い円柱なので光の棒か。


 試しに指先で軽く触れてみる。


「いたっ!」


 強烈に痺れた。


 思わず手をひっこめる。

 まるで雷を封じ込めてあるようだ。

 よくわからないが、これは使えると思った。


 いける、これなら!


 ナータは柄部分になった筒を握り締め、敵に突っ込んでいく。

 狙うはこちらに背を向けている総髪黒眼鏡のクオイ。


 敵はナータが駆け寄る足音に気づいて、ちらりとこちらを振り向いた。

 しかし相手にする価値もないと判断したのか、すぐに視線をジルの方に戻す。


「でえええいっ!」


 そのガラ空きの背中に、光の棒を叩き込む。


「ぐおおおっ!?」


 重さもほとんど感じないのに、十分な手応えがあった。

 剣闘で相手の防具を打った時と同様の衝撃だ。

 攻撃を当てたナータは素早く身を引いた。


 クオイは膝をつき、鬼の形相でこちらを睨む。


「貴様……っ!」


 効いている。

 剣闘の時と同じ感覚で闘える。

 この武器なら、ダメージを与えることも――


 と、ナータが強気に出た瞬間。


「りゃあっ!」

「ぐげっ」


 クオイの横っ面をジルが蹴り飛ばした。

 ナータに気を向けていたため、完全に油断していた形である。

 眼鏡は盛大に吹き飛び、地面に顔から激突して、数メートルほど地面を転がった。


 びくびくと体を痙攣させるクオイ。

 どうやら起き上がる気配はない。


「は……?」


 マヌケな声を出したのは、逆毛男ガウィリアである。

 信じられない物を見るような目で、倒れ伏す仲間を眺めている。


「なんだそりゃ、オイ」


 さっきまではどれだけ攻撃を当てても倒せなかったのに。

 今度はたったの一撃でダウンしてしまった。


 呆然としているガウィリアはどうみても隙だらけ。

 そこにジルが迫る。


「たっ!」


 顔面に強烈な突きを叩き込む。

 やはりガウィリアはびくともしない。

 彼は拳を食らった頬を掻いて、嫌らしい笑みを浮かべた。


「効かねえなあ。なにせ俺は準輝攻戦士……最強に近い力を貰った男だ。女の拳なんか効かねえんだよ!」

「そんじゃ、こいつはどうよ!?」


 下がったジルと入れ替わりに、ナータが飛び込んだ。

 渾身の力を込め、ガウィリアの脳天に光の棒を振り下ろす。


「がっ!?」


 攻撃はまともに命中。

 ガウィリアはよろめいた。


「どうだ!」

「こ、のっ」


 しかし、倒すには至らない。


「もう命令なんか知るか、こいつで死ねやぁ!」

「しまっ――」


 反撃のパンチが来る。

 ナータは勢い余って前のめり。

 攻撃を避けるのはおそらく不可能。

 防御も間に合わない。


「ぐっ!」


 ガウィリアの拳がナータの横っ面を叩いた。

 もしそれがさっきと同威力のパンチなら、死んでもおかしくなかったのだが……


「なっ、なんで倒れねえ!?」


 ナータは歯を食いしばって耐えた。

 痛いことは痛いが、吹き飛ばされるほどの威力ではない。

 さっきと比べて明らかにパワーダウンした、ただの不良のパンチだった。

 口の中に溜まった血を吐き出し、ナータは怒りの形相でガウィリアを睨みつける。


「このクソ野郎! 万倍にして返してやんよっ!」


 光の棒を全力でフルスイング。

 手加減皆無、顔の形が変わるほどの一撃。

 それはガウィリアの身体を数メートルも吹き飛ばした。

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