418 ▽副団長代理

 なんとか二人組の撃破には成功した。

 一息つくと、ナータはその場で地面にへたり込む。


「いてて……」


 背中と頬がとんでもなく痛い。

 あいつら、容赦なく殴ってくれやがって。


「大丈夫か?」

「なんとか。それよりあいつらは?」

「起き上がってこないけど、一応生きてるっぽいぞ」


 ジルに手を貸してもらって立ち上がる。

 襲撃者たちは仰向けのままピクピクと痙攣していた。


「ったく、なんなのよこいつら」

「わかんないけど、ターニャのことを知ってるみたいだった」

「力を手に入れた……とか言ってたわね」


 こいつらの腕力と耐久力は半端じゃなかった。

 動きこそジルに劣るとはいえ、明らかに常人離れしている。

 武器なしでまともに闘っていたら、まず勝ち目はなかったはずだ。


「ところで、ナータのそれはなんなんだ?」

「ああ、これ? ルーちゃんのお父様からもらったの」


 さっきまで淡紫色の光を放っていた光の棒は、また元の単なる筒に戻っていた。

 試しにスイッチを動かしてみるけど、うんともすんとも言わない。

 どうやら光を放つには条件のようなものがあるらしい。


「それで殴ったら急に弱くなったよな」


 あんなにタフだった眼鏡男は、ナータにこれで殴られた後、ジルの蹴りで簡単にダウンした。

 逆毛男のパンチ力も同様、まともに食らっても倒れない程度にまで下がっていた。

 そうじゃなかったら今頃ナータの顔面はグチャグチャだったはずだ。


 もしかして、この光はそういう力を奪う性質でもあるのだろうか?

 まあ、その辺の考察は後でするとして。


「起こして問い質す?」

「ああ」


 ジルは比較的ダメージの少なそうな黒眼鏡を蹴りつけ、無理やり意識を覚醒させる。


「おい、起きろ」

「う……」


 眼鏡男クオイは、短いうめき声と共に目を開けた。

 うつろな瞳でジルを見上げ、状況を察して飛び起きようとする。

 その前にジルが思いっきり彼の胸板を踏みつけ、動きを完全に封じてしまう。


「が……っ!?」

「動くなよ。大人しく質問に答えろ」


 どうやらジルは相当にキレているようだ。

 ナータも痛い目に遭わされたし、止める気はない。


「まず、お前らはターニャとどういう知り合いなんだ?」

「くっ、くそっ! なんでだ、なんで力が入らないっ!」

「オイ!」


 ジルは容赦なくクオイの腹に踵を叩き込んだ。


「ぐぼあっ!?」

「質問に答えろって言ってんだろ。マジでぶっ殺すぞお前」

「こ、答えるっ。答えますから、足をどけて……」


 冷たい目で見下ろしながら、ジルは黙って腹に乗せた足に体重をかけていく。


「があ、あ……っ、頼む、どいて……」

「これが最後だ。ターニャは今どこにいる?」

「か、カスターニャさんは、道場に、いるはず……だ……」

「道場? なんだそれは」

「俺たち、グループの……がはっ、本拠地だ。みんな、そう呼んでる」

「それはどこにある? ターニャはそんなところで、何をやってるんだ」

「隔絶街近くの、廃ビルだ……カスターニャさんは、俺たちグループの、サブリーダーなんだよ……」

「なんだって?」


 輝工都市アジールの悪しき例に漏れず、フィリア市にも悪ガキ共による不良グループは存在する。

 認めたくないが、ターニャはそいつらの仲間になってしまったようだ。

 だが、サブリーダーだと?


「何かの間違いだ!」

「間違いじゃねえよ。カスターニャさんはグループの創設者の一人だ。俺たちなんかより、ずっとすごい力を持ってるんだぜ。ククク……」

「そんなこと、あるわけ……」

「カスターニャさんがあんたを呼びつけた理由は俺も知らねえ。だがな、カスターニャさんはこう言ってたぜ。あんたが抵抗するなら、死なない程度にボコボコにしてでも連れてこいってな!」

「でたらめだっ!」

「おびょっ!?」


 ジルは怒り任せに足を踏み抜いた。

 鳩尾を踏み潰され奇妙な声を上げるクオイ。

 彼は胃の中身をぶちまけ、ぐるりと白目を剥いた。


「ターニャが、そんなことって……」


 ジルの視線は意識を失ったクオイを通り越し、地面の奥深くを見ていた。

 自分が耳にした情報が信じられない……そんな感じである。


 ナータはジルの肩を叩いた。


「行ってみましょう」

「えっ」

「そいつらのアジトに行って、自分の目で確かめるのよ。もしターニャが悪いやつらに染まってるなら、力尽くでも連れ戻してやんなさい。それが友達ってもんでしょ?」


 まだ痛みの残る頬を指で撫でながら、ナータはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「あたしも手伝うわ。もうちょっと暴れなきゃ、ムシャクシャがおさまりそうにないもの」

