416 ▽普通じゃない二人組

 近くの公園のベンチに並んで腰掛け、ジルからここ最近のいろんな話を聞いた。


 ターニャの様子がおかしいこと。

 急に運動が得意になったらしいこと。

 バレー部の素行の悪い連中と付き合うようになったこと。


 それらの理由をターニャに問い質したが、面と向かって罵声を浴びせられた上、「大嫌いだ」とまで言われてしまったこと。

 その日を境にターニャが学校に来なくなって、ここ数日は家にも帰っていないらしいこと。


 一通り話し終えると、ジルは目元を拭ってかすれそうな小声で謝った。


「ご、ごめんな。みっともないところ見せちゃって……」

「いや……」


 彼女はグスグスと鼻をすすりながら、奢ってやったパックのコーヒーを啜る。


 ナータがカギ開けに夢中になっている間に、友人たちが大変なことになっていた。

 実を言うと、ナータはターニャが学校に来ていないことすら気づいていなかったのだ。


 ルーチェの共通の友人ということで、四人でグループのような形にはなっている。

 しかし、ナータはターニャとあまり親しいとは言えなかった。

 嫌いではないが、何となく苦手なのだ。


 ジルにとっては大切な幼なじみである。

 二人の関係は自分とルーチェの関係に近いだろう。

 時には邪険に扱われながらも、よく彼女の世話を焼いていた。

 我が事に置き換えて考えてみれば、落ち着いてはいられない重大ごとだ。


「さすがにさ、嫌いってのは言葉のあやだと思うわよ。あの子だって機嫌が悪い時くらいあるだろうし、イライラしてて思ってもないことを言っちゃっただけよ。きっと」

「そうかなあ……」

「そうに決まってるって。普段のあんたを見てれば、嫌われる要素なんてなにもないもの。バレー部連中だって交友関係が増えるのはいいことじゃない」


 ナータ自身はともかく、ルーチェやターニャに対するジルは本当に良いやつだ。

 ガサツなように見えて面倒見が良い姉御肌の友人。

 友達を大事にしすぎるあまり、ちょっと過保護なところも見られるけど。


 ターニャがなぜアルマたちと仲良くなったのかはわからない。

 友達は選べと言いたいが、人付き合いにまで口出しするのはさすがに鬱陶しく思われても仕方ないだろう。


 それより問題は、ターニャが家に帰っていないことだ。


「家族は捜索願いは出したって?」

「ううん。どうせすぐ帰ってくるから、放っておけって言ってた」

「は? なにそれ? 誰に?」

「ターニャの両親は貴族会の役員でさ。娘が家出したなんて、噂になるだけでもマズイんだって。オオゴトにはしたくないから余計なことはするなだってさ」

「そいつら馬鹿じゃねえの?」


 思わずキレそうになった。

 当人が目の前にいたら胸倉を掴み上げていたかも知れない。

 貴族会だかなんだか知らないが、娘の安否よりも自分の評判の方が大切なのか。


「行くわよ」


 ナータはベンチから立ち上がった。

 ジルはよくわかっていない表情で見上げる。


「行くって、どこに?」

「決まってんでしょ。その辺で手当たり次第に聞き込みすんのよ。ターニャの馬鹿親の耳にも入るよう、おおっぴらにね」

「ま、待てよ」

「ねえ、そこの人――」

「待てってば!」


 さっそく公園から出て目についた人に話しかけようとすると、ジルに腕を掴んで止められた。


「ターニャの両親って、昔からすごく厳しい人でさ、アタシが余計なことしたらターニャが叱られちゃうんだよ。前に怒られた時は三日くらい家に入れてもらえなかったって言ってたし。ターニャは真面目だから、いつもちゃんと帰ってくるって、きっと今回も」

「いつもそうだからって、今回も無事に帰ってくるとは限らないでしょ」


 ますます許せない話だ。

 自分の子どもを追い出して家に入れない?

 それが親のすることか!


 ナータは自分の本当の親を知らないが、自分を育ててくれた園長先生や、フィリオ市にいたころの義理の両親は絶対にそんなことしなかった。


 貴族会?

