404 ▽勧誘
休み時間。
ジルの姿が側にないことを確認し、ターニャは席を立った。
教室の隅でバレー部の連中がだべっている。
南フィリアのバレー部はバスケ部に次いで、学校側が力を入れている競技だ。
その割に練習は疎かだし、大会でもそこそこの成績しか残さない。
大半は頭の悪いスポーツ特待生なので、自然とろくでもない連中のたまり場になっている。
それでも廃部にならないのは、バレーボールがファーゼブル王国においては国技と言えるほど、メジャーなスポーツだからだろう。
ターニャは以前からバレー部の連中が気に入らなかった。
勉強もできないくせに、真面目な生徒を見下すようなやつばかり。
街中で大きな顔もできないくせに、狭い世界で不良ぶるな。
お前たちのようなやつらはこの学園に相応しくないんだよ。
「いてっ」
ターニャはバレー部の一人にわざとぶつかった。
輝力で強化した体で当たれば、相手が一方的に倒れる。
「おい、ちょっと待てよ」
気付かないふりをして行こうとしたターニャの肩を、別のバレー部員が掴んで止めた。
無理やり振り向かせようとする手を払い、彼女たちの方に向き直る。
「何? 急いでるんだけど」
「何じゃねーよ。ぶつかっておいて、ごめんもなしかよ」
倒れた生徒をもう一人が助け起こす。
三人のバレー部員がターニャを取り囲んだ。
「おまえ、さいきん調子に乗ってんじゃねーの?」
「ジルの友だちだからって、偉そうにしてるんじゃねえぞ」
その名前を出されたことに、ターニャはうんざりした。
後輩先輩問わずジルは人気者だ。
彼女たちのようなつまはじき者からの信頼も厚い。
こいつらはターニャを、虎の威を借る狐だとでも思ってるのだろうか。
この上ない侮辱である。
「ジルは関係ないでしょ。あなたたちがそんな所に突っ立っているから悪いんじゃない」
「なんだと?」
「邪魔なのよ。あなたたちの存在そのものが」
バレー部員たちの顔つきがはっきりと変わった。
元から粗野な目つきが、怒りを帯びてさらに険しさを増す。
格下と決めつけていた相手から、正面切って侮辱されたのだから、当然だろう。
「おまえ、いい加減にしておけよ」
アルマという女生徒がターニャに掴みかかった。
さっきのサッカーで、為す術もなくターニャに抜かれた女だ。
「どうせジルが庇ってくれると思って粋がってんだろうけど、あんま度が過ぎるようなら――」
「ジルは関係ないって言ってんでしょ!?」
バレー部員たちが息を飲む。
普段からは想像もできないターニャの声量と気迫に気圧されたようだ。
ターニャは湧き上がる激情を押さえきれなかった。
ジル以外のクラスメートに怒鳴ったのも、自分からケンカを売ったのも初めてである。
これまで、必要以上に多くの人間と深く関わらないで生きてきた。
それはターニャが、自分自身の攻撃的な本性を自覚しているからだ。
他人に対して正面から意見をぶつけ合えば、必ず対立が生まれる。
人から好かれる性格でないことはわかっている。
嫌いな相手に媚びへつらうのも嫌だ。
誰かといがみ合うのは別に構わない。
だが、ターニャがケンカをしたら、間違いなくジルが割って入る。
そしてジルはターニャを庇いながら、落ち着くよう諭すだろう。
あいつは体の弱い幼馴染を庇うのが使命だとでも思っているのだろうか?