「そっか、そうだな……!」


 状況はまだ、よくわからない。

 わからないなら調べに行けば良い。

 ターニャの居場所は判明したのだから。

 手当たり次第に探して回るよりは、ずっとマシな状況になったと思おう。


 あたしたちは待ってるだけの女じゃない。

 友達のためなら、危険の中にだって飛び込んでやるんだから。




   ※


 ガウィリアとクオイに命じた任務は失敗だった。

 ターニャはその様子を遠輝眼スピーア・オクルスで見ていた。


 中央兵舎の輝士団長室である。

 執務室には場違いな、玉座のような豪奢なソファ。

 そこに深く腰掛けるターニャに、以前の面影はなかった。


 トレードマークだった三つ編みは切り落としてミディアムヘアに。

 薄っすらと化粧を施し、実年齢よりもやや年上に見える。

 指には紙巻き煙草が挟まれていた。


「やっぱり、三下じゃ話にならないわねえ」


 紫煙を燻らせながら、ターニャは役立たずな部下への悪態を吐く。


 あの二人は輝鋼札に触れたことで、準輝攻戦士と呼べるだけの力を得ていた。

 腕力と耐久力を集中的に増幅させてあり、スペック上はジルたちにも負けないはずだった


 とはいえ、中身は単なる街の悪ガキに過ぎなかったということだ。

 負ける可能性は考えていたが、まさか脅されて道場の場所を喋ってしまうとは……


 もしノコノコ帰ってきたら、この手で処刑してやろう。


 とは言え、すでに道場にはほとんど人も残っていない。

 大部分の同志たちは現在ターニャがいる輝士宿舎に移っている。

 道場に残っているのは、ガウィリアたちのような役に立たない下っ端だけだ。


 彼らには本拠地が移転したことを教えていない。

 いくらナータとジルでも、輝士宿舎に乗り込んでくることはあるまい。


 苛立ちを飲み込むため、煙草の煙を吸い込む。

 と、部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」

「失礼します、副団長代理」


 入ってきたのは中年の輝士だった。

 輝士としての経歴はそこそこ長い人物のはずだが、名前なんてわざわざ覚えちゃいない。


「何? 取り込み中なんだけど」

「翌々日に市庁舎で行われる、予算審議の件なのですが……」


 くだらない要件だ。

 ターニャは顔をしかめた。


「そういうのは任せるから、好きにやってちょうだい」

「しかし人員の大幅増加に伴い、過去にない大幅な予算案を提出することになります。本会議の前に団内での調整をすべきだと――」

「任せるって言ってるでしょ!?」


 話のわからない年上の部下をターニャは大声でどやしつけた。


「あなた、何年輝士をやってるの? いい加減に自分の頭で考えられるようになりなさいよ。自分でわからなきゃ誰かと相談して決めなさい。なんでも私たちに頼るんじゃないわよ」

「で、でしたらせめて、副団長の職務代行印をいただければ……」

「そういう効率悪い手順を踏んでいるから、肝心な時に対応が遅れるってわからないの? レガンテさんが王都に出向している今、この兵舎で一番偉いのは副団長のフォルテ君なの。彼が雑務はあなたにすべて任せるって言ってるんだからだから、あなたは責任持ってしっかり期待に応えなさい」

「くっ……わかりました……」


 中年輝士は苦々しい顔で一礼し退出した。


 レガンテ直属の部下ということで兵舎内でのターニャとフォルテの地位は高い。

 とはいえ、正式な輝士や衛兵と違って細かい作業はできないし、覚える気もない。

 彼女たちの仕事はあくまでエヴィルが現れた時に独断で出撃をして敵を倒すことだ。


 グローリア部隊は独立部隊なので、本来ならこのように指揮系統には組み込まれない。

 だが、現在はレガンテがフィリア輝士団団長を兼任しているため、団員への指示も出さなくてはならないのだ。


 まあ、大人たちを顎で使うのはわりと気分がいい。

 ターニャはその点では別に嫌ではなかった。


 ところで、フォルテがまだ外回りから戻らない。

 なにも団長代理が警邏活動など行わなくても良いと思うのだが……

 フォルテは自ら現場に出て、市民相手に大きな顔をするのが楽しくて仕方ないらしい。


 ターニャは目を閉じて、遠輝眼スピーア・オルクスを発動させる。

 フォルテの輝力の波長は身に染みている。

 彼を見つけるのは簡単だった。


 フォルテの居場所を確認すると、ターニャは猛禽のような攻撃的な笑みを浮かべた。


「あらあら。フォルテ君ってば、またおいたしちゃって……」


 ターニャは短くなった紙巻き煙草を床に投げ捨て、吸い殻を靴の裏ですり潰しながらソファから立ち上がった。

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