 知るか、そんなジジババのお気楽サロンなんか。


「つーか、あんたも怒りなさいよ。家族ぐるみの付き合いだかなんだか知らないけど、どう考えてもターニャの親は異常でしょ」

「そりゃ、アタシもそう思うけどさ……」

「だったら行くわよ。親のことなんか関係ないわ。あんたがあんたの友達を心配してるなら、親なんて気にしないで必死になりなさい。何かあってからじゃ遅いのよ」


 以前にルーチェを助けるため、輝士相手に立ち回った時のことを思い出す。

 あれだって一歩間違えれば死罪だったが、親友を失うことに比べたら怖くなんてなかった。


 それで誰に恨みを買ってもいい。

 本人から嫌われようが一向に構わない。

 自分がそうしたいから、友達を助けに行くんだ。


「うん、そうだよな……そうだ。そうなんだ」


 ジルは顔を伏せ、何度も呟いていた。

 そして次に顔を上げたとき、彼女の瞳にはいつも通りの強い光が戻っていた。


「わかった、ターニャを探すよ。こっちから会いに行って、とことんまで話をしてやる」

「その意気よ」


 二人は強気な笑みを交わし、握った拳を軽くぶつけ合う。

 そして公園から出るべく一歩を踏み出した時。


「ジーリョってのは、お前か?」


 男に呼び止められた。

 二人は声のした方を見る。


 金髪逆毛と、総髪の黒眼鏡。

 いかにも悪ガキ然とした二人組である。

 そいつらはニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。


 ちなみに、ジーリョというのはジルの本名である。


「誰よ、あんたら」


 どう見ても友達という雰囲気ではない。

 ナータが不審に思って問いかけるが、答えはなかった。

 声をかけてきた逆毛の男は噛んでいたガムを不快そうに吐き捨てる。


「部外者はどいてろ。用あるのはそっちの女だけだ」

「アタシは別に用なんてないけど。っていうか、本当に誰だよお前ら」

「誰だっていいだろうが。いいから黙って俺たちに着いてこい、さもないと――」


 最後まで言い終わる前に、ナータが飛んだ。

 彼女のハイキックが逆毛男の顔面に突き刺さる。

 ふわりとスカートを翻しながら、一回転して着地する。


「自己紹介もできない男が、ナンパなんかしてんじゃねーよ」


 逆毛男の失礼な態度には腹が立ったし、ムカつく口の聞き方だったから遠慮する必要もないと判断した。


 先制攻撃でとりあえず一人沈める。

 もう一人がそれでやる気を失うなら良し。

 逆上して襲いかかって来ても、チンピラなんて敵ではない。


 はずだったのだが。


「……ってぇな」

「え?」


 顔面に蹴りを食らったのに、逆毛男は倒れなかった。

 口元の血を拭い、怒りに染まった顔を向ける。


「女だからって調子乗ってんじゃねえぞ!」


 逆毛が拳を振り上げる。

 ナータはとっさに腕で顔を守った。


 男のパンチが腕に当たる。

 予想を遙かに超えた衝撃だった。

 ナータは大きく後方に吹っ飛ばされた。


「がっ……!?」


 したたかに背中を打ち付ける。

 肺の中の空気が一気に放出される。


「オマエっ!」

「おっと、やめようぜ。俺らは別にケンカをしに来たわけじゃないんだからさ」


 もう一人の総髪黒眼鏡が逆上するジルを宥めようとする。


「アタシの友達を殴っておいて、ふざけんな!」

「いやいや、今のはどう見てもそのお嬢さんが悪いだろう。大人しくしていれば暴力を振るうつもりなどなかったんだが、さすがに顔面に蹴りを入れられちゃあね」

「っ、ちょっと待ってろ!」


 ジルが倒れたナータに駆け寄る。

 ナータは咳き込みながら何とか起き上がった。


「けほっ、けほっ……」

「大丈夫か?」

「な、なんとかね」


 強がってみるが、ダメージはかなり大きい。

 まるで輝動二輪に撥ね飛ばされたような衝撃だった。

 特に、壁にしたたかに打ち付けた背中がズキズキと痛む。


「普通じゃないわね、こいつら」


 あんなパンチを食らうのは初めての経験だった。

 ぱっと見はどこにでもいそうな、町中に溢れているチャラい若者。

 いくらナータの体重が軽いとは言え、パンチだけで人間の体が宙に浮くものなのか。


 逆毛男は醜悪な顔で笑いながら、小馬鹿にするように肩をすくめてみせた。


「無理すんな。あんたは寝てりゃ見逃してやるよ。連れてこいって命令されてるのは、ジーリョって女だけなんだからな」

「命令って、誰からだよ?」

「カスターニャさんから」

「なん……!?」


 ターニャの本名である。

 行方不明の彼女が、何故……?

 こいつらとは一体どういう関係なんだ。


「おい、どういうことだよ。お前らはターニャの知りあいなのか」

「着いてくりゃわかるさ。とにかく俺らに従って――」

「質問に答えろ!」


 ジルは逆毛男に接近し、二歩手前で体を反転。

 不意打ち気味に顔面に裏拳を叩き込んだ。

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