まるでお姫様を守る輝士だね。
反吐が出そうよ。
ターニャは大きく息を吸い、表面だけでも冷静さを取り戻すよう努めた。
「庇ってもらう必要なんかないのよ。あなたたちなんて、私にとっては路傍の石。まったく取るに足らない存在なんだもの」
「てめえっ……」
アルマが顔を近づけて凄んでくる。
今にも殴りかかってきそうな勢いだ。
そんなのは少しも怖くない。
むしろ、虚勢を張っている彼女の方が、怯えているようにすら見える。
「ぶん殴ってやるよ!」
「おい、やめなって」
アルマが拳を振り上げる。
他の二人が慌てて止める。
その姿にターニャは失笑を漏らす。
どうせ、止めてもらえるってわかってやってるんだろ。
教室内で停学覚悟の暴力事件を起こす度胸なんてないくせに。
「ちっ」
仲間の腕を振り払うと、アルマはターニャに背を向けた。
そのまま尻尾を巻いてどこかに行くかと思ったが、途中で振り返り、野獣のような眼を向けて来た。
「放課後、ひとりで旧校舎裏の森に来い」
ええ、行きますとも。
※
想像はしていたが、これほど予想通りだと笑えてくる。
「何がおかしいんだよ」
「てめー、ナメてんじゃねーぞ?」
「ちょっと成績がいいだけのガリ勉のくせに、いい気になんなよな!」
セリフもまるで台本のよう。
それも三流脚本家が書いたレベルだ。
こいつらに独創性なんて求められないことがよくわかる。
放課後、ターニャは言われた通り、旧校舎裏の森まで一人でやってきた。
待っていたのは、六限目が終わると同時に教室を飛び出したアルマ。
そして、違うクラスの生徒を含めた、五人のバレー部員だ。
どいつもこいつも、特待生の恩恵に甘んじる、筋肉だけが自慢のバカ女。
それにしても……
六人がかりで脅しをかけるなんて。
偉そうにしてるくせに、よっぽど自分たちに自信がないのかしらね。
徒党を組まないと「ちょっと成績がいいだけのガリ勉」ひとり脅せないんだ。
まったく、器の小さい雌どもだ。
黙って帰って翌日の反応を見ることも考えたが、わざわざ来てよかった。
こいつらはきっと、立派な働き蟻になってくれるだろう。
「おい、なんとか言ったら――」
胸倉をつかみ上げようとするアルマ。
ターニャは無造作に彼女を掴んで放り投げる。
自身は一歩も動かず、腕を捻って関節を極め、背中から地面に叩きつける。
「げへぁっ!? いてえ、いてえよお!」
アルマは咳き込み、不様に泣き叫ぶ。
「このアマ、なにしやが――ぐぼおっ!?」
状況が理解できていない別のバカを黙らせる。
腹を殴ってやったら蹲って胃の中身を吐きだした。
さすがに残ったバカ共は異変に気がついたらしい。
ターニャが「ちょっと成績がいいだけのガリ勉」ではないことに。
野獣のような、とも形容しがたい。
あえて言うのなら、人であることを捨てた魔女。
ターニャの殺気はただの女子学生ごときが耐えきれるものではない。
水音が聞こえる。
甘酸っぱい吐瀉物のニオイに、ツンと鼻を突く刺激臭が混じる。
誰かが失禁したようだ。
ターニャは戦意を失った彼女たちにさらなる追い打ちをかけた。
肉体強化だけで十分な相手だが、この機会にいろいろ実験をしてみたい。
「それっ」
指の動きに合わせて突風が巻き起こる。
「うわわっ」
少女たちは立っていられないほどの風に身を縮こまらせた。
やがて、一人の生徒がもの凄い勢いで背後の木に叩きつけられた。
「ほらほら、まだ終わりじゃないよお!」
ターニャが指揮棒のように指を振る。
風は止んだが、少女たちが安堵をしたのも一瞬。
歪に隆起した地面に足を取られ、その場で奇妙なダンスを踊る。
「うわあああっ!」
「やめて、もうやめてくれっ!」
「あははっ、あははははっ!」
すでに泣き出しているやつもいる。
その様子があまりに滑稽で、ターニャは声を上げて笑った。
風と土。
練習の結果、ターニャがもっとも得意と気づいた属性だ。
今はこの程度のことしかできないが、ただの女学生を震え上がらせるには十分だろう。
ターニャは足元から長めの草を選んで引っこ抜き、それに自身の輝力を込めた。
倒れているアルマの顔の横に立ち、彼女を見下ろす。
数分前までの余裕はなく、恐怖に怯える哀れな泣き顔を見せてくれた。
顔面すぐ横に輝力を込めた草を投げつける。
それはもはや、十分な殺傷力を持った凶器であった。
ナイフのように鋭利になった雑草が、アルマの頬をわずかに切り裂き、地面に突き刺さる。
「ごめ、んなさい、許して……ください」
ひっくひっくと嗚咽を漏らすアルマ。
彼女は両手で顔を覆い、何度も謝罪の言葉を繰り返す。
ターニャはそんな彼女に手を伸ばす。
指先が触れると、アルマはビクリと体を震わせた。
しかし、ターニャの手に握られていたのは、純白のハンカチだった。
「ほら、涙を拭きなさい」
ターニャの表情から、魔女の凄味は消えていた。
打って変わって天使のような慈愛の微笑みを浮かべている。
涙でグシャグシャになったアルマの頬をそっと拭ってやりながら、語りかけた。
「びっくりしたでしょ、私の能力」
「のう、りょく?」
「そ。ある人からもらったの、こんな素敵な力をね」
ターニャが彼女たちにケンカを吹っ掛けたのは、単なる自己満足のためだけではない。
もちろん憂さ晴らしも兼ねているが、本来の目的はちゃんと別にある。
「ごめんなさい。本当はね、怖い目に合わせるつもりはなかったの。でも、これでよくわかってくれたでしょう?」
バレー部員たちはターニャの言葉に聞き入っていた。
ひとりは上体を起こし、別のひとりは醜態を晒した体を縮こまらせながら……
ちょろいものね。
ターニャは一気に畳みかけた。
最後のひと押しの言葉を、彼女たちにかける。
「興味があるならあなたたちにも分けてあげるわ。今晩六時に私が言う場所に集まりなさい」
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